第23話

 大勢の人からの最大限の祝福を受け、ユキは照れくさそうに席に戻って来た。


「やったやった、すごいすごい!あのメイビスとかいうヤツ、腰抜かしてたよ!」


「凄かったぞ!カッコよかった!」


『おう、虹色の光に照らされて、まるで妖精みたいだった。』


「ふふっ、ありがとう。」

 ユキはそう言ってはにかんだ。


「でも、どうして私たちにも道具をもらったことを言ってくれなかったの?」


「そうだな、ユキは嘘もヘタクソだし、貰ってたらすぐにわかると思ったんだけど。」


「ふふふっ、内緒にして、今日驚かしたかったの!大成功みたいだね!」


「ねぇっ、どんな“道具”なの!?」「あぁ、俺も気になってた!少し見せてくれよ」


「ふふっ、成人式が終わったらね。」




 闘技場内に満ちていた虹色の光への興奮がようやく冷めてきた頃、神官がピートの名前を呼んだ。

すると、ピートは立ち上がり、そんな必要もないのに大声で


「はい!」


と返事をした。隣にいたソフィたちの鼓膜が破れるかと思うほどの大声で、だ。


そして、ピートは

「行ってくる!」

と言って胸を張り、堂々と壇上に向かっていった。


 神官に促されるまま椅子に座り、水晶玉に手をかざした。

すると、一拍置いてから水晶玉が銀色の強い光を放った。弾けるような銀色の閃光は、昼間だというのに闘技場内全体を照らし出し、暗い影を作り出していた。


(そう言えば、人によって同じ光でも色の濃さとか光の強さが違いのはなんでなんだろ?)

「なんか、貰ったギフトが強力なほど光が濃くて強いらしいよ。」

(へぇ。なら、ピートも凄いギフトもらったのかもな。)


 しかし、ピートの異常に強かった銀色の光を見ても、未だ先程のユキのギフトの印象が抜けない観衆からは微妙な反応があるだけだった。反応があるだけマシなのだろうが。


 それでも、ソフィとユキは拍手と歓声でピートを迎え、互いに喜び合った。



 そして、次はソフィの番だ。



「次、ソフィ・クレイス!」


「ふぅ、じゃあ二人とも、行ってくるよ。」


「おう、行ってこい。」「どんなギフトが貰えたのかなぁ?楽しみだね!」


 壇上への道を胸を張って歩きながら、ソフィは暢気に呟いた。

「ユキもピートも凄そうだったし、私も凄いのがいいなぁ。」


 その、本来答えの帰ってくるはずのない呟きに、反応するものが存在した。

(案外行けんじゃね?だって、あの二人はこの状態の俺とは話せないし。テイマーとかの素質はあるんじゃないか?)


「あー、そうだねぇ…調教師テイマーの冒険者もいるし、良いかもねぇ――――って、ヤマト連れてきちゃった!どうしよう…」


 そして、それに今更気づき、道の途中で立ち止まってあたふたするソフィ。

様子がおかしいことに気付いた神官が心配そうに、再びソフィの名前を呼んだ。


「ソフィ・クレイス?どうしたのですか。気分でも悪いのですか?」


「あっ、いっ、いえっ!何でもありません!」


 それにやや裏返った声で返事をし、ヤマトを急いでポケットにねじ込んで小走りに壇上へ上がろうとする。その時、段差につまづいて顔から盛大にずっこけてしまった。

 周囲からは、暖かい失笑と体が凍ってしまうほど冷たく感じる視線が飛んでくる。

 観客席からは頑張れーといったようなソフィを励ます言葉が投げられ、ソフィはまるで自分が遠い国から連れてこられた珍獣であるかのように錯覚した。


 居心地の悪い思いをしながら、ソフィは水晶玉の前に座る。

遠くからではあまり感じなかったが、目の前に座った途端、自分が水晶玉に吸い込まれるかと思うほど見入ってしまった。

 何百年も使われていると言われる水晶玉だが、その表面には髪の毛ほどの傷もなく、透き通るほど透明なガラス質の中に白い靄のようなものが形を自在に変えながら浮かんでいた。


