第32話

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~街を守る壁の中~


「クソッ、完全に破壊されてやがる。」


 留め具がねじ曲がり、かつての堅牢さは見る影もない門を前にユソウが毒づく。自分が拠点としている町が荒らされたのを目の当たりにし少なからず荒れているのだろう。


「あぁ、これはひどいな…。破壊された門の破片があちこちに刺さってるぞ。」


 モーガンは無残に蹂躙された街を見て、ポツリと感想を漏らす。


「んー?」


「どうしたんですか?アイラさん。」


 そんな街の様子を見て首を傾げるアイラに気付き、セイアが質問をする。


「いやー。なんか違和感あるなーと思ってなー。…ほら門の前のココのスペースとか。他は破片がいっぱい刺さって抉られてるのに、ここだけ破片が無いのよなー。」


「ぬ…言われてみればオカシイのう。なぜかあちこちにモンスターの死骸が転がっておる。」


 アイラが気付いた違和感をきっかけとし、老人も怪しいと思ったのか、髭に手を当て周囲を見回している。


「それだけじゃねぇぞ…。本当なら闘技場を狙って一直線に進むはずのモンスターの足跡がなぜか門の内周を回るみたいな方向に向いてやがる。それに、ついさっきできたような子供の足跡もある。」


 足跡、血痕、破壊の痕などの痕跡を混沌とした景色から、ユソウはいとも容易くモンスターが向かった方角を割り出す。さらに、蹂躙されてもうほとんど分からなくなっているだろう小さな足跡をも発見した。


「何っ!?子供が襲われたのか!?」


「いや、この足跡はモンスターの向かってる先に続いている…大方逃げた子供たちを追ってモンスターが闘技場とは関係ない方向に逃げたんだろう。」


 子供と聞いてモーガンが慌てるが、ユソウはそれを否定し落ち着かせる。


「つまり、今から追いかければその子供たちを助けることができるかもしれないのですね。」


「あぁ。可能性はある。だが、子供たちはこんなところで何をしていたんだ…?」


「それは助けてから問いただせばいいさ。手遅れになる前に行こう!」


 モーガン達は子供たちを救おうとモンスターの痕を追う。


 乱雑とした情報の中からこれほど正確に状況を読み取ったユソウは称賛に値するだろう。だが、ユソウはどこかで違和感を感じていた。何かを見落としているような、そしてそれが重要な物である様な、不思議な焦燥感のようなものが心の片隅に居座っているのだった。


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『みんな生きてるか⁉』


 濃密な砂煙が舞う中、ヤマトは声を出す。四人の前には光の膜のようなものが張られており、それが四人を破片の弾丸から守護していた。


「あぁ、俺は大丈夫だ。」「私も大丈夫。」「大丈夫だよ。びっくりしたぁ…。」「僕も問題ない。」


 口々に己の無事を報告する。誰も怪我をしていないようだ。


「とっさに守れてよかったよ~」

「ギリギリ障壁が間に合ってよかった。」


 ヤマトたちを守護していた光の膜はどうやらユキとメイビスが生み出していたらしい。よく見ると光の膜は2層になっており、一枚目は破壊寸前でギリギリ残っている様な有様だった。


 と、砂煙を引き裂くように巨大な腕がヤマトたちを襲う。

腕は、九死に一生を得て気が緩んだヤマトたちの寸前で光の膜に阻まれて届くことは無かった。しかし、ギリギリ形を保っていた一枚目の障壁は完全に破壊され、二枚目にも幾筋ものひびが発生した。それは、ヤマトたちに再び危機感を植え付けるには十分であった。


『チッ!そういやさっき門をモンスターに破壊されたんだった!』


 砂煙が巨大な腕によって薙ぎ払われ、視界が開ける。

まず目についたのは、成人男性の二倍ほど大きい赤鬼オーガだった。鬼は己の剛腕が直撃したが手応えが無いことに不思議そうにしている。その後ろには無残に破壊された門があり、そこから続々とモンスター達が街へと侵入してきている。


