《 第8話 傍目にはカップル 》

 柚花と図書委員を務めることになった日の5時間目。


 昼休みが明けると、俺たち1年は体育館に集合した。部活動紹介が行われるのだ。


 どんな内容だっけ? 10年以上も前のことなので部活動紹介の記憶は一切残ってない。入学時点で帰宅部になろうと決めていたはずなので、ちゃんと見ていなかったのだろう。


 今回は集中して見るつもりだ。


 そして真剣にどの部に入るか考える。


 前回は帰宅部としてゲーム三昧の日々を過ごしたが、こないだひとりでゲームしたとき、あんまり楽しめなかったからな。


 ……柚花とゲームするのは楽しかったけど。


 100歩譲って柚花がどうしても一緒にゲームさせてくれって頼むなら受け入れてやってもいいが、そんな未来はありえない。


 そんなわけで今回は青春をエンジョイすることにしたのだった。


 学生のノリについていけるかはさておき、部活に入れば知り合いが増えるし、俺の知られざる才能が開花するかもしれない。


 なにより柚花と関わらずに済む!


 同じ委員だが、部活動に取り組めば接点は薄れていくはずだ。



「ただいまから上級生による部活動紹介を始めたいと思います」



 生徒会長のアナウンスが響き、部活動紹介が始まる。


 陸上部にバスケ部、バレー部にテニス部、野球部に卓球部、剣道部にサッカー部、柔道部にバドミントン部など体育会系の紹介が終わり、続いて文化部に突入だ。


 長らくインドア派だったので、俺の狙いは文化系。


 楽しめそうな部活動が見つかるといいんだが……


 書道部に美術部、吹奏楽部に演劇部、ギター部にダンス部、パソコン部に茶道部の紹介が終わり、俺の狙いは絞られた。



「以上で部活動紹介を終わります。この場では紹介できなかった同好会もあるので、興味がありましたら1階の掲示板を確認してみてください」



 生徒会長の挨拶が終わり、俺たちは教室へ引き返す。


 クラスメイトが「あとでテニス部に行かね?」「そのあとバド部も見てみよう」「吹奏楽部の演奏すごかったね」「行ってみよっか?」などと話すなか、沢城先生を待つ。


 そして沢城先生によるホームルームが終わるとトイレを済ませて、3階の美術室へ向かう。


 実を言うと大学生の頃、イラストを趣味にしていたのだ。


 さすがにプロレベルまではいかないが、高1にしては上手い部類に入るはず。


 上手くすれば『期待の新人現る!』ってな感じで歓迎されるかも。


 まだ見ぬ先輩に褒められる妄想をしつつ階段を駆け上がり――



「……嘘、だろ」



 美術部を目前にして、愕然とする。


 柚花が美術室のドアに手をかけていたのだ!


 ちょっと待て! なに美術部に入ろうとしてんだよ! お前、帰宅部だっただろ! そう叫びたくなったが、関わらないと決めたので声には出さない。


 俺の気迫を感じ取ったのか、柚花がチラッとこちらを見た。


 にんまり、と得意気に口の端をつり上げる。



「(あら、一足遅かったわね)」


「(お前、なんのつもりだ!)」


「(見ての通り、美術部に入るのよ)」


「(俺に譲れよ! 俺がイラスト趣味にしてたこと知ってるだろ!?)」


「(譲ってほしければ相応の態度を見せなさい)」


「(だ、誰が土下座するか!)」


「(だったら指をくわえて見てるのね。あたしが美術室に入る姿を――!)」



 脳内でやり取りする俺たち。


 柚花の台詞は妄想だけど、おおむね正解のはずだ。表情がそう物語ってるし。


 そんなこんなで柚花が美術室に入る姿を、黙って見ていることしかできなかった。


 くそっ! 俺が尿意を我慢してさえいれば……!


 上級生は俺の入部を快く歓迎してくれるだろうけど、柚花と青春をともにするとかぜったいに嫌だ。


 あいつが美術部を選ぶなら、俺はほかの部を選ばなければ。



「けどな……」



 ほかに興味がある部といえばパソコン部だけど、ゲームじゃなくて将来的に役立つスキルを学ぶ部活っぽいからなぁ。


 となると希望は同好会に託された。


 たしか部活と同好会の違いは部員数だったはず。部活に昇格すれば部費が出るし、新入部員は大歓迎のはず。


 あとは興味を引かれる活動内容かどうかだが……とりあえず確認してみるか。


 1階へ下り、掲示板のもとへ行く。


 ぺたぺたと張られた勧誘チラシを眺めていき――



「おっ」



 興味を引かれる同好会を発見!


