《 第7話 痴話喧嘩が止まらない 》
入学式を終えて初となる登校日。
早起きした俺を、母さんが意外そうな顔で見る。
「あら、航平が佐奈ちゃんより先に起きてくるなんて珍しいわね」
「いいだろべつに。高校からは早起きするって決めてたんだよ」
「とか言って、ほんとは鯉川ちゃんと登校する約束してるんじゃないの?」
「そんなんじゃないからっ!」
むしろ逆だ。
あいつと関わらないために早起きしたんだ。
俺も柚花も毎日遅刻ぎりぎりだったからな。
あとから聞いた話だと、炊事・洗濯・掃除に手間取り、すべてを終える頃には遅刻ぎりぎりの時間になっていたのだとか。
つまりは早めに登校すれば下駄箱で柚花と鉢合わせずに済むわけだ。
こないだ盛り上がったせいで柚花とゲームする夢を見てしまったが、なるべく顔を合わせないようにしていれば、いずれ夢に登場しなくなるはずだ。
飯を食っていると、佐奈が目を擦りながらやってきた。
「おはよ~……」
「おはよ」
「……兄ちゃんの幻覚が見える」
「実体だ」
「兄ちゃんが早起きなんて珍しいね。鯉川さんと待ち合わせしてるの?」
「だから違うって……」
とはいえ、登校が遅れれば下駄箱で待ち合わせしてたみたいになってしまう。
ぱぱっと飯を食べて身支度を調えると、予定より早く家を出た。
青空の下、人通りの少ない通学路を進み、学校へ。
教室のカギを開けるのは一番乗りした生徒の務め。当然一番乗りだろうと職員室へ寄ってみたが、1年1組のカギはなかった。
こんな早くから来てるのか。感心な生徒だな。
などと思いつつ教室に入ると――
「……げ」
「……は?」
教室には、ひとりの女生徒がいた。
柚花だった。
ひとまず席にカバンを置くと、チッと舌打ちが響く。
「あんたの夢を見たせいであんたの幻覚が見えるわ」
「残念だったな。実体だ」
「なんで早起きしてんのよ。いつも遅刻してたくせに」
「遅刻じゃない。遅刻ぎりぎりだ。お前こそ今日は家事せずに来たのか?」
「ちゃんとしたわよ。昔は手間取ってたけど、誰かさんがあたしひとりに家事を押しつけたから慣れちゃったのよ」
「お前ひとりに押しつけてないだろ。ゴミ出しは毎回俺がしてたし」
「『力仕事は俺に任せろ』ってあんたが言い出したんでしょ。ゴミを出したくらいで得意がらないでよ」
「けどお前、『ご褒美あげるね』って毎回キスしてきただろ」
「あ、あのときはどうかしてたのよっ! だいたい、ゴミ出し行く前に『キスの準備しといて』って言うほうが悪いんでしょ!」
「べ、べつにしたくなきゃキスしなけりゃいいだけだろっ! 自分の意思でキスしたのに俺に文句言うなよ!」
「キスしないとすねちゃうじゃない!」
「すねてない!」
「すねたわよ!」
「すねてない! ゴミ出ししてキスされなかったことがないからな! すねる理由がないんだよ!」
「キスしなかったこともあるわよ!」
「いつだよ!」
「あたしが風邪引いてたときよ!」
「風邪引いてるならゴミ出しして当然だし、風邪で弱ってるお前にご褒美ちょうだいとか言えるわけないだろ! つまりノーカンだ! ていうかゴミ出しだけじゃなくて掃除もしてただろ」
「掃除って、休日だけじゃない」
「お前が『航平のほうが出社時間早いから掃除はあたしに任せて』って言ってくれたからだろ。俺が休日しっかり掃除したから清潔さが保たれてたんだぞ」
「それはあんたが『掃除は俺が休日がっつりするからてきとーに掃除機かけるだけでいいぞ』って言ってくれたからよ!」
「いくらなんでもてきとー過ぎるだろ! コロコロしたら粘着テープにめっちゃ髪の毛ついてたことあったぞ!」
「あんたの抜け毛でしょうが!」
「全部が全部俺の髪じゃないだろ!」
「9割あんたよ! 『最近抜け毛が増えてきた』って育毛剤使ってたじゃない!」
「いいだろべつに! だいたい抜け毛が増えたのはストレスのせい――つまりお前のせいなんだからな!」
「そんなにあたしといるのがストレスなら関わらないでよ!」
「お前から話しかけてきたんだろ!」
「あんたが遅刻しないのが悪いんでしょ!」
「お前が遅刻しろよ!」
「嫌よ。遅刻したらヤンキーだと思われちゃうじゃない」
「だったら見た目をなんとかしろよ。コンタクト入れたら目つきの悪さもマシになるだろ」
「目に入れるとかぜったいに嫌よ。怖いじゃない」
「そんなに怖くないだろ。てか前に実演して痛くないって証明してやっただろ。あのときの俺、痛そうに見えたか?」
「全然。でも見るのとやるのとは話がべつよ」
「だったらメガネかけろよ。ついでに黒髪に戻したらどうだ?」
「いきなりキャラ変えたら高校デビューに失敗したみたいで恥ずかしいじゃない」
「どのみちこの路線だと失敗するだろ。ちょっとは反省を活かせよ」
