第30話
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~街を守る壁の外~
「なっ、爺さん!?安全なところに居ろって…ムグッ」
突然の老人の参戦により、ユソウが驚き抗議の声を上げようとする。しかし、途中で口をモーガンに塞がれくぐもった音を洩れさせ続きが発せられることは無かった。
「とりあえず文句は後だ。お爺さん、このネズミの対処法を教えてくれ。」
「ほっほっほ…ただのネズミじゃないと気付きましたな?」
「あぁ、普通の大ネズミはこのような動きはしない。異様に連携が取れすぎている。それにこれほど大きな群れで行動することなど無い。」
その答えを聞くと、老人は肯定をするように頷き、突き崩れてできたわずかな隙間から覗く巨体のネズミを指さした。
「そうじゃな…あそこに一際大きなネズミがおります。アレを倒せばネズミはもう襲って来ないかと。しかし並の剣ならば弾かれてしま…」
「ふむ、了解した。一体を倒すだけなら何とか…。セイアこれを持っていてくれ。」
「ちゃんと話をきけい!お主、何をするつもりじゃ!?」
老人が指をさした方向を一瞥すると、持っていた盾をセイアに預け剣を上段に構えてネズミの大群に突撃していく。当然ネズミが壁を作りその進撃を阻もうとするが、意に介さない様子で体当たりを仕掛けて簡単に突き抜けていく。
壁を抜け少し離れた位置に巨大ネズミがモーガンを待ち構えていた。
巨大ネズミは体中の毛を逆立て突進してくるモーガンに合わせるように突撃して来る。一方のモーガンは体から淡い青い光を放ちながら両手で剣を構えていた。
両者の速さは互角、質量ではネズミが圧倒的に部がありモーガンは不利に見える。両者はさらに加速していき、ぶつかる寸前というところでモーガンが気合と共に叫ぶ。
「はぁぁぁぁ!『縦振り』っっっ!!!」
叫び声と同時に、構えていた剣が消えネズミに銀色の閃きが走る。
真正面からぶつかるはずの両者は、すり抜けたかのように進んで立ち止まる。数舜の後に、モーガンが剣を振り血を落とす。それと同時に巨大ネズミの肉体が左右に別れて血しぶきを上げた。
己の圧倒的上位者が容易く敗北したのを見て、ネズミ共は一斉に散らばった。集団から個へと変われば恐れることは無い。稀に襲い掛かってくるネズミも簡単に対処されその命を散らした。
その様子を見ていた老人は一言
「なんちゅう無茶苦茶な…」
その背中を叩きながらユソウが
「爺さん、アイツは色々ヤバいから逆らわねぇ方がいいぜ。」
と小さく忠告した。
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ヤマトとメイビスは街へ入ったソフィを探して徘徊していた。
結局あの後ユキとピートが抜け出る前に商店街にたどり着いたため、そのまま捜索することにしたのだった。しかし、様々なところを探したにも関わらずソフィどころかその痕跡すら見つからない。メイビスはその様子に違和感を覚えた。
「ハァハァ……疲れた…ちょっと、休憩…」
かなりの間走らされたメイビスは息も絶え絶えとなり、道端にへたり込んでしまった。
『おいおい、本気出せよ!俺はまだ探せるぜ!?』
疲労困憊のメイビスに鞭打つようにヤマトが発破をかける。死体にさらに攻撃するような鬼の所業である。
「お前はずっと僕の肩に居ただけだっただろうが!」
『そんなことないもん!ちゃんと触角使って探してただろ!大人が近くにいることも教えてやったし!』
「というか、おかしくないか?」
『あぁ、そうだな。これだけ探してるのに、影どころか残り香すら見つからない。』
「いや、そうじゃなくて。ってか残り香って何?」
『あぁ、ゴキ…じゃなくてローチって実は鼻がいいんだよ。触角使って匂いを感知してるらしくってさ。』
「へぇ…不思議な生態だなぁ…。っじゃなくて!なんでいちいち話の腰を折りに来るんだ!?」
『いや、今のはお前が質問したからだろうが。』
「はぁ……。そうじゃなくて、街に入ってからモンスターを一度も見てないだろ?」
不毛な言い争いをしても無駄だと思ったのか、諦めたようにため息を吐く。そして自身が抱いている違和感をヤマトに伝えようとした。
『あぁ、それは思った。壁が破壊されたんだとしたら、モンスターが街に溢れかえっているはずだもんな。ってことは、壁が破られていないかどこかでモンスターが堰き止められてるかのどっちか…か。』