 その名も『漫画研究同好会』。


 漫画好きでイラストが趣味の俺にぴったりの同好会だ。


 代表者は赤羽根千鶴あかばねちづる。3年1組の女子みたい。


 チラシには俺の絵柄にそっくりなタッチでキャラクター(うちの高校を擬人化したらしい)が描かれている。高校生とは思えない上手さだ。


 俺と絵柄が似てる赤羽根先輩となら楽しく充実した放課後を過ごせそうだ。


 チラシで場所を確認し、再び3階へと向かう。


 美術部の三つとなりが漫画同好会の部室だった。



「……まだ来てないのか」



 ドアが開かず、部室の前で待つことしばし。


 メガネをかけた黒髪ロングの女子生徒が、こちらへ歩み寄ってきた。



「おや、きみは?」


「1年1組の黒瀬です。赤羽根先輩ですか?」


「私が赤羽根だよ。黒瀬くんは……入部希望者かい?」


「はいっ。入部希望です!」


「そうかいそうかい。よく来たね。さあさあ、入った入った」



 ぐいぐいと背中を押され、部室へ。


 フレンドリーな先輩だ。これなら上手く馴染めそう。


 部室には漫画&資料棚が三つとデスクがあった。デスクにはスケッチブックや資料らしき写真などが散らばっている。



「漫画がいっぱいありますね。これって全部先輩の私物ですか?」


「半分は私ので、残りは先輩のだよ。気になる本があれば放課後でも休日でも部室に来て読んでいいよ」


「先輩以外にも部員が?」


「卒業したけどね。いまは私ひとりだよ」



 一昨年卒業した先輩が創部したんだ、と赤羽根先輩。


 そのときは部員4人で、一時的に部活動に昇格したらしい。



「とはいえ違いは部費のあるなしで、活動内容は変わらないけどね」


「活動ってどういうことを?」


「主な活動はスケッチだね。学生のうちに学内の描写を身につけたほうがいいという先輩の教えを踏襲したのさ。文化祭では部誌を出しているよ」


「漫画を描くってことですか?」


「そうなるね。もちろんいきなり完成させるのは難しいから四コマ漫画でもいいし、イラストでも問題ないよ。とにかく楽しく描くことが我が漫研のモットーだからね」


「なるほど! めっちゃいいですね!」



 大人びた先輩と楽しく漫画を描く放課後――。


 まさに理想の青春じゃないか!



「決めました! 俺、漫研に――」



 がらがら。


 柚花が来た。


 俺の顔を見て、苦虫を噛み潰したような顔をする。



「げっ。なんであんたがいるのよ」


「こっちの台詞だ。美術部に入るんじゃないのかよ」


「全員男子だったから落ち着けなかったのよ。ものすごい歓迎されて、誰があたしにジュースを買うかで揉めて、サークルクラッシュさせちゃいそうだったもの。というわけで美術部はあんたに譲るわ」


「勝手なこと言うなよ。俺、漫研が気に入ったんだから」


「あたしだって気に入るわよ」


「まだ活動内容とか聞いてないだろ」


「あんたが気に入るってことは、あたしも気に入るに決まってるじゃない」


「つまり、ふたりとも入部するということかな?」


「いえ、入部は俺ひとりです」


「違います。あたしひとりです」


「俺のほうが漫研に相応しいだろ! 同人誌を出したことだってあるからな!」


「その年ですごいじゃないか。まさに期待の新人現るだね」



 俺が言ってほしかった台詞だ!


 ますます入部したくなった。



「ちょっと。手柄を独り占めしないでよ! あたしも手伝ったじゃない。しかも連日徹夜で!」


「ちゃんとお礼しただろ。温泉旅行につれてったじゃねえか。しかも1泊15000円の宿に3連泊!」


「あんただって『来てよかった』って満足そうにしてたじゃない。しかもお金は自腹だし!」


「お前が遠慮したんだろ! しかも昼飯奢っただろっ! 2500円の定食を!」


「細かいことまでよく覚えてるわね。ほんとみみっちい男!」


「楽しかったから覚えてるだけだ! お前だって温泉楽しんでただろ!」


「し、仕方ないじゃないっ。あんたと旅行なんてひさしぶりだったんだから……なにしてるんですか?」


「ボイスレコーダーを用意しているのさ。リアルな痴話喧嘩は創作活動の参考になるからね」


「「痴話喧嘩じゃありませんっ!」」


「でも、ふたりは付き合ってるんだろう?」


「「付き合ってません!」」


「息がぴったりだね」



 おかしそうに笑う先輩。


 とにかく、と嬉しそうにほほ笑み、



「私としては、ふたりが入部してくれるなら大歓迎だよ」


「こいつが入部を諦めない限り入部しません!」


「こっちこそ! あんたが入部しないって誓うまで入部しないわよ!」



 俺たちは顔を背け、同時に部室を出ていこうとする。


 赤羽根先輩が「ちょっと待って」と呼び止め、棚から冊子を取り出した。



「去年文化祭で出した部誌だよ。入部しなくても、興味があればいつでも遊びに来てくれていいからね」



 本当にいい先輩だ。


 ますます柚花との趣味嗜好の丸かぶりが悔やまれる。


 出会った頃は漫画もアニメもゲームも興味なかったのに……。


 こんなことなら柚花にオタク趣味を教えるんじゃなかった。


 まあ、オタク趣味を教えなかったら結婚する仲になることもなく、タイムスリップすることもなく、赤羽根先輩と出会うこともなかったわけだが。


 部誌をカバンに入れると、俺と柚花は競うように部室をあとにしたのだった。

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