第17話
命からがら逃げだして、布団がいっぱいに敷かれた子供部屋へと戻ってくる。
『ただいま~』
「あっ!虫さん!どこ行ってたの!?心配したんだから!」
『いやぁ…フフッ…』
避難所に戻って来てソフィと合流すると、いきなり叱られた。
が、頬を膨らまして仁王立ちをしているその姿は、“怖い”よりも“可愛らしい”様子であり、少し吹き出してしまった。
「何笑ってるの!?もう、全く!心配したんだからぁ!」
『いやぁ、ごめんごめん。ちょっと散歩がしたくてな』
「もうっ!今はスタンピードの最中なんだよ!?危ないの!」
『分かってるって。スタンピードもソフィの両親が頑張ってたから、もう地上にはほとんど魔獣はいないだろうって。あとは魔獣の残骸の片づけじゃないかな?』
「分かってないっ!スタンピードはとっても怖いんだから…って、なんでお父さんとお母さんの様子を知ってるの!?もしかして、外に出てた!?」
『おう。ちょっと気になってな。』
「気になってな。じゃなぁぁい!!虫さんバカなの!?虫さんが出て言ったら、すぐに魔獣に食べられちゃうんだからね!?そもそも、村の人から勘違いされて退治されちゃうかもしれないんだよ!?」
『いやー、ホントに、魔獣よりも人の方が怖かったね。』
「なんで本当に追いかけられてるの!もぉぉぉぉ!」
この調子で、しばらくの間は起こったソフィに叱られながら外の状況を報告していた。最初は激怒していたソフィも、両親の活躍を話していくうちに目をキラキラと輝かせていった。
「うわぁぁ!お父さん凄いっ!そんなにおっきな蛇をやっつけちゃうなんて!」
『いやぁー、アレは凄かった。』
「でも、虫さんがそんな危険なところに突っ込んで行ったのは、絶対に許さないからね。」
『へいへい…』
「いや、俺はそれより長老が戦ってた方が気になるんだけど…。あと、ソフィはホントにお前のこと心配してたぞ?ちゃんと謝っておけよ。」
と、寝ているユキを膝枕しながらピートが話しかけてきた。
追いかけられているうちに陽が沈み、夜の暗闇に紛れて何とか逃げ戻ってこれたのだ。そこから、さらに時間が経過しているため、良い子はお休みの時間だろう。
『あ~…そうだな。悪かったな、心配かけて』
「まったく…!で、お父さんとお母さんは蛇をやっつけた後どうしたの!?」
『いや、何回目聞くんだよ…。魔獣たちをバッタバッタと薙ぎ倒してたっつったろ?ほら、もう消灯時間は過ぎてるんだろ?とっとと寝ろ。』
「いーやー!私はもう11歳なの!もうすぐ成人するんだから!」
「おい…二人とも、大きな声を出すんじゃねぇ。ユキが目を覚ましちまうだろうが。」
「えぇ、でも、一度寝たら地震が起きても起きないんじゃない?」
「『そんなのはお前だけだ』」
「えー!そんなことないよ!」
「んぅぅ…なぁに?どうしたの…?」
「ほら、言わんこっちゃない。起きちゃったじゃないか。」
「私のせいだっていうの!?」
「『それ以外の何がある』」
「もういいっ!寝るっ!」
「『そうしてくれ』」
「なんで虫さんとピートは、私をいじめる時だけ仲良しなのさー!?」
「いや、いじめるって、人聞き悪いな。それに、別に仲良しじゃないぞ。」
『そうそう。ただただ、思ったことを口に出してるだけだぞ。』
「同じく。」
やいやい言い合っていると、外から一人の女性がやってきて、ピートとソフィを子供部屋から摘まみだした。そして、しばらく説教をすると、別々の部屋に隔離して、寝るまで監視されることとなった。
で、ゴキブリはと言うと―――――外に出て散歩していた。
どうやら、夜行性らしく、眠ろうと思ってもあまり眠れなかったのだ。
(そもそも、まぶたがないからなぁ…。虫って、どうやって寝てるんだろ?あっ、そういえば、一回寝てたことがあったな。確かアレは…気絶みたいな感じでスッって寝ちまったんだったな。)
などと、どうでもいいことを考えながら、ソフィの両親を探す。
途中で人に見つからないように、篝火の陰に隠れながら、コソコソと進んで行く。ほとんどの家が破壊され、更地のようになった村は魔獣の死骸で溢れ、村人たちはその解体作業に夢中になっているため、気付かれることなくソフィ両親のところへたどり着くことができた。
二人は、村長と呼ばれている男とスタンピードのことについて話し合っているようだった。
(あー…他の人がいる状態で入っていくのはダメだよな…。でも、まだしばらく話終わりそうもないしなぁ…)
「やぁ。こんなところでどうしたんだい?ローチ君。」
『うわぁっ!?』
と、突然、後ろから声をかけられた。
『あっ、いやっ、僕は決して怪しいものでは無くてですね!えーっと、その、今はこんな姿ですが元は人間でっ…!』
しどろもどろになりながら、どうにか見逃してもらおうと必死に言い訳を並べていく。
その様子を見て、声の主は笑い声をあげた。どうやら、声の主は若い男のようだ。
「ははははっ―――あぁ、いや、すまない。あたふたして言い訳をするローチがあまりにも面白くてね。すこし、明るいところに行こうか。大丈夫、潰したりはしないさ。事情はルーウィンとヘレナから聞いたよ。大変だったねぇ。あと、うちのバカ息子が迷惑かけたねぇ。」
『えっと…?るーうぇん?へれな?それと、バカ息子って…?』
「あぁ、自己紹介がまだだったね。私の名前はケイン。みんなからはケーさんって呼ばれてるよ。ローウェンとヘレナは、ソフィの両親さ。で、バカ息子ってのは末のモーガンのことさ。」
そう紹介する男の顔が篝火に照らされる。ブロンドの髪を短く刈り込み、爽やかなオーラを放つかなりのイケメンだ。大蛇戦の後の家族会議に割って入ったのもこの男―――ケインだったのだろう。
『って、えっ!?モーガンの父親!?』
「ははっ。そんな驚くところかい?君の境遇の方が遥かに驚きに値すると思うけどね。」
(このイケメンからアレが生まれたとは…)
「まぁ、末っ子だから、すこ~しばかり甘やかしてたところもあるからねぇ…そろそろ、向こうが話終わるころかな。」
ソフィ両親が話し合っていた場所に戻ると、ソフィ両親、村長、以外に二人の影があった。
(げっ…あれは、昼間のバーサーカー爺さんじゃねぇか…。あとは…僧侶か?えっ?俺大丈夫だよな?)
