9 青騎士の誓約(2)
フィオーレは上機嫌な様子でテオリアの背に覆いかぶさる。
「むかしもよくこうしてもらいましたね」
「おまえがどこでも構わず寝るからだ。立つぞ」
三人で揃って森をあとにする。
「そういえばフィオーレはそのあとよく熱を出していたな」
「そうでしたか?」
そうだよ、というわたしとテオリアの声が重なる。
テオリアは小さく首を振りながらため息をついた。
「おまえはいつもそうだ。余計なことはべらべらと喋るくせに、重要なことはなにも話そうとしない。だから突然熱を出したように見える。でもおまえはその前から体の不調を感じていたはずなんだ。……今回のことだってそうだ。ろくに説明もせず雲隠れしてくれたおかげで、ルーチェを連れてくるのにどれだけ苦労したことか」
「あら、それについてはちゃんとお話ししたはずです」
口もとに指を添えてフィオーレは首をかしげる。
「メテオラにお願いすればねえさまを連れてきてくれます、と」
「それのどこがちゃんとだ」
テオリアは頭を後ろへそらして、フィオーレの鼻先に後頭部をぶつけた。
「いたっ。にいさまの頭はほぼ岩ですね」
「そもそもおれはルーチェが生きていることも、メテオラという男のことも、まったく知らなかったんだ。それなのに突然そんなことを言われて、どうやって理解しろというんだ」
「でもこうやってねえさまを連れてきてくれたのですから、やっぱりにいさまはとても優秀なかたです」
そう言ってからフィオーレはテオリアの後頭部を警戒して頭の位置をそらす。テオリアは呆れてしまって、叱る元気もないようだった。
「さいわい同名がいなくて助かったが、スティヴァーリの男に接触するのはほんとうに骨が折れた。しかもいざ話してみたらあの男はルーチェのことなどまったく知らないと言う。聞いていた話と違うじゃないか。フィオーレがいないからかメルクーリオは暇を持て余しておれに散々絡んでくるし、あのときはもう完全に終わったと思った」
フィオーレ不在によるテオリアの苦労が言葉の端々どころではなく、言葉のあらゆるところからあふれ出ていた。さすがにすこし不憫に思う。
「メテオラにはテオリアがすべて指示したのだと思っていた」
「まさか。無理だ。詳しい話は聞いていないが、あの男が自力で探し出したようだな」
だとしたらメテオラの実家にはほんとうに地図があったということか。しかしそんなことがあるだろうか。フィオーレの手もとにあの岩穴の地図があるならまだしも、なぜメテオラの実家に……?
「それにしてもあの男、ハイブリッドのくせに地上で平然としていられるなんてな。普通なら呪いの影響でまともではいられないぞ。あんな逸材をいったいどこで見つけてきた」
「見つけるもなにも、メテオラはわたしの
「ひ?」
いま、なんて?
ひ、まご……?
「はあっ?」
わたしは思わず調子外れな声をあげた。
「こう見えてわたし、ひいおばあちゃんなんですよ」
フィオーレは可憐な笑みをわたしに向けて、手を振る。龍王の血を飲んだフィオーレが事実上不老なのは理解しているが……、しかしだからといってすんなり受け入れられるものではない。
わたしが言葉を失い呆然としている一方で、テオリアは歩みをとめて、まるで化け物でも見るような目をして背中のフィオーレを振り返っていた。
「おまえ……、子どもは死産だったと」
フィオーレはにこにことしたまま、口をひらこうとしない。
「なぜ嘘をついた」
「わたしにとっては死んだも同然でした。一緒にいられた時間はほんの数時間でしたから」
「呪いはどうした。あの力を使ったのか。もう二度と使うなと言ったのに……、ああ、まあ自分の子にならそうして当然か。しかし子を逃がしたかったのなら、なぜおれを頼らなかった」
「テオリア、きっとフィオーレにも考えが」
「だまれ! おれはフィオーレからおまえを奪い、和議のために結婚を進めた挙げ句、子どもまで奪ってしまったと……」
テオリアは言葉を詰まらせたが、きつく唇を噛んで、涙を見せることはなかった。
フィオーレがテオリアの首に抱きつく。
「ごめんなさい、にいさま」
「おれはそんなに信用がないのか。結局ルーチェじゃないとだめなのか」
「それは違います。信用していないひとにルーチェねえさまのことをお願いしたりしません。ただ、あのころのにいさまはほんとうにお忙しそうだったし、にいさまにまで嘘をつかせたくなかった」
「嘘くらい、いくらでも――」
「わたしが嫌だったのです!」
めずらしく強い語調でフィオーレはテオリアを黙らせる。けれどその眼差しに語調とおなじような強さは欠片もない。
「……メルくんにとって聖女フィオーレは龍王という枷を解放してくれる安らぎであると同時に、みずからの力を無効化しうる脅威でもあります。メルくんはきっと、わたしのほかに奇跡の力が存在することを許さない。はたして子どもに遺伝するものかどうかわからなかったけれど、その可能性があるならメルくんはたとえ自分の子でも食べてしまうんじゃないかと……。だから実家が医者だという侍女に預け、彼女の子として育ててもらうことにしました」
うなだれるテオリアの頭を撫でながら、フィオーレはテオリアの首筋に頬を寄せた。
そこには百年という長い歳月、手を携えて乗り越えてきたふたりだけの、余人を寄せつけない強い絆があった。
わずかな寂しさは否定できない。だがそれより、フィオーレにテオリアが、テオリアにフィオーレがいてくれてほんとうによかったと心から思う。
「安心してください。力を使ったのはそのときともう一度、孫が生まれたときの二度だけですから」
「メテオラには使わなかったんだな」
「はい。あの子の母親が、事情を知ってとめてくれたんです。自分たちでなんとかするからと」
フィオーレは目を細めた。テオリアは肩越しに振り返りながら、かすかに笑みを浮かべる。
「そうか……。それはなによりだ」
すっかり疲れきった様子でテオリアは背中のフィオーレを軽く背負いなおした。
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