俺のクラスに若返った元嫁がいる
猫又ぬこ
《 第1話 目覚めると青春時代 》
「後悔しても遅いからな!」
「泣きついたって遅いからね!」
夜間窓口に離婚届を提出した帰り道。
街灯に照らされた夜道を歩きながら、俺は元嫁の
些細な口喧嘩が発端となった突発的な離婚だが、夫婦関係は冷え切っていたのだ。今回離婚を踏みとどまっても、遅かれ早かれこうなっていただろう。
「お前と離れることができて嬉し泣きしたいくらいだ!」
「こっちこそ! 二度と顔を見ずに済むと思うとせいせいするわ!」
「こんなことならもっと早く離婚すりゃよかった! これでやっと自由を謳歌できるからな!」
「社畜のあんたに自由なんかないわよ!」
「お前の束縛がなくなるだけマシだ!」
「あたしがいつ束縛したわけ!?」
「仕事中にしつこく連絡してくるだろ!」
「あんたが返信しないのが悪いんじゃない! こっちは夕食作ってあげてるんだから返事くらいしなさいよ!」
「仕事でそれどころじゃないんだよ! だいたい、毎日残業なんだから夕食いらないことくらいわかるだろ!」
「とか言って20時ごろに酔っ払って帰ってくることあるじゃない! 飲んでる時間あるなら帰ってきなさいよ!」
「たまたま残業がなかっただけだ! お前のことだから急に『家で食べる』とか連絡したら不機嫌になるだろ!」
「どうせ女の子のいる店で過ごしたかっただけでしょ! あんた浮気性だもんね!」
「しつこいな! あれは浮気じゃないって言っただろ!」
柚花と付き合い始めた頃は世界一の幸せ者だと思っていた。
結婚したときは幸せが一生続くんだと思っていた。
なのにたった4年で――27歳にして結婚生活が終わるとは。
過去の自分に会えるなら忠告してやりたい。そいつと結婚するのはやめとけ、と。
「ちょっと! ついてこないでよ!」
「家に帰ってるだけだ!」
「あたしの家よ!」
「俺の家でもあるだろ!」
「ネカフェに泊まりなさいよ! あんた泊まり慣れてるでしょ!」
「泊まりたくて泊まってたわけじゃねえよ! 終電逃したから泊まってただけだ! お前はいいよな、夕方に帰れて!」
「あたしに当たんないでよ! ブラック企業に就職するほうが悪いんでしょ!」
「好きで就職したわけじゃねえよ! 前の会社が潰れて、無職だと格好つかないから急いで就職したらブラックだったんだよ!」
「よく考えて就職しろって忠告したじゃない! 会社を見る目がなさすぎなのよ!」
「女を見る目もな!」
「あたしの台詞よ! 人生やりなおせるなら二度とあんたとは結婚しないわ!」
「俺の台詞だ! タイムスリップできるなら二度とお前とは関わらねえよ!」
結婚が人生の墓場だとするなら、俺は墓から這い出てきたようなもの。
つまりは今日この日、俺は甦ったのだ。
これから始まる二度目の人生、柚花のことはさっさと忘れて楽しく過ごそう。
そのためにも早いところ柚花と離れたい。
ここで譲るのは負けた気がするが、嫌な思いをするくらいならネカフェに泊まったほうがマシだ。
信号前で、俺は立ち止まった。
「行くなら行けよ」
「追いかけてこないでよ」
「誰が追いかけるか! そのかわり明日までに荷物まとめて出ていけよ」
「そうするわ。あんたの匂いが残った部屋に長居するとか嫌だもの」
俺に背を向け、柚花が横断歩道を渡っていく。
これで見納め。柚花の顔を見ることは二度とない。
柚花との結婚生活が走馬燈のように駆け巡り、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、後悔に近い感情が湧いてきた。
もちろん、やりなおそうとは言わない。
やりなおしたところで、また離婚するのは目に見えているから。
お互いのためにも、金輪際関わりを持たないほうがいい。
「……じゃあな」
ぼそっと告げると、柚花が振り向いた。
暗がりではっきりとは見えなかったが、なにかを期待しているような顔に見えた。
「あんたなんか言ったでしょ」
「言ってねえ」
「ぜったい言ったわよ。言いたいことがあるならはっきり言えば?」
「言ってねえって」
「言った!」
「言ってねえ! さっさと家に――」
そのときだ。視界の端に黒い物体が出現した。そいつは一切スピードを緩めることなく一瞬にして柚花との距離を詰める。
気づいたとき、俺は柚花に体当たりしていた。
次の瞬間、全身に衝撃が走り――
◆
「いっ――てえええええ!?」
がばっと跳ね起きた。
左頬が熱い! じんじんする!