「反省したから早めに登校したのよ。まじめ路線を貫けば誰かが話しかけてくれると思って……」
「自分から話しかけろよ」
「無理よ。恥ずかしいじゃない」
「こないだまで大企業の受付嬢やってたのになんで恥ずかしがるんだよ」
「仕事とプライベートは分けて考えるタイプなのよ。大学であんたに話しかけたときだって、すっごく緊張したんだから」
「知ってるよ。カタコトだったし」
「あんただってキョドってたじゃない」
「いきなりカタコトの女子に話しかけられたらキョドるに決まってんだろ」
「非モテだったものね」
「非モテ言うな。てか俺、前回の俺とはひと味違うから。オシャレを学んだから」
「なに得意ぶってるのよ。誰がオシャレを教えてあげたと思ってるわけ? あたしがいなかったら大学でも中学時代と同じ格好するはめになってたわよ」
「中学時代の俺を知らないだろ」
「知ってるわよ。あんたのお母さんに写真見せてもらったもの」
「見せるなってあれほど言っておいたのに……!」
「あの指ぬきグローブどこで買ったの?」
「訊くな!」
「なによ。怒鳴らなくてもいいじゃない!」
「お前が俺を辱めるからだろ!」
「あんただってあたしの中学時代の写真見てニヤニヤしてたじゃない!」
「あ、あれは可愛いと思ったからでバカにしたわけじゃねえよ!」
「だ、だったらそのとき言いなさいよ! なんでいまになって言うわけ!?」
「昔の格好を褒めたらすねられると思ったからだ。実際、俺がアニメの黒髪キャラを推したら『こういうのが好きなの?』ってすねてただろ」
「あ、あのときは仕方ないでしょ! あんたのことが好きだったんだから! いまは違うわ! 黒髪キャラでもメガネキャラでも好きになればいいじゃない!」
「いまさら言ってももう遅い! お前のせいで茶髪で目つき悪いキャラが一番好きになったんだから!」
「あたしに責任押しつけないでよ!」
「お前が茶髪で目つき悪いのが悪いんだろ! ……あとさっきお前『黒髪キャラとかメガネキャラ』って言ったよな?」
「言ったわよ」
「なんで二次元限定なんだよ!」
「あんたに三次元の恋愛ができるとは思ってないからよ!」
「できるできない以前に恋愛をする気がねえよ! ま、葉隠さんとは仲良くなるかもしれないがな」
「葉隠さんって、あの物静かな?」
「そうだよ。俺、1年のとき葉隠さんと図書委員してたんだよ。葉隠さん隠れオタクだから、仲良くなれると思うんだ」
「女子高生に手を出すの? 事案ね」
「い、いまは同い年なんだから問題ないだろっ!」
「中身はおじさんじゃない」
「27はおじさんじゃないだろ! だいたい、それを言うならお前だって女子高生のコスプレしてるおばさんだろ」
「気にしてるんだから言わないでっ! あんたに言われなくたって、制服が似合ってないことくらいわかってるわよ……」
「べつに似合ってないとは言ってないだろ! ていうか恥ずかしいならスカート丈をどうにかしろよ! 誰かに下着見られたらどうすんだよ!」
「この外見でロングスカートだとスケバンみたいじゃない。あんたこそ制服どうにかしなさいよ。上も下もぶかぶかじゃない。なんでそんな大きいの買ったわけ?」
「身長伸びると思ってたんだよ」
「残念ね。あんたは永遠に170㎝にたどりつけないわ」
「見てろよ。毎日牛乳飲んで169㎝を脱してやるからな!」
「せいぜい頑張りなさい。それと図書委員はやめてちょうだい。あたしも図書委員になろうと思ってたんだから」
「な、なんで図書委員になるんだよ! 1年のときと同じ委員になれよ!」
「もう体育委員は嫌よ。誰もなり手がいないからって、体育委員のあたしが体育祭で応援団を務めることになったんだもの。大声出すの恥ずかしかったんだから……」
「だとしても図書委員を譲るつもりはないからな! 俺と関わりたくないならほかの委員に立候補しろ!」
「あんたこそ、あたしと関わりたくないなら――」
がらがら、と。
教室にクラスメイトが来て、俺たちはぴたりと会話をやめた。
三つ編みと黒縁メガネが特徴的な葉隠さんだ。俺たちの声は廊下にまで届いていたようで、静まりかえった教室に来た葉隠さんは『あ、あれ? さっきの幻聴……?』みたいな顔で席につき、『まさか私にしか聞こえない幽霊の声……?』みたいな目で壁や天井を見まわし、落ち着かない様子で読書を始めた。
柚花とは一切会話のないままホームルームを迎え、1時間目は委員決め。
柚花に譲るつもりはないようで、図書委員に立候補。葉隠さんは美化委員になり、俺と柚花が図書委員になったのだった。
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