第38話
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~北西の門前広場だった場所~
「なっ何事、がっ!?」
ガクンと視界が揺れ、マルボスの口から驚愕の声が漏れる。その拍子にうっかり舌を噛んでしまい、唇の端から一筋の鮮血が流れ落ちる。
見ると、跨っていた
「久しぶりだな、マルボス…。12年ぶりか?できれば、君のそんな姿を見たくはなかったよ。」
背後から声がかかる。振り向いてみると、そこにはかつての同胞であり仇敵である一人の剣士が佇んでいた。
「貴様…ルーか、久しいな。村に居ると思っていたんだがな。」
マルボスは、跨っていた
「いや、今日は一人娘の晴れ舞台だったからね。それがまさかこんな事になるとは、思いもしなかったよ。」
「そうか…それはタイミングが悪かったな。」
「ふふっ、それはどちらにとってだい?」
「もちろん、吾輩にとってだよ。こんな事なら、一年時期をずらせばよかった。」
「で、何が目的だ?」
「言う訳なかろう。敵に目的を語るのは、三流のすることだ。」
二人は、一見和やかに見える態度で会話する。
しかし、双方の瞳にはお互いの隙を見抜かんとする鋭い光が灯っていた。
不意に、マルボスが近くにあった瓦礫の山へ、合成魔獣を突撃させる。
それを皮切りに、二人は激突する。
ルーウィンは、常人では目にもとまらぬ速さでマルボスの前に立ち、大剣を振り下ろす。それをマルボスは、硬い爪へと変質させた己の手で受け止めていた。
「ははっ、流石だな…!ここまで速いとは…!」
「受け止めて置いて、それは無いんじゃないか…!」
ギリギリと拮抗しながら、二人は押し合いを続ける。
暫く睨み合った後、両者共に後ろへと跳び下がった。両者がぶつかり合った跡の地面には、爪痕の様に深い亀裂が刻まれていた。
そしてすぐに再び剣と爪を交える。
また両者跳び下がり、同時に地を蹴って再び衝突する。
一合、二合、三合と、幾度となく繰り返すうちに、ルーウィンの服は血が滲み体のあちらこちらに軽く抉られたような傷跡が目立つようになった。対するマルボスも、息が上がり変質させた爪の半分が剥がれ、素肌が覗いているような状態である。
「ふっ…流石に強いね…!」
「貴様こそ…ここまで強化して五分とは…さらに強くなったな。」
「ふふふっ、君が弱くなったんじゃないかい?」
それでも、二人は軽口を交えながらぶつかり合う。それは速く、強く、一合ごとに余波で周りの瓦礫が吹き飛び、地面に亀裂が入る。踏み込んだ地面は漏れなく砕け、平らだった石畳は、まるで砂利を敷き詰めた庭のようになっていた。
◇◇◇
「くそっ…めんどくさいな…!」
クマールは、ただひたすら防御をしていた。
少し前、瓦礫を迂回しマルボスへ奇襲を掛けようと忍び寄っていると、いきなり瓦礫を突き崩し、合成魔獣が襲ってきたのだった。
その合成魔獣相手に、クマールは攻めあぐねていた。
この合成魔獣は、極めて再生力が高い。
基礎となったモンスターであるトロールは、腕を切り落とされても再生できるほどの回復力の持ち主である。そして、この回復力が何十倍も強化されており、首を切り落としても再生するという、異常な回復能力を手に入れていた。
また、回復するときに強化して再生しているため、攻撃すればするほど攻撃が通りにくくなっていく。
クマールは、魔獣の攻撃の合間に隙を見つけて、幾度目にもなる反撃を加える。しかし、せっかく作った傷も瞬時に再生される。更に、その傷を覆い隠すようにして一部だけ鱗が生えた。
「くっそ、埒が明かねぇ!」
クマールは、相対する魔獣を
このクマールという男は、見た目の荒々しさに反し頭脳派であり、巧みに相手の弱点を突く戦法を得意としている。
