第39話
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~北西の門前広場だった場所~
ルーウィンは激しく刃毀れした剣を構え、マルボスと睨み合う。
次の瞬間、両者の姿がブレたかと思うと、先程まで二人の視線の中間点出会った場所を中心に、凄まじい衝撃が生まれた。
文明の痕など一片も残っていない大地に、少量の鮮血が飛ぶ。
マルボスの腕に深い裂傷が生まれ、ルーウィンの喉元に薄い引搔き傷が生まれていた。
マルボスの傷は最初、肉の奥から白い骨が覗くほどであったが、瞬きの内に骨が見えなくなり、再び両者が向かい合う時には傷跡の上にうっすらと真新しい表皮が生まれており、そこが傷の痕跡を表すだけとなった。
体中に同じような痕が体中至る所に残っており、幾度も傷を受けては回復することを繰り返していることが伺える。
対してルーウィンは数こそ少ないが、やはり体中に擦り傷や裂傷が刻まれていた。
「ハァハァ…ルー、貴様もそろそろ疲れた頃だろう?諦めたらどうだ?」
「ふぅ―――…そうもいかなくてね。君こそ、疲労が見えるよ。傷は治っても疲労までは回復できないようだね。たぶん、失った血も戻っては来ないんだろう?」
「さぁて、どうだか――――なっ!」
地を蹴り激突する二人。
その様子を、クマールは隙を伺いながら見ていた。
あわよくば、マルボスに一太刀浴びせようという魂胆でしばらくの間、瓦礫に身を潜めて戦いを見ていたが、動きが激しすぎて隙を見つけても攻撃に移れていなかった。
両者がぶつかり合い、互いに反対方向へと弾かれる。
この数秒後、先程と同じようにもう一度ぶつかり合いが行われる。
隙を見出すとすれば、この攻と攻の合間の数秒間だろう。
弾かれたマルボスが、クマールの潜む隣の瓦礫山へと突っ込んだ。
「好機っ…」
ルーウィンと向き合い、数歩進む。
その背中に、思い切り突進し、背中へと剣を振る。
戦士として、決して褒められたことではないだろう。
しかし、ここで奇襲を掛けねば、ルーウィンと言う強者を失う気がしたのだ。あるいは、それでマルボスを倒せるならいいだろう。しかし、マルボスの回復能力を見れば、そうならない可能性も大いにある。そして、ルーウィンが倒れたならば、この場にマルボスと一対一で戦える者など存在しなかった。
「ぐぁっ!?」
「おしっ、もういっちょぉ!」
背中への奇襲に相手が怯んでいるうちにもう一度剣を振る。
今度は、的確に急所を狙って。
身体を回転させ、勢いをつける。そしてそのまま、相手の喉へと刃を振るった。
僅かに硬い感触の後、刃が肉に食い込むのが手に伝わってくる。
しかし、刃はそこで止まり、動かなくなる。
切っ先を掴んで、止められていた。押しても引いてもビクともしない。
「ふむ…奇襲とは卑怯じゃないかね?」
マルボスが声を出した瞬間、クマールに強い圧力がかかる。心臓を掴まれているかのような怖気が全身を走り、末端が震える。圧倒的な上位存在と遭遇した時に得る感覚にも似た、強い恐怖と嫌悪感で体がいっぱいになった。
それでも、クマールは抗い声を絞り出す。相手の威圧に抵抗するように。
「ハッ…!戦いに…卑怯もクソもあるかよっ…!」
「なるほど。まぁ、そうだな。だがそれなら――これも卑怯と言ってくれるなよ?」
オオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ―――――――――!!!!
そう言うと、マルボスは咆哮し、掴んでいた切っ先を握りつぶして、その破片をクマールへと投げつけた。
鋭い破片は弾丸となってクマールを襲う。と同時に、身体を反転させ瓦礫の向こうへと逃げようとした。
「なっ…させるかっ!」
急いでルーウィンが後を追う。が、それを邪魔するように、全身が焼け爛れたようになった醜い魔獣が現れた。
「なっ…生きてやがったのか…!?」
顔が血だらけになったクマールが唸る。
目の前に現れた魔獣は、体中から黄色や緑色などの毒々しい色の汁をたらし、強烈な異臭を放ちながらも爪を振るう。
「くせぇっ…くそ、焼いたのはやっぱりマズかったか!」
「くそっ…完全に見失った…!クマール!とりあえずそいつを倒すぞ!」
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「あー…久しぶりだな、ソフィ。」
「…」
「おーい…ソフィ?」
「……」
「あのー…ソフィさーん…」
「………」
モーガンは、ため息を吐いた。
先程から、この調子でソフィに話しかけているのだが、一向に返事が返ってこないのだ。
「なぁ…怖いのは分かるけどさ、緊張してるといざという時に行動できないぜ?」
「…別に…怖くないし…」
「いや、どう見てもビビってるだろ。」
「ビビってなんかないっ。黙ってて。」
