第41話

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

~街中~


「…―――こっちだ!」


「―――――くそっハズレだっ!モンスターしかいねぇ!」


 二人はあてもなく彷徨さまよっていた。

街中を勘の示すままに動いては、モンスターを見つけて狩るという作戦を実行していた。


 ほとんどしらみ潰しに近い状態でそれを行っているため、街に残ったモンスターはほとんど駆逐してしまっただろう。


「くっ…足跡もない…もしや、街を出たのか…?」


「いや、何かを探している様子だったから、まだ街にいると思うんだが…。」


「でも、目標物だと思うアレは闘技場にあるんだよ?」


 再び街の中心に戻り、闘技場の様子を確認する。

闘技場の周りのやぐらは所々傷ついており、一時ここまでモンスターが迫っていたことをうかがわせる。

 しかし、それ以外にこれといった変化は無く、負傷者の一人もいない。マルボスが来たならば、死者が出ていてもおかしくない。


と、そこでクマールはとあることに気が付いた。


「そういえば、なぜか蟲系のモンスターがいないな…もしや、伏兵として…!?」


そう。昆虫系のモンスターの姿を、一度も目にしていないのである。もっとも種類が多いと言われる昆虫系のモンスターの数はかなり多いため、見ないことなどありえない筈なのだ。


「いや、それは無いと思うよ。」


 しかし、クマールの懸念けねんをあっさりと否定するルーウィン。


「?なぜだ?」


「マルボスは、虫が苦手だったからね。」


「あぁ…」


納得できないような、しかし納得したような、それでも納得し切れていない返事を返す。



 太陽はその半身を山の影へと隠し、薄い雲は赤く染められる。

 反対の空には闇が侵食し、真円を描く黄色い月が浮かんでいた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 木々は傾く陽を受けて長く長く影を伸ばす。

森の中は既に暗く、足元もおぼつかない。だが森は静まることは無く、むしろ刻一刻と騒がしくなっていく。


 風の音、木々の擦れる音に混じり、忙しない羽音や鈴のような音色が響いてくる。


そんな中、二人の人影はゆっくりと移動していた。

 ヒソヒソと、周りに音が漏れないように慎重に話す。夜の森は何処に敵が潜んでいるのかわからない。


「ねぇ…こんなにゆっくりしてていいの?すぐに追いつかれちゃうんじゃ…」


「いや、大丈夫だ。もうすぐに仲間と合流できる。」


「でも、もう暗くなっちゃったよ?夜の森は危ないんじゃない?」


「そうだな、夜の森は危険だ。だが、それは俺たちだけじゃない。敵もそうだ。」


「相手もゆっくり進むってこと?」


「そういうことだ。」


 しばらく慎重に進むと、川のせせらぎを感じるようになった。


次第にそれは近くなり、森の中に少し開けた河原が現れる。


「わぁ…凄い…」


 そこは、幻想的なまるで絵本から飛び出してきたかのような空間であった。

水面は沈みゆく陽光を受けキラキラと輝き、反対から昇る満月を映していた。周囲は蛍が飛び交っている。昼と夜の境界が溶け合い移り変わっていく。


 次第に水面は輝きを抑え、月影を映すのみとなった。


「…綺麗だったな。」


「うん…」


 しばらく、余韻に浸る。

追われていたことも忘れ、蛍の営みを見る。


「…ん?そういえば今って春だよね?なんで蛍が飛んでるの?」


「あぁ、この森はなんか暑いんだよ。だから、常夏の森なんて呼ばれてる。」


「えぇ…。」


 ソフィは呆れたようにため息を吐いた。


「さて…そろそろだな。」


「え?何が?」


と、背後からガサガサと木々を揺らして、人影が現れた。


「はぁ…はぁ…やっと、追いついたぞ…!」


「ふぅ…。」


 そう言うと、モーガンは剣を抜き構える。そしてそのまま制止した。


「何?っ――――――――!?」


 と、突然マルボスの足元の地面がめくれ上がる。否、マルボスが立っている地面の下に敷かれていた網が引き上げられたのだ。


「このっ、程度でっ、吾輩をっ、捕まえられると思うなぁっ!」


が、簡単に網は引きちぎられ突進してくる。

その足元に縄が張られているのを見落とし、顔面から盛大にこけた。


「ぶっはははは!引っかかってやんの~!」


 樹上から降りてきたユソウは、マルボスを指さし腹を抱えて笑う。


「くっ…何をぉっ!」


「『ウィンドカッター』!」


 それを見て激高したマルボスの背後から、風で作られた刃が飛来し、全身を襲った。


「なっ…!?」


「『アクアショット』!」


驚愕して振り向いたマルボス。その背後からさらに高出力の水鉄砲が襲い掛かった。


「くっ!?…効かんわっ!」


しかし、マルボスは微塵も効いた様子を見せず、立ち上がった。そして、振り返って再び驚愕する。


「何のつもりかは知らんが、これ以上我を愚弄するならっ…っていないぃ!?」


 振り返った先には誰もおらず、ただ川面が淡い蛍火の光を受けているだけであった。


「『パワースロー』っ!」


「…ぬおらっ!」


木陰から隙だらけのマルボスへ向かって何かが投げつけられる。

それを、マルボスは一瞥もせずに腕で砕いた。が、それは砕かれると同時に液体をぶちまけ、マルボスに盛大にかかった。


「なっ…甘い香り…?」


木陰から、今度は若い男の声が響く。


「特製の香水だ!虫たちと遊んでなっ!」


「なっ…」


声の主はすぐに音を立てて移動する。それを追おうとするマルボスは背中に衝撃を受けた。


「くっ!?」


魔法かと思い振り向くと、先程飛んでいた蛍たちが一斉にこちらへ飛んでくるのが見えた。


◇◇◇


~数時間前~


『で、結局どうするんだ?』


ヤマトは、ユソウに聞く。マルボスは腐っても魔王。ヤマトたちにどうにかなる相手だとは到底思えなかった。


「まぁ、まずはこいつで怒らせる。」


そういったユソウが取り出したのは、虫の死骸だった。頭の方が赤く、硬そうな羽で覆われている。


『ん?ナニコレ。』


「こいつは、ファイヤーフライだ。ケツを光らせて飛んできて爆発する。」


『は?』


ファイヤーフライ、つまり蛍だ。


「こいつは、成虫になるとなにも食わない。代わりに水を飲むんだが、特定の草に付いた露しか飲まないんだ。で、生物の体に張り付くと自爆して死ぬ。」


『聞けば聞くほど謎の生態なんだけど。』


「あぁ。まだまだ謎の多い生物だ。でも、好きな香りは知られている。毎年、香水つけて森に入っては爆殺されるって事故が多発してるからな。」


『間抜け過ぎない?』


◇◇◇


「くっ…初めてだよ…吾輩をここまでにした愚か者たちは!」


 マルボスは、叫んだ。すると、それに呼応するように音もなく迷彩柄の大型のネコ科動物たちが茂みから現れた。おそらく、モンスターだろう。


 その内の特に大きい一頭に跨ると、命令した。


「森の中に逃げた者どもを追え!」


ネコ達は目を光らせ音もなく森へと入っていく。


彼らの種族名はフォレストニャイガー。

彼らは森を住処とし、普段は動物をコッソリと捕食して生きている。だが、攻撃性が非常に強く時には人間すらも捕食対象とするほどであった。また、素早く音もたてずに移動するので、「森の暗殺者」とも呼ばれている。

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