《 第5話 悔しいけど楽しかった 》
元嫁を部屋に招くのは気まずいが、家族に見られるほうがもっと気まずくなりそうなので、俺は柚花を部屋に入れた。
すると柚花は気まずそうな顔をする。
男の部屋を訪れて恥ずかしがっている――わけじゃない。
視線の先には、フィギュアが飾られていた。
「これ……」
「あ、ああ、それな。俺が人生ではじめて手に入れたフィギュアだ」
ゲーセンで見かけ、軽い気持ちで手を出したら1000円札が次々と飛んでいき、引くに引けずに5000円近く費やしてしまった。
手に入れたときの達成半は半端なかったし、壊れたときの喪失感も半端なかった。
大事に扱ってたのに夫婦喧嘩で柚花が投げ、壁にぶつかって壊れたのだ。
あのときは本気で怒った。
フィギュアを見ていると嫌な思い出が蘇ってしまう。
「ゲームしないか?」
「いいの?」
「なにもしないのは退屈だしな」
ゲームすれば気が紛れ、不審な行動を取らずに済む。
コントローラーを渡し、ソフトを選ぶ。
「対戦ゲーと協力ゲー、どっちがいい?」
「協力がいい。黒瀬くんは?」
「俺も協力かな」
柚花と協力できるイメージが湧かないが、対戦すれば喧嘩になりかねないし。
そんなわけで無双ゲームを選び、さっそくプレイ開始。
ムービーが流れると、柚花が明るくはしゃいだ。
「うわっ、懐かし!」
「言うほど懐かしいか? 春休みに発売されたばかりだったと思うけど……」
「そ、そうだったね。違うゲームと勘違いしてた! てことはキャラは育ってないんだね?」
「好きなキャラだけはステータスマックスにしてるぞ」
「んっと……うわ、ほんとだ。見事に女キャラばかりだね」
「い、いいだろべつに。女キャラのほうが動かしてて楽しいんだから」
「男キャラのほうがカッコイイ技多くない?」
「女キャラのほうが声優豪華だろ」
「お気に入りは?」
「このキャラ」
「アイドル声優だね。好きになりすぎないほうがいいよ。結婚したらショックで数日寝込みそうだし」
「ま、まあ結婚したらショックで寝込みそうではあるが……」
実際、寝込んだが。
柚花に介抱され、理由を告げるとあきれられたが。
とにかく、結婚というワードは出さないでほしい。いますごく敏感だから。
「難易度はどうする?」
「そんなの難しい一択でしょ。武将ふたり倒したら合流ね」
「おっけ」
俺たちは武将を操り、敵軍を斬り伏せていく。
最高難易度なので敵が堅いが、昔やりこんだゲームだ。一騎当千の力で敵軍を圧倒していき、柚花と合流すると助けたり助けられたりしつつ戦局を変えていく。
グラは粗いが、ふたりプレイだと楽しめるな。
こうしていると楽しかった夫婦生活を思い出す。
夫婦関係が冷え切ってすっかりソシャゲに慣れていたが、仲良かった頃は毎日遅くまでこうしてゲームしてたっけ。
なのにクソ社長がやらかしたせいで会社は倒産。ゲームする余裕がなくなり、夫婦関係は冷え切っていった。
柚花と復縁するつもりは欠片もないが、この世界線では違う会社に就職してやる。
「やった! クリア!」
「楽勝だったな」
「こっちは武将5人倒したわ。そっちは?」
「こっちもだ」
「だったら、あたしの勝ちね」
「は? なんでそうなる?」
「あたしのキャラは育ちきってないもの」
「そのキャラは元々ステータスが高いんだ。いまのステータスでも俺のキャラと同じくらいの力はあるだろ」
などと言い合う俺たちだが、これは喧嘩じゃない。
この程度の言い合いは日常茶飯事で、ゲームが盛り上がった証拠。夫婦関係が冷え切っていたときは、無言で舌打ちするだけだった。
「次は鯉川さんより倒してやるよ」
「全員あたしが倒してやるわ」
汗ばんだ手でコントローラーを握りしめ、次のステージへと進む――
「兄ちゃん兄ちゃん!」
うぉっ!
佐奈が帰ってきやがった!
どすどすと階段を駆け上がり、まっすぐここに向かっている!
「鯉川さん、隠れて!」
「えっ? な、なんで?」
「妹に見つかるといろいろと面倒なんだよ!」
冴えない兄が入学早々女子を連れこんだとなれば鬱陶しく絡んでくるに違いない。
しかも柚花と佐奈は相性抜群だ。俺の断りなしに家へ招くようになり、家族公認の仲になり、恋愛コースに乗るかもしれない。
ただでさえ想定以上に関わりを持ってしまったんだ。これ以上の進展は避けたい。
「大変大変! 大変だよ兄ちゃん!」
佐奈が部屋に来たのと柚花がベッドに隠れたのは、ほとんど同時だった。
「な、なんだよ? ノックくらいしろよな」
「したよ、心のなかで」
「ノックしたうちに入らないだろ……。で、なにが大変なんだよ」
「これ見てよこれ!」
佐奈がケータイを見せてくる。
モニターには休憩所の崩れた屋根が映っていた。
「公園の休憩所に雷が直撃したの! みっちゃんからメールが送られてきたの!」
「そっか」
「リアクション薄いよ兄ちゃん!」
「ゲームで疲れてんだよ」
「そうなんだ。公園見に行こ!」
「疲れてるって言っただろ……。雨が上がったら見に行くから出てってくれ」
「りょーかい!」
パワフルな声を響かせ、佐奈が出ていく。
柚花がベッドから顔を出して、
「元気な妹ちゃんね」
「おかげで毎日疲れるよ」
「そう? 元気をもらえそうだけど」
ぐいぐい系の佐奈は、ひとに距離を取られがちな柚花にとってはありがたい存在だ。
佐奈は聞き上手でもあるようで、柚花からよく俺の愚痴を聞かされていたらしい。佐奈が愚痴を聞かなければ柚花のストレスが解消されることはなく、離婚が早まっていただろう。
ともあれ、顔を合わせずに済んで一安心。もし出会っていればこの場で仲良くなりかねない。
「で、あたしはどうすればいいの?」
「いつも部活から帰ってきたらシャワーを浴びてたから、その隙に帰ってくれ」
いきなりドアが開いた。
「そうだ兄ちゃん! 玄関に見慣れないクツがあったんだけど――うひゃあっ!? 兄ちゃんが女子連れこんでる! えっちだ!」
「えっちじゃない! あとノックしろ!」
「したよ!」
「心のなかでだろ!」
「聞こえてるなら問題ないじゃん」
「聞こえたわけじゃねえ! 兄ちゃん忙しいんだからあっち行ってろ! あと、このことは母さんには内緒に――」
「航平ー! 玄関に女の子のクツがあるんだけどあんた女子連れこんでるのー!? 母さんにも紹介してー!」
最悪のタイミングで帰宅する母さんに、俺は頭を抱えたくなった。
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