バーサーカー爺さんの顔の半分はひげで覆われており、見た目は有名な某魔法学校の校長のようだ。しかし、その目は据わり、こちらの動きを一つも逃さぬように観察しているようであった。
「ふぅむ。それが、例のアレか。…禍々しさは感じられんのぅ。しかし、かなり挙動不審じゃなぁ。…あぁ、緊張しとるんか?」
「はぁ…もうすぐ死にそうなジジイに睨みつけられたら、誰だって挙動不審になるわ。」
そう言ってバーサーカー爺さんの頭を軽くどついたのは、村長と呼ばれていた男だった。丸顔で、手入れされた白いひげに、黒い太い眼鏡をかけている。
(あぁ…某チキンチェーン店の前にずっと立ってるオジサンみたい…)
「すまないね。私の名はカーネル。この村の村長だ。で、そのジジイがガンズ爺さんだ。」
「よろしくのぅ。」
「あぁ、私も自己紹介しようか。私はルイス。この村の守り神様をお祭りしている
そう言った男は、黒いゆったりとした服を着ており、優しげな雰囲気をしている。
(社の管理…ってことは、神主みたいなものか?)
「さて、それじゃあ、この子の処遇をどうするか決めようか。僕たち二人は保護したいと考えているよ。」
「そうじゃのぅ、仮にもモンスターじゃし儂は処理した方がいと思うがのぅ…。」
「そうだな~、僕はこのバカップル夫婦と同じで、保護でいいと思うよ。話してみたところだと、かなりいい子みたいだし。」
「あぁ、でもモンスターだ。他の若い衆がどんな顔をするか…」
「わたしは問題ないと思うよ。守り神様も一応はモンスターだったしね。」
本虫は蚊帳の外で、どんどんと話し合いが進んで行く。別に、話し合いが難航しているわけでは無く、やや話が脱線しているだけだ。具体的には、爺が武勇伝を急に話し出す。
「それでじゃ、儂がそのオオコウモリを――――」
「「「「「はいはい」」」」」
他の5人はすでに聞き飽きているらしく、適当に相づちを打っているだけだ。
「―――儂がドラゴンを倒した時には…」
『ドラゴンを倒したの!?』
「ん?おぉ、そうじゃ。聞きたいかのぅ?」
『いや、聞きたいでしょ!ドラゴンは永遠の憧れですよ!』
「ほっほっほ、そうじゃろそうじゃろ。では―――――――」
そこから夜が明けるまでジジイの武勇伝は続き、ドラゴンの下りだけではなく、他の武勇伝まで語り出していた。
が、初めて聞くゴキブリは飽きることなく聞いていく。他の5人は座ったまま眠っていた。
「―――そこで、儂が剣を振ると…っと、いかん。もう夜が明けてしもぅた。って、おーい!寝とる場合じゃないぞい!」
そう言い、ガンズ爺さんが5人の頭を叩いていく。
「んぁ…なんだ?もう朝か…。」
「ふぁぁぁ…もう終わった?ガンズ爺さんの話は、眠らせの魔法よりよっぽど効果があるわ…ふゎぁ…」
「んあぁぁ…君も疲れただろう。ガンズ爺さんの長話は有名だからね。最初の1時間はみんな楽しいけど、そこから後は眠くなっていく魔法のお話さぁ…。」
「ふゎぁ…何度も聞いてるからね…」
「んぁ~…変な体勢で寝とったから、体中が痛いわい…」
「で、この子の処遇はどうするんじゃ?」
「保護」 「同じく~」 「右に同じだね」 「私もだね」 「ジジイに任せるわ…」
「フム…じゃあ、満場一致で保護でよいな。」
「異議なし」 「いいよ~…」 「さっきまでモンスターがーって言ってたのに」「まぁまぁ。」 「話を聞いてもらったんで、嬉しかったんだろ。」
「じゃあ、どこに住まわすかじゃが―――――
そこから、あれよあれよとガンズ爺さんが仕切り、この村に一匹の虫が住むことになった。
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