第22話
どうにかユキをなだめた後、成人式に入場合図が出る数分前のことだった。
ソフィたちに、金髪の鼻の高い顔立ちの整った貴族のお坊ちゃんらしき男の子が、取り巻きを従えて近づいてきた。
「おい、そこの平民。さっきからうるさいぞ!もう少し静かにできないのか?…って、なんだ?その虫ケラは。」
〈なんだ?この丸フォイみたいなやつは…?〉
「むっ…えーえーすみませんでしたね、うるさくて。それと、この子はヤマトって言うの。私の大事な友達よ。虫けらだなんて二度と呼ばないで。」
「ふんっ、虫ケラを虫ケラと呼んで何が悪いんだ?それにしても…平民は虫ケラなんぞに名前を付けて可愛がる習性があるとはな。知らなかったぞ?それに、なんだって?ヤマト?センスのない名だ。」
「なんだとぉ?」
「おい、ソフィやめとけ。こんなやつの言うことなんか聞く必要はない。」
いつもはソフィと同レベルでケンカをしているはずのピートは、落ち着いてソフィを諭していた。しかし、その顔はいかにも爆発寸前と言った様相で、これ以上の我慢は出来そうになかった。
が、丸フォイモドキは言い返さないことを、相手が自分の身分にビビっているのだと勘違いしたのか、調子に乗ってユキに話しかけた。
「ふんっ、そこの女、こんな程度の低いヤツらとではなく、この僕と一緒に来ないか?」
「イヤです。」
ユキは、いつものおっとりした雰囲気ではなく、冷たく刺すような目で丸フォイモドキを睨みつけていた。
丸フォイモドキは、まさか自分が断られるとは思っていなかったのか、えっ?と言う間抜けな顔で固まった。
「なんだって?」
「イヤです。と言いました。あなたには付いて行きたくありません。」
ユキは、尚もキッパリとした様子で丸フォイモドキの誘いを突っぱねる。
うるさくしていた自分たちだけではなく、ユキにまで侮辱的な態度をとったこのに対して激怒し、今にも殴り掛かりそうだったピートも、今まで見たことも無いような冷たいユキの態度に唖然としていた。
「ふんっ、なぜだ?そんな低俗なヤツらと関わるなど、自分の品位を貶めるだけなのに…」
「あなたは低俗な人と罵りましたが、ソフィちゃんもピート君も、そしてヤマト君も、私の大切なお友達です。友達を馬鹿にされて、怒りもせずに付いて行く人なんていると思いますか?」
言葉は丁寧だが、そこにはハッキリとした拒絶と嫌悪が含まれており、初めてそんな態度を取られたのだろう丸フォイモドキは、目を伏せて何かをモゴモゴと呟くだけであった。
ざわざわと騒がしかった控室が、凍り付いたかのように静まり返る。
ユキがさらに口を開き、追い打ちをかけようとしていた。
〈もうやめて!ニセフォイのライフはもうゼロよ!〉
その時、成人式の案内らしきお姉さんがやってきて、号令をかけた。
「はいは~い。市長のお話が終わったので、入場しますよー。」
優しげなその声に、凍り付いていた空気が一気に溶かされる。子供たちは明らかにホッとして、再びおしゃべりをはじめ、ニセフォイはその場にペタリと座り込んだ。嫌な空気を払ったお姉さんは何も気づかずニコニコし、ユキは元のおっとりした雰囲気に戻り、ソフィとピートは未だ呆然としていた。
ソフィ、ユキ、ピート、ヤマトの3人と一匹は、最初にお姉さんに導かれるままに闘技場の中心へと進んで行く。
後ろから、ニセフォイの「僕のギフトを聞いてから後悔しても遅いんだからなー!」と言う、震え声のどう足掻いても負け犬の遠吠えにしかならない叫びが聞こえてくる。
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成人式でギフトを戸籍に登録すると前述したが、別に成人式だけがギフトを知ることができる機会だというわけではない。まぁ、大半の人が成人式の当日に己のギフトの詳細を知ることになるのだが。
その大半に含まれないもので、自分のギフトを知る者には2種類ある。
1種類が、“道具”を授かった者だ。“道具”ギフトも、他のギフトの様に13歳の誕生日にふと突然自らの体に宿る、または目の前に現れるという。
もう1種類は、親が途方もない金持ちか貴族で、権力に物を言わせ成人式前にギフトを確認するというものだ。
この、もう1種類の方法には、他者よりも早くそのギフトに合った訓練を受けることができることである。せいぜいが数か月~1年程度の差ではあるが、その短い期間は才能を持つ者にとってはとても大きいのだ。
では、事前に知ることのできない人はどうするのか。当然、成人式当日に知ることになる。
成人式では、特殊な水晶を使用してギフトを確認するのだ。
その水晶の上に特殊なカードを置いてその上に手をのせると、水晶玉が発光し、カードに自分の名前とギフト名が書かれている…そして、そのカードが自分の身分証明書になるのだという。
水晶玉の発光はギフトの種類によって異なり、スキルで赤色の光、職業で青色の光、特殊スキルで銀色の光、特殊職業で金色の光、そして“道具”では虹色の光が発生する。
また、稀に存在する、二つ以上のギフトを授かった者は、スキル→職業→特殊スキル→特殊職業→道具の順に色が変化するらしい。
〈さて、なぜ俺がこんな長々と解説をしたのかと言うと、ぶっちゃけ暇だから。…いや、仕方ないんだよ!だって、まだソフィたちの順番にまでかなり余裕があるし、見るのも、ただ水晶玉がペカペカ光ってるだけのものだからすぐに飽きちゃうし!〉
しかし、そんな暇な儀式でも当事者たちは楽しみらしく、目の前の席に座っている女子グループはどんなギフトが貰えるのかな?なんて楽しそうに話し合っていた。
まぁ、内容は○○ちゃんきっとスゴイの貰えるよ!そんな、私なんて…それより◇◇ちゃんの方が~などと言ったくだらないものだったが。あと、やたらと赤毛の子に対する賞賛が多い気がする。この子が集団のボスなのだろうか。
(なんだかなぁ…こういう女子の会話ほど非生産的なものは無い気がする…。まぁ、そう言う俺もアレなんだろうけど…)
「ヤマト…一体何を言ってるの…?」
(いや、なんでもね。)
「そう…?大事な式なんだから、変なことしないでよね?」
(わかってるよ…。お前は俺をなんだと思ってるんだ?)
「え?ローチ型のトラブルの素。」
(うん、お前後で覚えてろ。)
神官が次の人の名前を呼ぶ。
「次!メイビス・スィーミア・フォン・ランミョーン!」
「あっ!あのクズ!」
次に呼ばれたのは、先ほどソフィたちに絡んできた丸フォイモドキだった。
(アイツ、そんな大層な名前だったんだな…。)
「だね…完全に名前負けしてるよ。」
ニセフォイ―――改めメイビスは、壇上に上がる際に、勝ち誇ったように座っている子供たちを見渡した。その途中、こちらを見た時だけ一瞬ではあるが顔が強張った。おそらく、先ほどの屈辱が頭をよぎったのだろう。しかしそれも一瞬のことで、バカにするような視線をこちらに投げかけ壇上へと上がった。
神官に促され、背もたれもない簡素な丸椅子へと座る。そして、自信満々に水晶の方へとへを伸ばした。
その直後、周囲からおぉ!と言う歓声が聞こえた。今日初めて、水晶が金色の光を放ったのだ。なるほど、傲慢な態度に見合うだけの潜在能力はあったらしい。名前から明らかに貴族なため、事前に自分のギフトを知っていたのかもしれない。
大勢の拍手を受け、メイビスは壇上で立ち上がり、周囲に手を振りながらこちらを睨みつけ勝ち誇ったような笑みをその整った顔に再び浮かべた。
おそらく、あの負け犬の遠吠えのような「僕のギフトを聞いてから後悔しても遅いんだからなー!」と言う発言は、自分のギフトへの絶対的な自信から来ていたのだろう。
しかし、メイビスが主に見ているだろう筈のユキは、さもどうでもよさそうに、横を向いてピートと雑談をしていた。
メイビスはその光景を見て、悔しさと腹立たしさの入り混じったような顔で壇上から下りて行った。
そして、次の名前が神官によって呼ばれる。
(うわぁ、アレの次はキツイだろうなぁ…)
次の子の時、水晶玉は鮮やかな青色の光を放っていたが、誰もが先ほどのメイビスのことを話しており、その子はやや不満そうに席へと戻って行った。
その後2、3人後に、ユキの名前が呼ばれた。ユキはソフィとピートにニッコリ微笑んでから、ゆっくりと壇上に上がっていく。
近くの席にいるメイビスが、どうせ大したことないなどと話しているのが非常に腹立たしいが、ユキはそんなことは気にもせずに堂々と壇上へと歩を進めていく。
神官の指示に従い、これからの人生を決定づける水晶玉の前に座る。
このまま、水晶に手をかざすだけでこれからの人生が決定される。そのことに、ヤマトは別に自分がその場にいるわけでもないのに緊張していた。
そしてそれは、どうやらソフィとピートも同じようで、二人が唾をのむ音がハッキリと聞こえてきた。
ユキが、目の前の水晶玉に手を伸ばす。その動きがやけにゆっくりと感じられ、じわじわと胸の辺りを不快感が侵食しているような感覚さえしてきた。
そして、ユキが水晶玉の上に手をかざす。
そこから一拍置いて、メイビスと同じ色の強い光が水晶玉から放たれる。
後ろの席にいたメイビスは、ガタッと椅子を鳴らし、驚いているように見えた。
ソフィ、ピートは歓声を上げ、立ち上がって拍手をしようとしていた。
その時、ユキの水晶玉の光が一瞬途切れ、次は虹色の光となって再び辺りを照らした。
観客も、新成人たちも、神官たちでさえも絶句して、静かな闘技場内を虹色の光がこれでもかとばかりに存在感を放って水晶玉とユキを照らし出す。
そこから一拍置いて、二人の子供の大きな歓声が上がった。
そう、ソフィとピートだ。二人は立ち上がり、喉の限界まで声を上げて、真っ赤になるぐらいに手を打ち付けて喜んでいた。
ユキはそんな二人に照れくさそうに笑いかけ、顔の横で小さく手を振ってそれに応えた。
その後、ポツポツと衝撃から意識を取り戻した観客の拍手が鳴り、会場内は拍手と歓声の嵐に包まれた。
メイビスのボソッとした
「嘘だろ………。」
と言うつぶやきは歓声に塗りつぶされて、誰も聞くことは無かった。
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