《 第6話 お互いにタイムスリップを把握した 》
佐奈と母さんに現場を押さえられたあと。
俺たちはダイニングへ移動した。いまは紅茶を飲みながら、仲良く談笑する3人を気まずく眺めているところだ。
母と妹が元嫁と話す光景は、とても心臓に悪い。なのに柚花は居心地が良さそうにしている。
前の世界線でも出会ってすぐに打ち解けたし、自分の家族より仲良くしてたくらいだもんな。
逆に俺は柚花の親と仲が悪かった。向こうの親もうちの親みたいな性格だったら、夫婦生活も長続きしただろう。
「鯉川ちゃん、紅茶おかわりいる?」
「ありがとうございます。いただきます」
「ねえねえ! 鯉川さんは兄ちゃんとどこで知り合ったの?」
「学校に決まってるだろ」
「どっちから話しかけたの?」
「あたしからだよ。書店で出会って、そのあと公園で傘を貸してもらったの」
「兄ちゃんやるぅ! ナンパするとか度胸あるじゃん!」
「ナンパじゃない。純然たる親切心だ」
「しかもいきなりベッドに寝かせるって! 高校入学初日にこれって! 兄ちゃんがいきなり青春送り始めて、妹としては嬉しいやら寂しいやらだよ!」
そう語る佐奈は、寂しさを感じさせないニヤニヤとした表情だった。中2の佐奈は恋バナに飢えてるからな。突然降って湧いた身内の恋バナに大興奮だ。
「だけどせっかく女子が一緒にいるのに帰ってやることがゲームって。もっとロマンチックなことしなよ」
「いいだろべつに。鯉川さんだってゲームに興味持ってたし」
「そうなの?」
「うん。あたしゲーム好きだから。黒瀬くんとゲームするの楽しかったよ」
「相性抜群じゃん!」
「相性抜群だと決めつけるのは早いだろ。今日出会ったばかりだぞ」
かつては俺も相性抜群だと思っていたが、だったら離婚とかしない。
「鯉川さんは兄ちゃんのことどう思ってる? ちょっとは気があるんだよね?」
「おい、返事に困る質問するなよ。鯉川さんも嫌がってるだろ。妹にはあとできつく言っとくから、これ以上変な質問される前に帰ったほうがいいぞ」
「ううん。あたし、見た目がちょっと怖いから、佐奈ちゃんみたいにぐいぐい絡んでくれたほうがありがたいわ」
「聞いた兄ちゃん? あたしみたいな娘が好きだって! 嬉しいなぁ。兄ちゃんにはもったいないくらい良い娘だね!」
「ひねくれてるけど根は良い子だから、これからも航平と仲良くしてあげてね?」
「はい。黒瀬くんさえよければですけど……」
「いいに決まってるじゃん!」
おいおい、勝手に話を進めるなよ。
こいつと仲良くする気とかないから。
そう言いたいが、口にはできない。言えば理由を問い詰められるから。間違ってもタイムスリップの話をするわけにはいかない。
「あっ、そうそう。ところで鯉川さんって下の名前はなんていうの?」
「柚花だよ」
「……柚花?」
「変かな?」
「ううん。すごく可愛いよ。ただ『柚花』ってどこかで聞いた気がして……そうだ! 兄ちゃんの嫁だ!」
なんで知ってんの!?
まさかお前も人生二周目なのか!? 俺と柚花が離婚した世界線から来たのか!?
俺がなんとかポーカーフェイスを貫くとなりで、柚花が目をパチクリさせる。
「え、ええっと……嫁ってどういう意味かな?」
「まじめに受け取らなくていいって! ふざけてるだけだから!」
「ふざけてないよ。兄ちゃん今朝言ってたじゃん。柚花は無事なのかとか、嫁だとか元嫁だとか。今日出会ったとか言ってたけど、ほんとは合格発表のときに知り合ってたんだね!」
「一緒に合格発表を見に行ったのに、まったく気づかなかったわっ!」
「どうりでなかなか起きないわけだよ。幸せな夢を見てたんだねぇ」
佐奈と母さんはほほ笑ましそうにしているが、柚花はかなり気まずそう。ひくひく頬を痙攣させ、チラチラと俺を見ている。
これはマズい。非常にマズい!
このままだと本格的にタイムスリップがバレちまう!
「寝ぼけてたんだよ! それより腹減った! 俺、昼飯まだなんだよ!」
「鯉川ちゃんは食べた?」
「いえ、まだですけど……」
「だったらお寿司頼もうよお寿司!」
「そうね。記念日だもの、お祝いしましょ!」
「あ、いえ、あたしはそろそろ帰ろうかと……」
「いいのよ遠慮しなくて!」
「自分の家だと思っていいんだよ!」
ふたりに引き止められ、柚花は頬を引きつらせて笑うことしかできない。
ここから離れたがっている様子だが、大好きな佐奈と母さんの好意を無下にはできないようだ。
「そういや鯉川さん、用事があるとか言ってなかったか?」
「そ、そうそう。用事があるんだったわ!」
「そっかー。もうちょっと話したかったのに残念。鯉川さんの家って近いの?」
「近所のマンションだけど……」
「だったら兄ちゃんが送ってあげなよ!」
「な、なんで俺が……。鯉川さんはひとりで帰りたがってるだろ」
「ううん。あたしは送ってもらえるならそうしてほしいな」
なぜか乗り気になる柚花に、母さんたちがニヤニヤと目を細める。
帰りは遅くなってもいいからね、とよけいな一言を放ち、俺たちは見送られた。
小雨が降るなかそれぞれ傘を持ち、無言で歩く。
気まずい沈黙に耐えかねたのか、先に口を開いたのは柚花だった。
「ね、ねえ黒瀬くん?」
俺を『黒瀬くん』と呼ぶってことは、まだ確証が持ててないってことだよな?
