第18話
「わぁい!やったぁ!虫さんと一緒だぁ!」
夜通し行われた話し合い(八割ジジイの武勇伝)の結果をソフィに告げると、飛び上がって喜んだ。
結局、ゴキブリはソフィ一家に引き取られることとなった。最初、ガンズ爺さんが引き取ると主張したのだが、ソフィ母が断固として譲らなかったためだ。そして、週に2~3回あるという“教室”にも行けることになった。“教室”とは、その名の通り子供たちに常識と簡単な勉強を教えるところのようだ。
(教室って聞くと、学校が出てくるよなぁ…。でも、学校よりも頻度が少ないし、楽そうだな。)
「虫さんっ!よろしくねっ!これからは、家族だよっ!」
『あぁ、よろしく。』
「そういえば、虫さんは名前をまだ付けてなかったね!タマゴローとかどうかな?ずっと考えてたんだ!」
どうやら、ソフィにネーミングセンスは無いようだ。
〈絶対ヤダ…。と言うか、どこにタマゴロー要素あったんだよ!?〉
「うんうん、良すぎてなんにも言えないみたいだね!じゃあ――――」
『待ってぇ!?勝手に話進めないで!?』
危うく、タマゴローに成ってしまうのを阻止した。
『はぁ…まだ自己紹介してなかったな…。そういえば。俺は、真島大和ていうんだ。まぁ、前世の名前だけどな。だから、“ヤマト”って呼んでくれ。』
「んー…ヤマトね!わかった!いい名前だね!」
(なんか、RPGで名前設定するときと全く同じこと言われた気がする…。)
「あーるぴじー?それも名前なの?じゃあ、ヤマト・アールピジーだね!苗字まであるなんてすごい!」
『ぬあっ!?口に出てた!?ちょっ、ちょっとまって、それは違っ―――』
「ユキちゃーん!ピート~!虫さんね、ヤマト・アールピジーってお名前なんだってぇー!」
「そうなんだぁ。苗字があるなんて、お貴族様だったのかな?」
「アールピジー家なんて、聞いたことないけどなぁ…。異世界だからそんな家もあるのかな。」
〈だ、ダメだ…。ドンドン誤解が広まっていく…。あぁ、うん、もういいや。ボクしーらないっと。〉
こうして、ゴキブリ改め“ヤマト・アールピジー・マジマ”は、異世界での新しい人生…いや、虫生を歩み出したのだった。
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~side???~
男は苛立っていた。
自分に課せられた【最果てのスーザン村】にいる英雄とその子孫を根絶やしにするという使命を失敗したからだ。
暗い地下室のようなジメジメした場所で、男は舌打ちをしながら左の親指の爪を噛んでいる。爪は何度も噛まれているのか、親指以外の九指の爪もボロボロになり、深爪になってしまい指先は炎症を起こし真っ赤になっている。
「くそっ…“領域の主”まで使ったのに、だれ一人死んでないだと…!?ふざけるなっ!あの木偶を操る為にどれだけの時間と労力を割いたと思ってるんだ!あの役立たずのクソ蛇めっ!何者かに邪魔をされてから、強引に支配が解かれかかった…何者だ!?あの役立たずの視界を見ても、下らない虫ケラしか映ってない…。あぁぁぁ!もう同じ手は使えぬぞ!あの霊峰にいた生物は軒並み魔物化させてしまった…!クソ…クソっ、くそっ!またメデゥの奴に馬鹿にされる!『あのお方』の信頼も失うやもしれぬ!あぁぁ…どうすればいいのだ!」
苛立ちと恐怖とがない交ぜになった感情に任せて、座っている椅子の肘置きを何度も叩きつける。男が座っている椅子は豪奢な装飾が施されており、男が叩きつける肘置きだけは装飾が剥がれ、やや湿ったような木目が丸見えになっていた。
