第40話

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~北西の門前広場だった場所~


「あぁぁぁぁ!クセェ!しぶとい!なんなんだよクソがっ!」


 クマールがやたらめったらに先の欠けた大剣を振り回し、合成魔獣を斬りつける。

しかし、やはり傷は直ぐに消え、焼けてグズグズになった腕を振り回す。


 動きは焼かれる前よりも緩慢だが、タフさはむしろ増していた。再生速度も速くなっており、素早く刃を走らせなければ剣が肉に取り込まれるほどだ。その代わりなのか、再生した場所が強化される事は無くなっており、少しではあるが攻撃が通じているという手ごたえを感じる。

 しかし、厄介なことには変わりない。更に、肉が焦げたような嫌な臭いを放っているため、集中力と体力もかなり削られる。


「このままじゃキリがないなっ…!クマール、弱点は無いのか?」


「分からんっ!火が苦手みたいだから燃やしてみたが、この通りあまり効果は無いみたいだ!首を落としても、心臓を刺しても死ななかったぞ!」


「心臓を…?魔石を破壊しても動いてるってことかい?」


「そういうことだ!」


 振り下ろされる腕を避けながら、体のあちこちを浅く切り裂いていく。

その間も、二人は合成魔獣の弱点を探っていく。


「おかしい…合成魔獣と言ってもモンスターであることには変わりないはず…なんで魔石を破壊しても動くんだ…?」


 クマールは、ふとルーウィンが漏らした呟きの一つに反応した。


「あぁ…。って待て。貴様、今、合成魔獣だと言わなかったか?単体ではない…」


「言ったけど…それがなんだい?」


「一つの仮説が浮かんだ。少し試す。手伝え。」


「仮説って?」


「とりあえず、部位ごとにバラす。合っていたら説明する。」


「分かったよ。関節を全部切ればいいね?」


 そう言うや否や、ルーウィンは魔獣の懐に入り、素早く剣を振るう。刃毀れの著しい刃をノコギリのように使い、次々と魔獣の関節を断ち斬って行く。

 見る見るうちに魔獣は解体され、細かい器官ごとに分断された。


その分断された魔獣の器官を、クマールはさらに細かくしていく。まるで獣を解体するかのように、筋肉に沿って刃を当て、肉の塊へと変化させていく。


 合成魔獣の肉は、淀んだ灰色でおおよそ生物だとは思えない色をしていた。また、体液は鮮やかな緑や黄になっており、おぞましさの塊であった。

 その悍ましい肉塊の腕に当たる部分の付け根。肩にほど近い部位に赤色の結晶体が埋まっていた。


「やはりか…。ルーウィン!こいつは魔石を複数持っている!おそらく、結合部に魔石が使われている!全て砕けば倒せるはずだ!」


「そうか…。思ったより簡単そうで良かったよ!」


 そう言っている間にも、魔獣は再生を終えている。しかし、その姿は先程より一回り小さくなっているようであった。


 一歩、後ろへ下がり剣を構えなおす。

と、次の瞬間にはそこにルーウィンの姿は無く、ただ陥没した地面があるだけだった。


 消えたルーウィンを探し魔獣は背伸びをしようとする。

しかし、その目はただ硬い地面を映すだけであった。身体を動かそうとしても、先程まで動いていた肉体はまるで反応しない。


そして、パキンッという澄んだ音が響いたと思うと、魔獣の意識は暗闇の中へと落ちていった。



 一瞬の間に、物言わぬ肉塊となった魔獣の後方に、ルーウィンは立っている。

決着がついたのは明らかだったが、ルーウィンの表情はまだ緩んではいなかった。


「…よし、クマール!マルボスを追うぞ!」


「あぁ。」


 そうして、マルボスが逃げて行った大体の方位へと駆け出す。見つける当てがあるわけではない。しかしそれでも、二人の脚に迷いは無く進んで行く。



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  はぁっ…!はぁっ…!はぁっ…!



 二つの荒い息遣いだけが、お互いを感じさせる。

二人とも、前を向いて走るのに必死でそれ以外に気を回す余裕などなかった。


「はぁーはっはっは!どこへ行こうというのだね!」


 後ろから迫る半裸の怪人は、満身創痍だというのに喜色満面で二人を追いかけて来る。

 その速度はかなりのもので、およそ人間とは思えないほどの速さで追跡している。



 それでも、何故二人が捕まっていないか。その理由は――――謎である。


 本来ならば、既に捕まっていてもおかしくない状況のはずだ。実際に何度も捕まりそうになっている。


 しかし何故か、ふとマルボスが立ち止まる瞬間があるのだ。

先程、手を伸ばせば捕まってしまう程の距離まで接近されていたが、いきなり完全に停止し虚空を見つめていた。そして暫くしてまた追いかけてくるのだ。


「はははーっ!待ちたまえよ!」


「くそっ…らちが明かねぇ!おいソフィ、担ぐぞ!」


「えっ、ちょまっ…」


 叫ぶや否や、モーガンはソフィの首に手を回し膝の裏を持ち上げて抱きかかえる。ちょうど、お姫様抱っこのような体勢だ。


 モーガンは、そのまま加速した。

先程の走りは何だというぐらい、ものすごい勢いで走って行く。



不意を突かれたマルボスは呆気にとられ、その隙にモーガンはグングンと差を開いていく。すぐ正気に戻ったが、開いた差は大きく全力で走っても追いつくことは困難だろう。


 さらに、いきなりマルボスの身体をおおっていた装甲が剥がれ、速度が明らかに落ちた。


「なっ…やられたのかっ!…っが!?」


 変化するスピードに耐えきれず、足がもつれ、顔面から盛大にズッコケた。




「ふぅっ…!ふぅっ…!」


 規則的な呼吸音が、形のいい小さな耳元で繰り返される。

 少し上を見れば、上気したモーガンの顔がある。

今までは憎らしく感じていたがっしりとした体格も、今では非常に頼もしい。


「ねぇ…重くない?大丈夫?」


 楽をしているという負い目か、身体が触れ合っていることへの照れ臭さか、我慢しかねたようにソフィが呟く。

 

「大丈夫っ…軽いもんよっ!」


 そう答える顔は、無理やり頬を吊り上げた不格好な笑みであった。


「…っ!」


 顔を伏せる。

抱えられてからからずっと、動悸どうきが収まらないのだ。

体温も発汗も、走っていた時とは比べ物にならない。


(何…これ…?もしかして、こ…いや、そんなわけないっ!)


 心の中で必死に否定しようとする。が、否定すればするほど意識してしまい、しまいにはモーガンの顔が少しカッコよく見えてしまう様な気さえした。


 実際には、走った後すぐに止まったことによる心拍数の急上昇と、マルボスから逃げていることへの吊り橋効果だったりするのだが…。



 真っ直ぐに走っていると、地面が草から土へと変わっていき、背の高い木々が乱立するようになる。気温・湿度が上がったのか、蒸し暑い。


 そこで、モーガンはソフィを下ろした。

後ろを見れば、少し遠くにマルボスの走る姿が確認できた。


「ここで待ち伏せするの?」


「いや、もう少し奥だ。でも危険だからゆっくり進まないといけない。」


 そう言い、足元や頭上に注意しながらゆっくりと木々の中を進んで行く。


二人はツタが絡まり苔むした木々が鬱蒼うっそうと生い茂る、密林の中へと足を踏み入れていく。

 その後ろを、やや遅れて一人の人影が勢いよく追っていった。

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