だったら誤魔化してみせる!
「な、なんだ?」
「その……さっき佐奈ちゃんが言ってた話、本当なの?」
「あ、ああ、それな。昨日は徹夜でギャルゲしてさ。たまたま柚花ってキャラを攻略してたんだ。で、たまたま結婚する夢を見たってわけ。だから鯉川さんとはまったく関係ないんだよ」
「……ラブマイナス」
柚花が、ぼそっと言った。
「ラブマイナス……?」
「この春に発売された恋愛シミュレーションゲームよ」
「それは知ってるが、なんで急にラブマイナスの話を? あ、もしかして鯉川さんもラブマイナスに興味あるのか?」
「興味はないわ。ただ、どんなゲームかは知ってるの。昔あるひとに教えてもらったから。先輩、同級生、後輩の誰かと仲良くなって、告白して、デートを楽しむ、付き合ってからがメインのゲームだって」
「よく知ってるな」
「ええ。よく知ってるわ。その3人のなかに柚花なんてキャラがいないこともね」
「そりゃ柚花ってキャラは登場しないが、昨日やったのは違うゲームだぞ」
「恋愛ゲームはラブマイナスくらいしかやったことがないって言ってたわよね?」
「誰が?」
「あんたがよ!」
「い、いきなり叫ぶなよ。ていうか……え? 急にどうしたんだ鯉川さん? ひとが変わったみたいだぞ」
「白々しいわね! あんたもしたんでしょ!? タイムスリップ!」
俺の傘に入り、逃げられないように腕を掴み、柚花が怒鳴ってくる。
……完全にバレてるな。
だったら素直に打ち明けたほうがマシか。そうすりゃ二度と関わらずに済むし。
「だったらどうした」
開き直って認めると、柚花が睨みつけてくる。
わなわなと震え、羞恥に顔を赤らめる。
「なんで黙ってたのよ! どうせ必死に女子高生として振る舞うあたしを見て、内心嘲笑ってたんでしょ!」
「そんな意地の悪いことするかっ! 俺だってタイムスリップに困惑してたんだ! お前の制服姿を観察する余裕とかねえよ! おまけに元嫁が絡んでくるし! 俺とは関わらないんじゃなかったのかよ!」
「あんただって絡んできたじゃない! どうしてすぐに打ち明けなかったわけ!?」
「タイミングをうかがってたんだよ! こっちはこっちで今日1日ずっと心労が半端なかったんだぞ。お前がいきなり黒瀬柚花とか言うからバレないように振る舞うのが大変だったんだぞ!」
「やっぱり自己紹介聞いてたんじゃない! なにが寝不足だったよ! ちょっと心配しちゃったじゃない!」
「寝不足はマジだよ! 毎日遅くまで仕事してるからな! お前はいいよな、夕方に帰れて!」
「またその話!? あんたがまともな会社に就職しないのが悪いんじゃない!」
「次こそまともな会社に就職してやるよ! そして独身ライフを満喫してやる!」
「あたしだって二度と結婚とかしないわよ! 特にあんたとは!」
「当たり前だ! 書店で見かけても二度と話しかけてくるなよな!」
「あんたこそ公園で見かけても二度と話しかけないで!」
「公園に雷が落ちるって知ってなきゃ話しかけてねえよ!」
「あ、あたしを助けたって言うわけ?」
「そうだよ! ちょっとは感謝しろ!」
「あたしのこと嫌いなくせに、なんで助けたりするのよ?」
「お前を心配したわけじゃねえよ。近所で死人が出たら目覚めが悪いだろ。なかなか公園から出ないから危うく俺まで一緒に死ぬところだったぞ」
「だったらなんで車から助けたのよ! あんたが突っこんでこなかったら、死ぬのはあたしひとりで済んだのに!」
「べ、べつに助けたわけじゃ……たまたま進行方向にお前がいただけだ!」
「ネカフェに泊まるって言ってたじゃない!」
「気が変わったんだよ! てか助けられた自覚があるなら感謝しろよ!」
「正確に言うと助かってないわよ! 車にはねられたからタイムスリップしたんじゃない!」
「車にはねられたのが原因って決まったわけじゃないだろ!」
「こういう超常現象はトラックなり車なりにはねられるのがお約束じゃない!」
「現実と妄想を一緒にするな!」
「だったらなんでタイムスリップしてるのよ!」
「俺が知るか! そもそもタイムスリップじゃなくてただの夢かもしれないだろ!」
「勝手にあたしの夢に入ってこないで!」
「俺の台詞だ! 俺の人生に関わるんじゃねえ! 俺はこの世界でお前と関わらずに生きるって決めたんだ!」
「あんたこそあたしの人生に関わらないで!」
「当たり前だ! これが最後の会話だぞ。二度と関わらないって約束しろ!」
「あんたが約束するならね!」
「決まりだな! 友達がいないからって泣きつくなよ!」
「そっちこそモテないからって慣れ慣れしくしないでよ!」
バチバチと火花を散らし、顔を背け、俺たちは二度と関わらないと約束した。
……はずだった。
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