第19話

スタンピードが収まってから二日後、騎士団がやって来た。村からの要請を受けて、素早く駆けつけてきたのだ。


 この村は、最も近くの大きな都市であるランミョーンからはかなり遠く離れており、普通に馬車で来れば、1週間以上はかかるらしい。これだけでも、騎士団が非常に急いできたことがわかる。

 どうやら、ソフィ父ルーウィンが騎士団の詰め所に直接救援要請しに行ったらしい。馬車で一週間以上かかる道を、馬も使わずに…。昼頃家を出てから、次の昼には既に村で魔獣と戦っていたので、長くても24時間程度で往復してきたことになる。

(いや…やべぇなソフィ父…。化け物かよ。)


 騎士団は、村に着くなりすぐに村の復興の準備に取り掛かった。具体的に言えば、仮設住宅の建築などだ。騎士団と言っても、こちらの世界で言うところの自衛隊の役割に近く、主な仕事は災害時の人命救助と復興支援らしい。

 だが、日本よりも軍事色が強く、一人一人が戦では敵を寄せ付けない程の強さだという。それにより、この国―――アレオス王国は軍事強国として、小国ながらも自国の独立性を保てているらしい。


「ルーウィン団長!こちらの作業終了いたしました!」


「あぁ、うん、お疲れ。あと、僕はもう団長じゃないって。まったく…何回言えばわかるんだ…」


「ふふっ、みんなあなたのことを慕ってくれているのよ。可愛い部下じゃない。」


「“元”部下だよ。いまは騎士団を引退した身さ。」


 村の中心部では、元騎士団の第7師団団長だったらしいルーウィンがテキパキと指示を出し、粗方の作業を済ませていた。

 騎士団が到着してから、一週間で村はほとんど元の姿を取り戻しつつあった。

 木材は山が近いため確保しやすく、他の材料もほとんどは魔獣の死骸を加工することで手に入った。そして、ここまで早い復興を可能としたのは、の力だろう。

 たとえ、木が大量にあろうとも、乾燥させて製材にしなければ何の役にも立たない。それを解決したのが魔法だ。

 魔法で作業時間を大幅に短縮しながら行われる復旧作業は、たったの一週間であっという間に終わってしまった。


 その一週間の間、ヤマトはどうしていたのかと言うと―――

『むぐむぐ――ゴクンッ…ウプッ――まだまだ行けます!次持ってきてください!』

「へいっ!お待ち!大猪の巨大ステーキだ!」

 利用価値のない魔獣の死骸の一部をひたすら食べまくっていた。


 スタンピードが恐ろしいのは、魔獣が大量発生して襲ってくることだけではない。魔獣の群れを制圧した後の、死骸の処理が最も大変なのだ。

 魔獣の死骸には、利用価値の高いものも多いが、どうしても利用できない部位は出てくる。魔物の肉などは、魔素が高く食用には向かないため、どうしても余ってしまうのだ。

 しかし、その余った肉を正しく処理せずに、適当に捨てるなどしてしまえば、魔素で投棄場所が著しく汚染され、再びスタンピードが発生してしまう恐れすらあるのだ。

 スタンピードが発生すると、発生場所の住民や騎士団は毎回魔獣の余剰部位の処理に手を焼いていたという。


 そこで、ヤマト自身が自らが魔獣の余剰部位を食べて消費すると宣言したのだった。

 そうして、一週間の間ずっと運ばれ続ける謎の食材をひたすら食べ続けたヤマトの身体は優に三メートルを超え、未だ成長しようと外骨格をギシギシと軋ませているのだった。


 最初の方こそ、ヤマトのことを訝しみ罵倒していた村人たちも、初日で激しい成長痛に叫びを上げながらも厄介者を食べ続ける姿に心配し、最近では応援すら投げかけるようになっていた。


『もぐもぐ――ゴクンッ…ゲップ――ふぅ…まだいけます!』

「よぉし!これで最後だ!巨大カマキリの蒸し焼きだ!」

『おぉぉぉ!遂にですね…!ウップ―――いただきますっ!』


 そして、ついには魔獣を調理してくれるものまで現れたのだ。調理と言っても、火を通して簡単に塩をかけた程度のものだが…。

 調理をしてくれたのは、村一番の料理上手と言われるモリーさんだ。ルイスの奥さんらしく、元は王都で料理人をしていたらしい。その火加減は絶妙で、硬かった肉も口の中ですぐにほどけるぐらいにまで柔らかくなっている。


 とうとう、最後の獲物に取り掛かる。

大型の魔物は、今まで後回しにしていたのだった。カマキリの大きさは、大きくなったヤマトよりも一回りも大きい。今まで食べてきた魔獣の中で、一番の大物だ。

 煮込まれて少し柔らかくなった外骨格を嚙み破る。中から旨味たっぷりの汁があふれ出し、中華料理の小籠包のような美味しさだ。


(うめぇ!…けど、かなりお腹いっぱいだ…。にしても、巨大ゴキブリが巨大カマキリを食べる絵面って、B級の怪獣映画みたいだよなぁ…。あと、このサイズのカマキリをどうやって蒸し焼きにしたんだ…?)


