第31話

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ~街を守る壁の外~


 危地から脱したモーガン達は、他のモンスターが現れないうちに避難所の前を離れる。血の匂いに敏感なモンスターはすぐに嗅ぎ付けて来るだろう。

 セイアの魔法で軽く血を洗い流し、移動を開始する。見つからないように慎重に、壁の方へと移動していく。


 壁の近くまではモンスターに発見されることなくたどり着くことができた。しかし、門の近くへと移動していくうちにモンスターから身を隠すことが困難になり始めた。門の周辺にモンスターが密集し、門を突き破ろうとしているのだ。門には異常な力により圧死したモンスターの死骸がへばりつき、金属でできた外枠は大きく撓み今にも破壊されてしまいそうだ。


 五人はこれ以上進むのを諦め、近くの民家へと入った。今やほとんどのモンスターの意識は門に集中しているため、襲われる心配はないだろう。


「どうするんだ?アレを突破して壁の中に入るのは無理があるぞ。」


 安全を確認してすぐに、ユソウが口を開いた。その顔には焦燥と困惑が浮かんでいる。


「なー。でも、かと言って壁をよじ登るってのも、アチシとユソウ以外は無理だもんなー」


「あんなにモンスターが集まっているのを見るのは初めてだ…お爺さん、過去にこんなことは無かったんですか?」


 モーガンの問いを受け、老人は唸り声をあげ記憶の奥底をさらうように答える。


「うぬぬ…。あったことにはあったが…」


「おいおい、どっちなんだよ?」


 その煮え切らない答えにユソウが老人に詰め寄る。しかし老人は尚も唸りながらボツボツと独り言のように記憶を引き出していく。


「しかしアレは…魔王との争いが激化しとった時じゃし…。確か…魔王がモンスターを操って街に押し攻めてきたとき…じゃが、魔王は…」


「あぁ。魔王はすでに勇者に倒された。」


「つまり、魔王の様にモンスターを操ってる存在が居る…ってことですね」


 その呟きを続けるようにモーガンが口を開き、更にセイアが発展させる。

 しかし、一行の思考はそこで停滞し進展の兆しは無い。


「ちっ、埒が明かねぇ。モンスターを操っているヤツ…魔獣使いテイマーか魔王かは分からねぇが、そいつはなんでこの街を狙ったんだ?」


 モンスターがその身を堅牢な門に打ち付ける音を聞きながら思案すること数分。ついに業を煮やしたユソウが襲撃者のそもそもの目的を全員に問いかける。


「あぁ…何故だろうな?何か特別なモノを狙って…?」


「うーん…お宝目当てかなー?」


「そうだとしても、なんでよりによってこんな日に…」


「ワシは壁の中に久しく入っておりませんからなぁ…皆目…」


 四者四様の考えを呟いて行くが、その中に手掛かりになりそうなものは無いかのように思えた。


「ん?そういえばセイア、今日って何かあるのか?」


「えっ!?モーガン忘れてるの!?今日は成人式だよ!」


「あっ、そうなのか?すっかり忘れていた…。―――ん?ってことは、この街にソフィが居るのか…?」


「ん?モーガン~。ソフィって誰ぞー?思い人かなー?」


「なっ…何でもない!というか聞こえていたのか!?」


「俺もはっきりと聞いたぜぇ。誰なんだい?モーガンよぉ」


「わ、私も気になりますっ!」


「ほっほっほ…若いのう…。しかし成人式か…。もしかすると…?」


 皆諦めたのか、深刻な雰囲気から一変して和気藹々とした雑談をしていると、その会話から何かを思いついたらしい老人は、ブツブツと呟きを漏らしながら思考の海へと潜って行った。