もう一度、モーガンはため息を吐く。この短時間で、いったい何度ため息を吐いたのだろう。ため息のし過ぎで幸運が0になっているかもしれない。
「ソフィ。その変質者のおっさんとお前って、どんな関係なんだ?」
何気なく呟いた一言に、ソフィは大きく肩を揺らす。
「あんたには関係ないでしょ!」
「いや、詳しいことがわかってると、何が狙いか分かったりするし、その分守りやすくなるからな。」
噓である。
関係を聞いたところで、相手の狙いが分かるほどモーガンの洞察力は高くない。
しかし、その言葉を聞いて、一応納得したのか、ソフィは悔しそうに歯ぎしりをした。そして、非常に言いにくそうに、小さく低く呟いた。
「私と…アレ…マルボスの関係は…その…父娘…なの…。」
「は?お、親子って、お前の父さんはルーウィンさんだろ?」
「もう、これ以上言いたくない。」
「そ、そうか…。」
沈黙の中、足を進める。硬いものと硬いものを激しくぶつけ合わせるような音が遠くから響いてくる。それに合わせて、時々地響きが来るのは戦闘の余波なのか。
「…凄い戦ってるみたいだな。」
「…」
「…やっぱりソフィがかわいいから狙われてるのかな。」
ぼそりと、モーガンの口から漏れ出た言葉は、ソフィの中に驚きと混乱を生み出した。
「はぁ?何言ってるの?」
キョトンとした顔で、聞き返す。
それを聞いたモーガンは、しまったという顔をしてアタフタしながら答える。
「え?あっ、いやっ何でもない!」
「いや、だってさっきかわいいって…」
「ぐぬっ…いいから行くぞっ!」
誤魔化すような早足で視界の悪い中をドンドンと進んで行く。
後ろからチラリと覗く耳は、薄暗い中でも分かるほどに真っ赤になっていた。
「あ、待って!…うわっ!?」
急いでソフィも追おうとするが、足元に転がっていた割と大きめの瓦礫に足を取られて前へつんのめってしまった。
「…っと、大丈夫か?」
それに即座に反応してモーガンはソフィを優しく抱き止める。
「あっぶなぁ…ありがと、モーガン。」
ソフィが顔を上げると、至近距離にあるモーガンと目が合った。
鼻と鼻が付いてしまいそうな程近くに、真っ赤なモーガンの顔がある。澄んだ焦茶色の瞳の内側には、はっきりとソフィが映し出されていた。
暫し、二人はそのままの状態で硬直していた。
心拍数が上昇し、お互いの鼓動音が聞こえる様な錯覚まで覚え出したところで、モーガンがソフィの肩に腕を回し、膝の下に手を入れ担ぎ上げた。所謂、お姫様抱っこである。
「は、早く行こうぜ!罠ももう出来てるだろ!怪我してるといけないから、俺が担ぐよ!」
「う、うん…」
モーガンは、慌てたような早口で
よく見れば、首元まで赤くなっているのが分かった。
モーガンがソフィを担いだまま歩いていると、次第に戦闘音が強く激しくなっていく。なぜか足元には亀裂が生じており、モーガンも何度も足を取られかけた。
「そろそろかもな…。心の準備をしておこう。」
「うん…。」
一際大きな瓦礫の山が見える。その向こうから激しいぶつかり合いの音が聞こえてくるので、ここが戦場で間違いないだろう。壁の様に積まれた瓦礫は、戦闘の余波で飛ばされた物だろうか。
積み重なった瓦礫が崩れないように慎重に登って行く。少しでも失敗すれば生き埋めになってしまう様な、そんな危険な作業だ。唯一、あまり高さが無いのが救いか。まぁ、高さが無いと言ってもモーガン二人分の高さは余裕であるので、頭から落ちれば生き埋めにならなくても十分致命的ではあるのだが。
耳を澄ませば、剣戟の音に混じり会話が聞こえてくる。その内一人は、よく聞き覚えのある声だった。
「…―――――――貴様もそろそろ疲れた頃だろう?諦めたらどうだ?」
「ふぅ―――…そうもいかなくてね。君こそ、疲労が見えるよ。傷は治っても拾うまでは回復できないようだね。たぶん、失った血も戻っては来ないんだろう?」
「さぁて、どうだか――――なっ!」
両者激突し弾かれる姿が見えた。ルーウィンが真下にぶつかった衝撃で、瓦礫山が僅かに崩れる。その拍子に、内側にソフィは足を滑らしてしまった。そして、こちらを見る鈍い金色の双眸を見たと思うと真っ逆さまに――――
「あっ―――――…」
「あぶねぇっ…!」
落下を始める前に、どうにかモーガンがソフィの腕をつかんだ。
「大丈夫か…?」
「ヤバいかもしんない…!」
「えっ、もしかして足挫いたか?」
「そうじゃなくて…!見られた…アイツに…!」
「なっ…それって…いや、早く瓦礫を降りよう!」
そう言って、瓦礫を降りたところで、巨大な雄叫びが聞こえてきた。
それと同時に、何か巨大な足音と共に、風上から異臭が流れてきた。
そして、ドンッっと瓦礫が揺れたかと思うと、ガラガラと音を立て、瓦礫が崩壊していく。そしてその奥から、人影が迫ってくるのが見えた。
「逃げるぞっ!走れぇぇぇ――――――!」
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