「わぁ…。」


「さぁ、水晶玉の上に手をかざして。」


 促されるまま、水晶玉の上に置かれた金属製のプレートのようなものの上に手をかざす。

 一拍置いて、濃い青色の光を四方八方にまき散らした。


「うーん…ピートとユキちゃんに置いて行かれちゃったなぁ…。」


 ソフィは少し寂しそうに、ポツリと呟いた。

だが、すぐに顔を上げて、何かを言おうとした。

 その時だった。水晶玉がいきなりカタカタと震えだし、どす黒い光を放ちだしたのだ。


 神官たちは、恐れながらも慌ててソフィのもとへ駆け寄り、水晶玉から遠ざけようとする。しかし、水晶玉は他の者を拒絶するかのように神官たちを弾き飛ばした。


『おいっ!どうしたんだソフィ!?しっかりしろ!』


 ヤマトが必死で呼びかけるが、ソフィは水晶玉に魅入られたかのようにじっと水晶玉から目を離すことなく見ているだけである。その目のハイライトは消え、ただボウッと水晶玉の奥にある何かを見ているようであった。


 心配したユキとピートが急いで駆けつけ、ソフィに近寄ろうとするも、二人も黒い光からの反発を受け、ソフィから弾かれてしまった。

 しかし、二人は諦めずに尚もソフィの方へ進もうとしていた。


 ユキは意を決したように、虚空に腕を突き出した。一見ただソフィに手を伸ばしただけに見えたが、その手の先を見ると刃の付いた神楽鈴が握られていた。

 ユキが一振りすると、鈴は美しく澄んだ音を淡い白い光と共に発した。その光が水晶から発生する黒い光と拮抗し、少し押し返しているようであった。

 おそらく、取り出した神楽鈴はギフトなのであろう。


 ピートは、無理やり力技で黒い光を押し返そうとしていた。がむしゃらに手を伸ばし、強引に黒い光を押し返している。その体は薄く金色の光を纏い、伸ばした腕には何本も血管が浮き上がっていた。

 これもおそらく、ギフトの特殊ユニークスキルの力で強引に押し通ろうとしているのだろう。


 他の、神官や大人たちもどうにかして黒い光の中へ入ろうとするが、ユキとピート以外は全く前に進むことができないでいた。


 黒い光と戦い、数十秒ほどが経った頃だろうか。

ふと黒い光が収まり、ソフィがふらりと倒れた。それを急いで駆けつけたユキとピートが抱き留めた。


 ソフィは意識を失っており、その体は氷と錯覚するほど冷たくなってしまっていた。こわばった手には、水晶の上に置かれていたカードがしっかりと握りしめられ、カードは黒い光を受けた影響か黒く染まってしまっていた。


 と、疲れ果てて倒れこむ三人と一匹の隣に立つ影があった。

見上げると、そこにはソフィ父が2年前、イノシシの魔石を見つけた時のように深刻な表情で立っていた。

 そして、周囲にいた神官と何やら話をしてから、再びユキたちの方へと向いた。


「今から、ソフィを運ぶんだが、出来れば君たちも付いて来てくれないか?」


 そう言うと、ルーウィンはソフィを抱きかかえて闘技場の出口へと歩いて行った。

その様子を呆然と見ていたユキ達であったが、ルーウィンが歩き出した時にはっと目が覚めたように立ち上がり、小走りで後を追っていった。


 闘技場に残った神官たちは急いで子供たちの安否を確認し、水晶に異常がないことを確認すると、再び成人式の続きを行った。

 先ほどまでの熱は冷たさへと変化し、闘技場を支配する。大通りからは、中の状況はお構いなしとばかりに賑やかな喧噪が届いていた。


 それから、数人ほど銀色の光を発することがあったが、数分前とは異なり、歓声も拍手も投げかけられることは無く、粛々と成人式は続いた。

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