 そうしてしばらくした後、気付きの叫びをあげた。


「そうか!狙いは“垣間見の水晶”か!」


「うおっ!?どうした爺さん?何か分かったのか?」


 ユソウがその叫びに肩を跳ねさせる。背後で急に大声を出されて驚いたようだ。


「奴らの狙いじゃよ!奴らは成人式に使う“垣間見の水晶”が狙いなんじゃ!」


 が、老人はそんなユソウの様子に気付かず、興奮気味に気付いたことを捲し立てる。顔に唾が飛んで、ユソウは迷惑そうだ。


「えっと…それってギフトを教えてくれる不思議な水晶玉のことですよね…?」


 老人が言った“垣間見の水晶”について、不思議そうな表情のセイアが疑問を唱えた。


「そうじゃ、アレにはかなりの“力”が内包されているらしい。かつての魔王も狙って攻めてきたことがあったらしいのじゃ!」


「おぉっ!…って狙いが分かったところで壁に入る方法が分からねぇんだったら意味ねぇよ…」


 狙いが分かり束の間喜ぶものの、結局侵入手段がないことには変わりない。そのことに気付き、ユソウは落胆する。しかし老人は誇らしげな表情を崩さない。


「そうでもないぞ。成人式が行われる闘技場に一番近いのがこの南西の門じゃ。つまり、ここの門以外は――」


「そうか!モンスターが少ない!」


「別の門からなら入れる可能性がある…。特に手薄なのは北西の門のはず…。となると―――」


 解決の糸口が発見され、一行はにわかに活気づく。その勢いで北西の門への移動ルートと作戦が練られ、すぐに出発することになった。


 一時的な休息場としていた民家から出て、さぁ北西の門へと移動を開始しようとした時だった。

 壁の方向から物凄い破壊音とモンスターの叫び声が響いて来た。


「なっ…門が破壊されたかっ!」


「そのようだ…!行ってみるか。」


 五人は未だ砂塵が舞いモンスターがひしめく門へと慎重に進んで行く。モンスターの大群の中程にある背の高い人影にも気づかずに。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ガンガンと硬いものを殴るような音が響いてくる。通常ではありえない程の圧力を受けて、門からは常にミシミシと軋む音が聞こえてくる。もう長くは持たないであろう門を前にソフィとメイビスの肩に乗ったヤマトは立っていた。

 メイビスたちが来た大街道とは違う、裏路地のような場所からソフィとヤマトを呼ぶ声が響いて来ていた。


「―――――――ねぇ、ヤマト…?」


永い沈黙の後、ソフィは“何か”の存在を確かめるように呼び掛ける。


『なんだ?』


 それに対して、ヤマトはあくまでもそっけなく返す。しかしそこには確かな優しさがにじんでいた。


「家族って、何…?」


 その問いには、己が見失ったモノを探すような響きがあり、心の穴を埋めるような必死さがあった。


『さぁ…?改めて聞かれると難しいよな。家族って一言で言っても色々あるわけだし?十人十色だとは思う。けど…そうだな――俺は、一番身近な他人のことだって思ってるよ。』


 その答えを受けたソフィは目を丸くする。

門の軋みはさらに大きく、門を殴打する音はますます激しくなり、遠くから響いていた呼び声が段々と近づいて来ていた。


「はぁ…?なんだかんだ言って結局他人なの?」


 そう返すソフィの唇の端は僅かに上がっており、先程までのような棘は感じられない。くらく掛かっていた濃い影の色もやや薄くなったようである。


『そりゃそうよ。人間、死ぬ時は大抵一人だしな。生きるのだって、人の手は借りるけど、結局は自分の力で生きなきゃダメだ。でも…だからこそ、身近な他人に寄り添って、少しでも負担を軽くお互いを背負い合うんだと思うぜ。』