「お、おい…なんかヤバくねぇか?」


 ピートがそう呟く。モンスター達は門につっかえながらも街へと流入し、ヤマトたちを見つけるなり咆哮ほうこうを上げるのだった。

 しかし、そんなモンスター達の前へとソフィは出る。そして大きな声で“命令”をした。


「『待て』!!」


 すると、すべてのモンスターがびくりと身体を震わせその動きを止める。それはまるで、命令された飼い犬のようであった。


「『お座り』!」


 もう一度ソフィが号令を出すと、モンスター達は一斉に膝を折り敬礼のような体勢になる。まるでソフィに向かって忠誠を誓うように跪く様子は、王に付き従う兵を彷彿ほうふつとさせる。


「ふっふ~ん。こんなことも出来るようになったんだ~」


 が、当のソフィに王の風格などない。そのため、年端もいかない少女にひざまずくモンスターの群れというなかなかにシュールな絵面となっていた。


「え?お前いつの間にそんなこと出来るようになったんだ!?」


 ピートはその光景に驚き、ソフィを問い詰める。


「えっとねぇ、さっきヤマトとケンカしてた時かな。」


「へぇ。…決着はついたんだな。」


 ピートは安心したように表情を緩め、ソフィに確認する。もう大丈夫だ、そう言うような晴れ晴れとした顔でソフィの肩を叩く。


「?うん、まぁ一応ね。」


 そんなピートの様子を怪訝けげんに思いながらも、ソフィはあっさりと答える。


「僕どもが何やらおかしな動きをしておると思ったら、何だ?貴様らは。何故薄汚い餓鬼が我の僕を操ることができる?」


 四人で悠長にこれからどうするかを話し合っていた時、門の外から瘦せこけた長身の男がやってきていた。手入れのされていないプラチナブロンドの髪を伸ばし、体には暗い赤のマントを羽織り、その手にはゴテゴテとした装飾の付いた指輪を多数嵌めている。

 その男の声は、まるで真冬のドブの様に冷たく濁り、ヌッタリと体に纏わりつくようであった。


「誰だてめぇ!」


 ピートは番犬の様にその男に向かって吠える。直感的に悪意のようなものを感じ取ったのだろう。

 一方、ソフィはその男の瞳を見た瞬間から、体の震えが止まらなくなっていた。男は何か攻撃をしたわけではない。ただ、歩いて来るだけなのだ。しかし、その姿をソフィはひどく恐ろしく感じていた。


「ふむ?我に向かってそのような口を利くか。躾がなっていないようだな。」


 男はやや気分を害したかのように眉をひそめる。すると、その男の身体から凄まじい圧力が放たれた。それは、浴びた者を皆不安にさせる様な邪悪さと、男に跪いてしまいそうな程の重さで周囲を蹂躙する。あまりの強さに、その圧力の対象でないモンスターでさえ委縮してしまっていた。


「くっ…なんて魔力なんだっ!」


『魔力?それって魔法に変換しないと使えないんじゃないのか!?』


 メイビスの言葉に、ヤマトが反論する。その間もマルボスは膨大な圧を発し続けていた。


「フム、この出力に耐え得るのか。ただの命知らずというわけではなさそうだな。」


 男はそう言いながら、更に圧の出力を上げていく。

その顔には嗜虐的サディスティックな笑みが浮かべられており、まるで新しい玩具を見つけた子供のようであった。


「いやッ…!!あなたは…誰っ!?」


 そんな魔力の奔流に身を縮こまらせ、心の奥底から湧き上がる恐怖と戦うソフィは、喉の奥から絞り出すように叫んだ。


「フム?あぁ、そういえばまだ自己紹介がまだだったな、餓鬼共。」


それに対する答えは―――――――


「我は魔王…いや、魔王マルボス・トゥロヌスである。光栄に思えよ。我と対話できたことを。」


「ウソ…?」


 呆然としたソフィの口から、ポロリと言葉が転がり出る。そしてその瞬間、今まで自分が何に脅えていたのかを、ハッキリと認識することとなった。

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