しかし、この魔獣にはおおよそそ弱点と呼べるような、明らかな欠点は無いように見えた。欠点と言えば、見た目が異常に悪い事が挙げられるが…戦闘にはなんの役に立たないだろう。
合成魔獣の主な攻撃法は、体当たり、爪での引っ掻き、噛みつきの3種類だ。
全てが大振りなため、一度も攻撃を受けてはいないが、スタミナは高いようで戦闘開始から一切動きが衰えていなかった。
「クッソッがっ!!」
隙を見つけ、今度は剣の腹を叩きつける様に振る。
すると、大人3人分はあろうその巨体がフワリと浮き上がり、瓦礫の山へと突っ込んだ。
その瓦礫群は、元は何らかの工場だったのだろう。大量の油と強い
見た目だけではなく、臭いも醜悪になった魔獣に合わせて、クマールは今度は刃を立てて剣を振る。しかし、それは振り切って相手を切断すると言うよりかは、受けて衝撃を流すような振り方であった。
これにより、進行方向を逸らされた魔獣は、またもや瓦礫の中に突っ込む。今度は、製粉所だろうか。大量の白い粉を纏い、まき散らしながら突っ込んできた。
さらにそれに合わせてクマールは剣を振る。油で魔獣の剛毛が少しでも柔らかくなれば、致命傷を与えられるかもしれないという考えで、喉元に刃をぶつけた。
が、何度も切った喉は亀の甲羅の様にガッチガチに固められ、簡単には刃が通らず、何度も火花を散らして食い込んで行った。
その時、予想外な変化が両者を襲った。
散った火花が、魔獣に大量に付着した液体に引火し、その炎が更に周囲を舞っていた白い粉に引火し、それが更に連鎖。爆発的な燃焼を
「ぐぁっ…――――――」
グモォォォォォォォォ!?
辺りは黒煙に包まれ、一時的な真空状態となった爆発の中心部に風が吹き戻る。
「ゲホッゲホッ…ひでぇ目にあったぜ…って、お?」
ある程度炎に対する耐性の高かったクマールは、髪や髭を焦がしチリチリにしながらも、五体満足で口から黒煙を吐いていた。
しかし、魔獣は未だに火に包まれて悶え苦しんでいた。焼かれた肌はドロドロに爛れ、再生する兆しが見えない。いや、再生した端から燃えているのか。よく見れば、先程斬った喉の傷も癒えていないようである。
「ほぅ…。ほぅほぅ?ほぅほぅほぅ!」
クマールは、魔獣の苦しむその様子を、いやらしい笑みを顔に張り付けて、うんうんと首肯しながら唸っている。
魔獣に背を向け、すぐにクマールは瓦礫を掘り返し始めた。
そして、瓦礫に埋もれていた少し濡れたような土を、同じく瓦礫に埋もれていた湿ったような麻袋に大量に詰め、魔獣へと思い切り投げつけた。
すると、やや弱火になっていた魔獣を包む炎に、麻袋とその中身が引火し豪炎の土砂となって魔獣に降りかかった。魔獣はさらに悲痛な叫びをあげて身を捩る。が、その上からさらに土砂が降り注いだ。
猫が執拗に糞尿に砂をかけるが如く、火だるまの魔獣に油で濡れた土砂が降り注ぐ。もちろん、土砂は燃えるはずもなく、どんどん乾いては魔獣の上に積り、重なり、すっかり埋もれてしまった。
「よしっ!」
クマールは、まだモゾモゾと少しだけ動く土砂の山を指さし確認をした。
「ふぅ…かなり疲れたが…これで、ルーウィンの方へ加勢に向かえるな。」
そしてその場を走り出す。魔獣を埋め立てている時から途切れることの無かった、激しい戦闘音がする方向へと。
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ソフィたちと別れたヤマトたちは、森の中でせっせと罠の準備をしていた。
「ふぃー…やっぱり穴掘りは楽しいねぇ。」
白いローブをどろどろにしたセイアが、杖でもって楽しそうに地面を掘り返していた。