「やっと起きた!」
頬を押さえる俺を、制服姿の女子が見下ろしている。
セーラー服に身を包み、黒髪をポニーテールにまとめた女子。
妹の若い頃にそっくりだが……なぜ
車にはねられた俺を見舞いに来たとか? いや、だとしたらなぜビンタするんだ?気を失っている俺をショック療法で目覚めさせようとしたとか?
けど……そもそも病室じゃなくね? 俺の部屋じゃね?
俺、なんで実家にいるんだ?
「ぼけーっとしてどうしたの?」
「どうしたっていうか……お前、佐奈だよな?」
柚花は定期的に連絡を取り合っていたようだが、俺が最後に佐奈を見たのは1年前。あの頃より若く見える。
セーラー服を着ているせいでそう見えるだけかもしれないが……佐奈にコスプレの趣味はなかったはず。なのになぜ制服を着ている?
「佐奈に決まってるじゃん。寝ぼけてないでさっさと起きなよ」
「起きろってお前……」
こっちは車にひかれて重傷なんだぞ、と言いかけたが、頬以外に痛みはなかった。
奇跡的に無傷で済んだのか? だったら――
「な、なあ、柚花はどうなった? あいつも無事なのか?」
「柚花? 誰それ」
「誰って俺の嫁――じゃなくて元嫁だよ」
「ゲームの話?」
「現実だ!」
「ゲームのしすぎで現実と妄想の区別がつかなくなったんだね……」
「かわいそうなものを見る目で兄を見るんじゃない!」
「だいじょうぶ、私は兄ちゃんの味方だから! ゲームの女の子と結婚するって言い出しても、私は応援するよ!」
「せめて可愛い女の子と出会えるように応援してくれ!」
「だったら早く起きないと! いい出会いがあるといいねっ!」
ぺちん、と気合いを注入するように俺の背中を叩き、佐奈が出ていった。
けっきょく柚花のことも、セーラー服のことも謎のままだ。
わけがわからないままベッドを出て……ふと違和感を抱く。
「……違う」
俺の部屋だけど、俺の部屋じゃない。
本棚の配置が違うし、懐かしいポスターが貼られてるし、新居に持ってったはずのアニメグッズが残っている。
柚花が実家に送り届けたとか?
だとしても妙だ。それならそれで佐奈から一言あるはず。なのに佐奈は事情を説明するどころか、柚花なんて知らないと言った。
あんなに仲が良かったのに、いったいなぜ知らないふりをするんだ?
まるで並行世界に迷いこんだ気分だ。
事情が飲みこめないまま1階に下りると、ダイニングに家族が勢揃いしていた。
「……は?」
「どうしたの
「早く食べないと味噌汁が冷めてしまうぞ」
「ど、どうしたのは俺の台詞だ! なんで若返ってんの母さん!?」
「今日は化粧のノリがよかったのよ」
「化粧で誤魔化せるレベルを超えてるって! マジで若く見えるよ!」
「あら、褒め上手ね」
「褒めてるわけじゃないから! 父さんに至っては髪がふさふさになってるしさ!」
「育毛剤のノリがよかったんだろ」
「育毛剤のレベルを超えてるって!」
海産物一家の父親みたいな髪型だったじゃん!
「兄ちゃん兄ちゃん!」
「なんだよ!」
「私にはないの? 褒め言葉!」
「お前も制服姿が似合ってるよ!」
「やったー! 兄ちゃんに褒められた!」
「よかったわね佐奈ちゃん」
「今日の航平は褒めたい気分の日なんだな。よし、父さんも乗るぞ。母さんの朝食は今日も美味しいな」
「ウィンナーの焼き加減サイコーだよ!」
俺を差し置いて褒め合わないでくれ!
「頼むから説明してくれよ! 母さん、なんで若返ってるの!? 父さん、なんで髪ふさふさなの!? 佐奈、なんで制服着てんの!?」
「登校日だからだよ」
「あんたもさっさと顔を洗ってきなさい。寝癖もしっかり整えるのよ。今日は大事な日なんだから」
「……大事な日って?」
戸惑う俺に、母さんがさらに困惑させる一言を放った。
「高校の入学式よ」
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