「あの破壊音からして、壁が破壊されていないことは無いと思う…。となると、どこかで堰き止められているか…?」
『とりあえず、破壊音がした方向の門に行こうぜ。南西の門の辺りだったよな。』
「よく方角まで分かったな。」
『あぁ、この体って索敵とか感知とかの性能が凄いのよ。方角も方位磁針か?ってぐらい正確にわかるし。何なら暗闇の中でも今が何時かわかるぞ。』
「何気に凄いな…。まぁ、南西の門か。行ってみよう。」
二人は南西の門へと向かって走り出す。途中で見回りをしている大人に見つかりそうになったが、メイビスの姿隠しの魔法により気付かれることは無かった。
(そういえば2年前はすぐ見つかって追いまわされたっけ…。)
『便利だな、その魔法。』
「あぁ、空間の魔法で自分の身体周りの光を捻じ曲げて見えなくするんだ。それと、風魔法で層を作って音も遮断してある。」
(光学迷彩ってやつか…?あと風の層で音を遮断って…真空?凄いってことしか分からんわ)
『すげぇな。“魔導王”は伊達じゃないってことか…。』
「まぁな。――っと、そろそろ門が見えるはずだ。見たところモンスターは居ないから門のところで詰まってるんだと思う。」
数十歩ほど歩き、微妙に湾曲している大通りを曲がった先が南西の門だ。しかし、周囲にはモンスターの気配はなく、破壊の痕跡もない。
南西の門が視認できた時、受けた印象は一触即発だった。
外開きの門は、外からの圧力を受けて大きく内側に撓んでいる。更に外からはガンガンという何かをぶつける様な音が響いて来ていた。
しかし、危機的な状況には変わりないが、予測していた状況よりも遥かに安全に見える。
『―――と言うか、門壊されてねぇじゃん!?』
「…あの破壊音は何だったんだろうな?もしかして門を間違えたんじゃ?」
『いや、確かに南西の門の方角から聞こえてきたし、ここは南西の門だ。』
と、決壊寸前の門の前に立ち、手を添えている少女が居た。
『あっ、ソフィ!!』
その少女…ソフィはこちらに振り向くと、非常に驚いた顔で後ずさった。
「ヤマト!な…なんでここに…?ここは危ないんだよ!?ダメなの!」
ソフィは、こちらを拒絶するようにその両手を伸ばし叫ぶ。
しかしヤマトはそんなことを構いもせず、ソフィの方へと近寄って行った。メイビスの肩の上に乗ったままで。
『それはお前もだろうが!おらっ、さっさと闘技場まで戻るぞ!』
「ダメだよ!私が居たら、みんなが不幸になっちゃう…!」
ヤマトが声をかけ説得しようとするが、ソフィは俯きその場を動こうとはしなかった。
『あぁ?なんでお前が居るだけで不幸にならなきゃなんないんだよ。お前の影響力がそんなにあるわけねぇだろ?自意識過剰すぎるんだよ。』
「お、おいっ!言い過ぎだ―――」
そんなソフィに向かって、ヤマトが痛烈な言葉を投げかける。メイビスは制止しようとするが、その前にソフィが叫び返した。
「でもっ!私は!わたし…は…!わたしは魔王の娘なんだよ!?」
「――って!落ち込んでいるヤツにそんな―――って魔王の娘ぇ!?」
テンポ悪くメイビスが驚く。その反応を見てソフィはさらに悲しそうに顔を歪めた。
「ヤマトには分からないよ…。大事な人に裏切られて、人から疎外されるような人生なんて…!」
しかし、ヤマトは引き下がらずソフィへと言葉をぶつける。
『知るかっ!大事な人に裏切られた?大事な人が居るだけでマシだと思え!そもそもアレは裏切りとは言わねぇ!で、私は魔王の娘だから人には受け入れてもらえませーんシクシクってか?こちとら魔物だぞ!?しかも人から遠くかけ離れた蟲系の!まだ人間であるだけマシじゃろがい!』
それは、真面な文章になっていない、感情をそのまま吐露しただけの粗野なものだった。何も飾らず、ありのままの言葉。それ故に心の傷を癒すことなどできない。しかし、余計なものが混在しない純粋な感情のみの言葉は、強くソフィの心に響いたようだった。
「なに…それ…。自分の方が不幸ってこと!?意味わかんない!今はヤマトの話はしてないでしょ!?魔王がこの世界でどう思われてるかなんて、ちっとも知らないでしょ!?人の苦労も知らないで、分かったようなことを言わないで!」
ヤマトの言葉は、ソフィの内に閉ざされた心の扉を開き、内に押さえ込んでいた感情を爆発させる。