「ふふっ…。やっぱり、わかんないや。」


 そう言ったソフィの顔は晴れ晴れとしており、少しの不安が残ってはいるものの、迷いは完全に払拭されたようである。


「あっ!ピート君、居たよ!」

「ホントだ!おーい、ソフィ!あっ、ヤマトもいるじゃねぇか!」


 裏路地からユキ、ピートが飛び出してくる。

二人は物凄い勢いでソフィに近づいてくる。しかし、ソフィの様子から何を感じとったのか、抱き着くことはせずに目前で急停止した。


 誰も口を開かない沈黙の時間が流れる。その間も壁の向こうからは門に打撃が加えられている。


 と、唐突にソフィが腰を深く折って二人に頭を下げた。


「ごめんっ!二人とも心配かけて!――それと、ありがとう。こんな私の友達でいてくれて。」


 その言葉を受けて二人は微笑みを浮かべる。


「ふふっ、どういたしまして。本当に心配したんだからね?」

「おうよっ!でも、もう自棄ヤケになるなよ?」


 そんな、バラバラで揃わない返答の中に確かなぬくもりを感じる。

二人はソフィへと抱き着き、ソフィも二人を抱き返す。ヤマトはソフィの肩へと移っており、三人と一匹は一つになっていた。



「おーい…。邪魔して悪いけど、そろそろ移動しようぜ。門がヤバいことになってるぞ?」


 メイビスが壁門がメキメキと音を立てているのを引きつった顔で見ながら三人と一匹に声をかける。

 門と壁には隙間ができており、人の物より大きな爪を備えた指が門を掴み、こじ開けようと試みていた。


「あ?なんだ居たのか。」


 しかし、そんなメイビスにピートが欠けた言葉はあくまで冷たく、今すぐにでも去って欲しいという思いが強く込められていた。ユキに至っては見てもいない。


「酷くないかっ!?」


『あぁ~、初対面の印象がよほど悪かったんだな。ま、諦めろ。お前が悪い。』


「いや、アレは…!――確かに僕が悪かったな…。」


 メイビスは何かを言い返そうとするが、それも直ぐに飲み込んだ。それまでのメイビスならば、自分の非を認めず暴れまわっただろう。

 ヤマトと関わったことで、メイビスの中に小さな変化が生まれていた。


『おいおい、悪いって思ってるんなら言う言葉があるだろ?』


 が、そんなことは関係ないとばかりにしゃがみ込んだメイビスを煽って行くヤマト。メイビスはその言葉にムッとしながらも理解はしているとばかりに立ち上がり、ソフィ、ユキ、ピートの前に立った。

 そして、ソフィがやったように深く頭を下げて


「あの時、失礼な言葉をかけてしまい申し訳ないっ!」

と、全力で謝罪した。


ソフィは、色々ありすぎて今の今まで忘れていたのか、今になって顔を背けている。

ピートは、しょうがないなという顔をしつつも、チラチラとユキの方を窺っている。

ユキは、驚くほどの無表情となり表情筋をピクリとも動かさない。


「自分が、何をしたのか、自覚はあるんだね。」


そして、無表情のままゆっくりと口を開いた、


「あ、あぁ…。初対面にもかかわらず、君たちを侮辱してしまった。許してほしい…というのは虫がいいのは分かっている。…でも、ヤマトと一緒に行動している内にアレは間違いだったと思えた。」


「そう…。」


「だから、せめて謝罪は受け取って欲しい。侮辱してしまい、すまなかった。」


 メイビスはもう一度深く頭を下げる。

ユキは未だ無表情でそれを眺めていたが、やがて諦めたようにため息を吐いた。


「はぁ…。わかった、許す。でも、もうしないでね。」


「あぁ、分かっている。…ありがとう。」


 その言葉に、メイビスは安堵の表情を浮かべ胸をなでおろす。そして顔を上げて感謝の言葉を返した。


『よかったな、メイビ…―――!?』


 ヤマトがメイビスに何かを言おうとした時、ギリギリのところで持ち堪えていた門が盛大な音を出して破壊される。

 その破片は弾丸のような勢いで飛んでいき、周囲の物を破壊する。

そしてそれは、門のほど近くにいたヤマトたちも例外ではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る