杖は、何の変哲のない木製の杖なのだが、簡単に土の中へと潜って行き、大量の土砂を掻き出していた。小柄な少女が一掻きで大量の土砂を掘り出し、次々と穴を掘っている光景は、ある種、異様な凄みがあった。
『なぁ…。あれ、どうなってるんだ…?ってか、メイビスも出来るのか…?』
「アレは、たぶん杖の先に土魔法を発動させて、周りの土砂を引き寄せているんだと思う…けど…。僕には無理だな、調整が難しすぎる。というか、どうやって引き付けてるのか仕組みがわからん。」
『アレって、お前の姉ちゃんなわけだよな。』
「あぁ…魔力量が低いせいで大したギフトは貰えなかったけど、魔力操作と発想は僕よりも凄いぞ…。」
「そこー!サボってダベってないで、手伝いなさーい!」
セイアに叱られたメイビスは、掘られた穴に土棘をつけて、その上を土の膜で覆って隠す。
そう、単純な落とし穴だ。土で作った棘が通用するような相手なのか、そもそも素直に落とし穴に嵌ってくれるような相手だとは思えないが、一応作っておく。全く分からないが、ユソウには何か考えがあるらしい。
一方、同じく叱られたヤマトは、かなり大きな木にしがみついて樹液を舐めていた。ゴキブリに手伝えることなど無いのだ。
(甘っ、この木甘っ!メープルシロップか?あ、メープルシロップってカエデの木から採るんだっけ?どうでもいいけど、あっま!)
当然、そこまで美味しい樹液に他の虫が寄ってこないわけが無く、ウジャウジャいる虫の中で樹液の争奪戦をしていた。
と、いきなり周囲の虫たちが居なくなった。不思議に思っていると、上からノシノシと巨大なカブトムシが歩いてきた。
(うおーでっけぇな。ハネが金ぴかでかっけぇ。あれか、ヘラクレスオオカブトとかいうヤツか。あ、異世界だし現地名とかあるのかな。)
それでも意に介さず樹液を舐めながら、ぼんやりと巨大カブトムシを眺めていた。
巨大カブトは、樹液を舐めているヤマトの方へと悠然と近づいてくる。
その態度は傲岸で、まるでこの木は俺のものだと主張するようですらあった。
巨大カブトはヤマトの隣まで来ると、不意にそのツノを横に思いきり振った。
(ちょっ、ちょっ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)
為す術もなく木から叩き落とされた。
(なんだアイツ!問答無用ではたき落としやがって!ぜってぇ許さねぇ!)
再び、ヤマトは木を登る。
巨大カブトはまたツノを横に振り、ヤマトを落とそうとする。
が、それをくぐり抜けて正面からカブトとぶつかり合った。
相手は、虫の王カブトムシ。そのうえ、最強とも名高いヘラクレスオオカブトである。途轍もないパワーでひっくり返そうとしてくる。
しかし、体躯はヤマトも負けていない。瞬発力と瞬間火力で対応しながら、どうにか巨大カブトをひっくり返そうとした。
大人の手のひらサイズのゴキブリと、さらに一回り大きいカブトムシが相撲を取っている。
決着の瞬間はすぐに訪れた。
ヤマトがカブトの回し(翅の付け根の所)を掴んで思い切り放り投げたのだ。
決まった見事な上手投げ。
落ちたカブトは飛んで再びヤマトと対峙する。
すわ激突か?とそう思った時、カブトはツノを軽くヤマトにぶつけて、隣にスペースを空けて再び樹液を舐めだしたのだ。
それは、まるでヤマトに舐めろとでも言っているようであった。
(これは…認められたってことで良いのか?)
そうして、しばらくの間ヤマトと巨大カブトは並んで甘い汁を舐めとっていた。
無数の虫たちに見守られながら
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