「大体、いっつもヤマトは勝手すぎるんだよ!人の気持ちも知らないで、自分の言いたことだけ押し付けてきて!裏切られても、大事な人がいるだけマシ?そんなの裏切られたことが無いから言えるんだよ!」
心の奥からあふれ出る鬱憤が怒涛の言葉の波としてヤマトに襲い掛かる。その言葉の一つ一つにソフィの痛みや苦しみ、不安が籠っている。
『あぁ、お前の気持ちなんて分からないね!だって、お前は一度でも俺に自分がどう思ってるか伝えようとしたか?してねぇだろうがよ!』
しかし、その猛烈な感情の波を受けて尚、ヤマトはその口を閉じようとはしない。
「したよ!あの時…救護室で!今まで、信じてきたものが全部壊れて…!自分が自分じゃないみたいに感じて…!暗くて…怖くて…苦しくて…!助けてほしくて…!ヤマトに話したら、聞いてもらったら楽になるかなって…。でも!ヤマトは聞いてくれなかった!ヤマトは、私の言葉を聴こうともせずに責めただけだったじゃん!」
ソフィはヤマトを責める。お前はあの時私の心の声を聞かなかったじゃないか。と
あの時聞こうともしなかったお前が何を言うのだ。と
『あぁ!?アレはお前がピートやユキに八つ当たりしてたからだろうが!』
しかしヤマトはその言葉でさえも受け止め、返す。それは一見逆ギレにも見える様な激しさでソフィに噛みついて行く。
「八つ当たりなんてしてないっ!」
『してただろ!親友に向かって友達になんかなれないって言うのは、立派な八つ当たりだろうがっ!今まで育ててきたルーウィンさんやヘレナさんのことも親じゃないなんて言ってたよな!家族ってのは、そんな血の繋がりだけの安いモノなのか⁉違うだろ!あの二人のお前への愛は本物だっただろうがよ!』
「本物に見えたよ!少なくとも、今日まではっ…!でも本物のわけがない!だって、私は魔王なんだもん!」
すべてを見失った少女が嘆く。その頬には大粒の雫が落ち、まるで迷子の仔犬のようだ。
『魔王だろうが何だろうが、家族は家族だ!そもそもお前はまだ魔王じゃねぇだろうがよ!』
「だって!ヤマトだって見てたでしょ!?成人式の時!私が水晶に手を置いたら真っ黒な光が出てきたのを!」
『あぁ、見たよ!でもそれがどうした?あんなの水晶が故障しただけかもしれないだろうが!大体、魔王がなんだ!俺に命令もできないクセに!魔物に言うことも聞かせられねぇのに魔王を気取るな!』
「はぁ!?故障なわけないじゃん!それに、やろうと思えばヤマトを黙らせることだってできるんだから!」
『じゃあやってみろよ!どうせできねぇだろ?魔物も操れないチビな魔王なんて誰も怖がりなんてしねぇよ!』
「出来るもん!『黙れ!』」
その瞬間、ヤマトに強烈な衝撃が走った。それは自分の自由意思が根こそぎ奪われ脳が麻痺するような感覚だ。そして次の言葉を紡ごうとすると強制的に思考に空白が挟まれる。まるで体が言葉を発することを拒否するかのように。
『ングッ!?…―――っくあぁっ!黙らねぇぞ!誰が命令なんざ聞くか!こんな小さなゴキブリに言うこと一つ聞かせられない奴が、魔王なわけがねぇ!』
しかし、ヤマトは抗い叫ぶ。こんなモノに負けてたまるか、と。強い意志の力は脳を再び動かし、先程まで体中に満ちていた気怠さは霧散していた。
「えっ…!?な、なんで…!?」
絶対の自信があったのか、ソフィはヤマトが喋れたことに驚愕する。
『なんでもクソもあるか!俺は俺だ!俺の身体を自由に動かすことぐらいできる!』
「そんなっ…無茶苦茶だよ!なんでそこまでして私を責めるの!?なんで私が怒られなきゃいけないの!?なんで、なんでなんでなんでぇ…!なんで、ヤマトは私の傍に居ようとするの…!?」
『なんで…ってそりゃお前…。お前が俺の…転生直後の弱い俺を助けようとしてくれた恩人で、掛け替えのない親友で、大事な―――“家族”だからだよ。』
静かな、それでいて強い口調で断言する。お前は俺の家族だ、と。
「もう…わかんないよ…!」
その言葉は、家族を見失い、友を見失い、自分を見失った少女へ静かに染み込んでいく。辛うじて口から出た言葉は、向ける相手もなく宙づりになったまま霧散した。
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メイビス:えっ、凄い気まずい
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