「くそっ…!次だ…もう一度狙わねば…!どうするどうするどうする…!?得意のモンスターもほとんどいない…だが、我が出るにはまだ早すぎる…!まだ十分に力が取り戻せていない…!くそっ、あのクソ蛇に力を使うぐらいなら、回復の方に回せばよかった!ぐぅぅぅ…10年前のあの傷が疼く…!あの頃の…全盛期の力を取り戻さねば…!」
その時、男のつけている腕輪の宝玉が淡く光を放ちだした。
「ぬっ!?まさか、伝令か!?マズい…不味いまずい…もし、失敗したことがバレたら…」
『――ぁーあー…聞こえているかね?マルボス』
「は、はいっ!聞こえています!」
『ふむ、それは良かった。…君を話すのも久しぶりだからね。君の“会話機”が壊れていないか心配だったのだよ。』
マルボスと呼ばれた男は、(壊れていたらどんなに幸運なことだっただろう、これならばもっと叩きつけておくんだった)と、後悔しながら、それでも声は平静に聞こえるように努めた。しかし、その声には隠し切れない震えが現れているのだった。
「そ、そうですな。肌身離さず大事に持っておりましたので、その心配はないかと…。そ、それで、どのようなご用件で?」
最後の声は、やや上ずっていた。それに対して帰って来た声は、やや困惑した様子であった。
『ふむ?私は、君から連絡が来たから受け取っただけなのだが…。君に課していた使命に関する報告だと思ったのでね。で、どうかね?状況は。』
おそらく、男がひじ掛けに腕を叩きつけた時の衝撃で起動してしまったのだろう。マルボスは数舜前の自分の行いを深く後悔した。
「あ、あぁ!そうでしたな!そうでした。応答を待っているうちに憎き傷が疼きだしましてな。少し記憶が飛んでいたようです。」
『そうか。大丈夫かね?して、使命のほうはどうかね?』
「はい!少し不測の事態が起こりましたが、次こそは成功させて見せます!」
『そう…か。いや、良いんだよ、誤魔化さなくても。失敗したのだろう?…あぁ、なぜ知っているかって?当然だ。村の動きは逐一確認していたからね。“領域の主”を使ったのは良い手だった。あそこの主は強大だからね。しかし、相手が悪かった。《剣鬼のルーウィン》と《魔の戯れヘレナ》の夫婦に当たるとは。それに、主の支配も崩れかかっていたようだしね。』
マルボスは戦々恐々とした。自分の動き、失態まで全て知られていたのだ。『あのお方』からの信頼は地の底へと堕ちてしまっただろう。
「も、申し訳ございません…!次こそは必ずやあの村を滅ぼして―――」
『あぁ、いや、もういいんだ、あの村は。気づいたかい?新たな“領域の主”が生まれた。蛇の子じゃない。全く別の生き物だ。そして、その出現に君の支配が乱されたのだよ。おそらく、転生者だろうね。あの矮小な存在がそうでなければ君の邪魔などできるはずもない。』
「そ、そうなのですか…!では…」
『あぁ、君には新しい使命を受けてもらおう。』
「あぁ!有難き幸せ!」
『では…我が忠実なる
そう言い終わるや否や、宝玉の光は失われ、元の物言わぬ装飾品に戻ってしまった。
最後の一言で少し苛立ちが増したが、それよりも失敗を許された安堵が勝っていた。
「あぁ…良かった…。何とか、助かった。―――にしても、転生者か…。この我に恥をかかせたことを、後悔させてやる…!必ずだ!そのためにも…まずは、力を回復せねばならん!2年しかないのだ!それに、全盛期も越えねばならん…!」
そう言うと、マルボスは玉座から立ち上がり、外へと向かう。
しかし、この暗くジメジメした場所には出口らしきものは無かった。だが、壁へ手を差し込み強引にこじ開ける。
「ふぅ…このような貧弱な状態で外の世界にいるのは、一体いつ振りか…。まぁ良い。まずは手始めに、この森の魔物どもを従えよう…。」
幹の太い木が
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