 余計なことを考えながら、カマの外された胸部を食べていく。魔獣化したカマキリのカマは利用価値が高く、さらに、たとえ調理したとしても食べられないという理由から、蒸し焼きにされる前からすでに取り外されている。


 巨大カマキリの最後の脚を齧り終え、食材と調理してくれた人への感謝の言葉を高らかに叫ぶ。

『ごちそうさまでした!!』


「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」


 すると、大きな歓声が建てたばかりの村に響く。

山のようにあった魔獣の死骸は全て食べ尽くされ、厄介者の始末をした新しい仲間には、割れんばかりの拍手が贈られた。


「よくやったー!」「偉いぞ!」「感動したー!」「厄介者は頼んだ―!」「お前もこの村の一員だー!」


などと、次々と大食いの昆虫への賛辞が投げられる。


『あ、あ、ど、どうも…ありがとうございます?―――よろしくお願いします?』


 しどろもどろになりながらも、その言葉一つ一つにしっかりと返事をし、村のすべての人から、受け入れてもらうことができた。


(え?何この超展開?強くなるために魔獣全部食べたら、村人の好感度が一気に上がったんですけど…?えぇ…?まぁいいや…考えるのめんどくさい…眠い…)


 実際は、どこにも捨てられないゴミを処理してくれたので感謝されているのだが、そんなことは露も知らない、知ろうともしないヤマトは、寝床を探して村中を歩き回った。

 しかし、食べ過ぎで大きく育ったヤマトの身体が落ち着けるようなところは何処にもなく、さらに、村のどこに居ても村人が魔獣を食べたことに対する感謝を伝えて来るので、喧しく、とても寝れるような状態ではなかった。


 眠る気も失せて、フラフラと村を徘徊していると、帰り支度をしている騎士団に遭遇した。


「おぉ、ヤマト、聞いたぞ~あれだけいた魔獣を食べきったって?すごいじゃないか。心なしか、逞しくなったような気がするぞ。」


 現第7師団の団長ルーカス・ドルトスが声をかけてきた。

 苗字持ち…所謂貴族階級と言うヤツではあるが、役立たずの五男坊で仕方なく騎士団に入ったという経歴の為か、かなり気さくな人だ。

 元々、第7師団は平民、下級貴族出身者によって編成されているらしく、騎士団員一人一人がとても優しかったりする。


『心なしかと言うか、出会った時から明らかに大きくなってますよ?もう、家の中に入れないサイズですよ…』


「はははっ!禁じられた森で見た蜘蛛の方が大きかったぞ!まぁ、確かに村暮らしするにはちとでかすぎる気もするがな。」


『はぁ…で、ルーカスさんは帰るんですか?』


「あぁ。かなりの仕事をほっぽり出してきたからな。急いでランミョーンの街に帰らねばならん。」


『そうなんだ…頑張ってください。』


「あぁ、明日にした方がいいんじゃないのかな?もうすぐ日が暮れる。夜の行軍は危険だよ?」


「いや、どの口が仰いますか。装備なしの状態で一晩かけて森を往復した人が…」


「いや、でも、僕は一人だったけど、君たちは大勢いるし…」


「えぇい、大丈夫ですよ!そろそろ、置いてきた仕事が大変なことになりそうなので、戻らないといけないんです!」


「そうか…でも、気をつけてね。」


「ルーカスおじちゃんバイバイ!」


「はい、分かってますって…おぉ、ソフィちゃん。バイバイ!」


 ルーカス率いる騎士団は、手を振って、揚々と日暮れの森へと消えていく。

姿が見えなくなるまで見送った村人たちは、また再び、いつもの日常へと戻って行ったのだった。


 その前に一言、ソフィが放った、

「それよりヤマト…太ったね…頑張ってダイエットして!」

の一言で、無茶苦茶な苦行を強いられて、5センチにまで瘦せ(?)させられた。

村には、大量の脱皮殻が出たという…。

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