《 第2話 若返った元嫁がいた 》
曇り空の下。
歴史の古そうな校舎を見上げ、俺は信じられない気持ちでいっぱいだった。
「また通う日が来るとは……」
昨日まで27歳の社会人だったのに、目覚めると高1になっているなんて、夢にも思わなかった。
夢じゃないかと何度も頬をつねってみたが、目が覚めることはなく。信じがたい話だが、マジでタイムスリップしたわけだ。
これを幸運と取るか、不運と取るか――。
俺は幸運と捉えた。
なにせこれが夢なら現実の俺は暴走車にはね飛ばされ、生死の境をさまよっているわけだからな。
なにより高校時代からやりなおせるなら、結婚生活を送らずに済む。
二度目の人生、ちゃんとした会社に就職して独身貴族になってやる!
どきどきしつつ校門をくぐり、昇降口へ。
下駄箱に張り出されたクラス分け名簿を確認すると、予想通り1組だった。そして記憶通り、
とはいえ、席順はかなり近いものの、柚花と関わらないのは簡単だ。
俺と柚花は3年連続で同じクラスになるが、はじめての会話は卒業後なのだから。
遠くの大学で同じ講義を受け、たまたま席が隣同士だったのがすべての始まりだ。
同じ大学に進学しなければ――同じ講義を受けなければ柚花と関わらずに済むし、そこまでしなくても親密な関係にさえならなければ結婚ルートを回避できる。
「楽勝だな」
そう考えると気持ちが楽だ。
高校時代は交流がなかったので、卒業まではなにも気にせず青春時代をエンジョイできる。
……青春といっても、友達はいなかったけど。まあ社会人と違って時間はたっぷりあるんだ。ゲームするだけでも楽しめるか。
上履きに履き替え、1年1組へ。
クラスメイトはほとんど揃っていて、そのなかに柚花の姿もあった。
自由な校風とはいえ髪を染めてるのは柚花くらいだ。明るい茶髪で、気の強そうな顔つきで、目つきが鋭く、巨乳で……認めるのは癪だが、美人だ。
ただでさえ知り合いがいないのに、見た目のせいで完全に浮いてしまっている。
「……」
しまった! 柚花と目が合ってしまった!
この世界線の柚花を無視するのは悪い気がするけど、お互い関わるとろくなことにならないんだ。
ここで会釈でもしようものなら俺の知る高校時代とは異なる日々を送るはめになりかねない。
サッと目を逸らして席につき、寝たふりをしてやり過ごす。
そんな俺に話しかける奴は、ひとりもいなかった。同中の奴はいるが、そいつらはすでにグループを作っているから。
勇気を出して行動すれば友達のいる日々を送れるかもだが、感覚的には全員一回り年下だ。ノリについていける気がしない。
「……」
にしても落ち着かないな。
うしろにいるのは元嫁ではなく、クラスメイト。
そう頭ではわかっているのに、ちっとも気が休まらない。
キーンコーンカーンコーン――!
懐かしのチャイム音が響き、ややあって先生が来た。
優しげな女教師だ。たしか……沢城先生だっけ?
懐かしいな。当時は大人びて見えたけど、いまとなっては俺のほうが年上だ。
先生が年下って、なんか不思議な気分だな。
ご入学おめでとうございますと語りかけ、今日1日のスケジュールを説明すると、沢城先生が朗らかに言う。
「さて。それでは会場へ移る前に、みなさんには簡単な自己紹介をしてもらいます!出席番号順に壇上へ来てください!」
青木くん、井上さん、衛藤さん、大石くん、と懐かしい顔ぶれが順々に出てきて、あらためてタイムスリップを実感する。
ほとんど話したこともないのに、意外と覚えてるものだな。
俺の番になり、壇上へ。
柚花を見ないようにしつつ、当たり障りのない自己紹介をする。
「牡丹中学出身の黒瀬航平です。趣味は書店巡りです。あと……映画も好きで、月に一度は映画館に行くようにしてます。1年間よろしくお願いします」
ぱちぱちと拍手を浴びて席につく。
続いて柚花の番だ。
壇上に立ち、教室を見まわす。多くの企業から内定を勝ち取っただけあって、その片鱗を感じさせる堂々たる佇まいだ。
まあ堂々としてるのは見た目だけで、なかなかの上がり症なのだが。
緊張するとカタコトになり、すぐに噛むので、毎日面接の練習に付き合ったっけ。そのかいもあってハキハキとしゃべれるようになったし、俺と違ってお祈りメールは1通も受け取らなかった。
この世界線の柚花は就職に苦労するかもな。
ちょっとかわいそうな気がするが、あの結婚生活を送るくらいならお祈りメールをもらったほうがマシだろう。
などと考えていると、柚花がよく通る声で名乗りを上げた。
「霧島中学から来ました。黒瀬柚花です」
……え?
いまなんて!?
聞き間違いか? 俺と同じ苗字を名乗った気がしたんだが……。
しかも一切の緊張を感じさせない、ハキハキとした声で。
柚花はそのまま自己紹介を続けようとするが、沢城先生が待ったをかけた。
「ええと……黒瀬、ですか?」
「はい。黒瀬ゆず……じゃなくて! 鯉川! 鯉川柚花です!」
柚花は顔が真っ赤だ。
あせあせと目を泳がせ、チラチラと俺のほうを見てくる。
「そ、その、あの……すみません、家族といろいろあって……まだ心の整理がついてなくて……」
「あ、ああ、そういう……。いいのよ、謝らなくて」
沢城先生は気遣うように言った。
家族といろいろあって、という説明を聞き、みんなは『親の離婚で苗字が変わったのだろう』と解釈した様子だが――
これって、あれだよな?
そういうこと……だよな?
「はいありがとう鯉川さん。じゃあ次のひと、お願いします」
自己紹介を終えた柚花は、俺をチラッと見つつ、恥ずかしそうに席につく。
なんとかポーカーフェイスで乗り切るが、俺の心臓はばっくばくだ。
いまここで話しかけるわけにはいかない。
ふたりきりになったところで話しかけるわけにもいかない。
だから俺は、心のなかで叫ぶのだった。
お前もタイムスリップしてんのかよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます