入れ替わりから始まる恋愛劇

月陽

第1話

 私はエレノア・ラクトフェル。

 ランドール国、ラクトフェル伯爵家の三女、十五歳。



 今、どういう状況か説明すると、理解が追い付いていません⋯⋯。


 分かっている事と言えば、今日は一つ上の姉、マリエラとフォンゼル公爵家の嫡子、ライナー様との結婚式のはず⋯⋯、なんだけど、何故か私がウェディングドレスを着せられている⋯⋯。


 ほんとどういう状況なの?


 何故着せられている今になってこんな事を思うかって?


 早朝、邸内で一つの騒動が起こった。

 本日の主役である、マリエラ姉様が一つの書き置きを残して姿を消したのだ。

 その書き置き曰く⋯⋯


 公爵家には嫁ぎたくない⋯⋯

 隣国に両思いの彼が居るので隣国に参ります。


 だって⋯⋯


 いやいや、それって前以て分かっていたわよね?


 確かに、今回の婚姻は政略的なものだし、お姉様がライナー様と全くお会いしていないのも知っていたけれど!

 何故そのとばっちりが私なの!?

 まぁ、それも分かるわよ、お姉様はライナー様と一度も会っていないし、絵姿しかご覧になっていないでしょう⋯⋯

 この家で婚姻していないのは私だけだし、というか、成人したのもつい最近よ?

 政略的なものだから、マリエラから私に変わっただけだと、何故か既にフォンゼル公爵家や教会にも通達済みだという⋯⋯。

 ほんと、意味分かんないんだけど?

 ライナー様はそれでいいわけ?

 皆それでいいの?

 私の意思はないの?

 まぁ、貴族に生まれたのだから私の意思に関係なく政略結婚になることはまぁ分かっていたわ。

 だけど、事前に分かっている事と、こんな急になんて酷すぎない?

 そして早朝叩き起こされて、状況を聞き、父から「姉の代わりに嫁ぎなさい」と命じられたショックで前世を思い出したわよ!

 前世でも結婚にはトラウマがあったのに!

 嫌な記憶を思い出してのこの状況!


 最悪だわ⋯⋯


 だけど、一つ言えるのは、前世では弱かった私だけど、今は剣も魔法もそれなりに扱えるのよ!

 前世みたく、DVされても負けないわ!

 それより白い結婚になる可能性もあるわね。

 そっちのが可能性大ね。

 あぁ、けど子供は産まないといけないのよね⋯⋯。

 この国は一夫一婦制。

 そこは清いのよね。

 愛人とか作ろうものなら叩かれる⋯⋯

 と言うことは、結婚してしまったら私が産まないといけない。

 好きでもない人と⋯⋯

 ライナー様はどちらかというと、尊敬の対象だから、そういう事を致すのは嫌だなぁ。

 あぁ⋯⋯、憂鬱だわ。

 脳内忙しなく愚痴という愚痴を吐きまくっていると、用意はほぼ終わっていた。


 姿見で見せられた自分自身は、まぁ美人よ。

 あっ、決してナルシストではないわ!

 親は美男美女で夫婦仲も良く、社交界の憧れの的。

 その二人から生まれたのだから、まぁそこそこよ。

 前世の私から見たら雲泥の差よ。

 輝く金髪に翡翠の瞳。

 うん、悪くないわ。

 って、今さら自分の容姿なんてどうでもいいのよ!

 問題はこれから行われる結婚式よ!


 フォンゼル公爵家は王家にも連なる由緒ある家で、今日の結婚式には陛下も出席される⋯⋯。

 失敗は許されない。

 だけど、私の心はついていかない。

 けれど、ここで失敗すれば、ラクトフェル家に迷惑もかかる!

 ちなみに我が家は、軍部の中でも魔導師団を纏める家柄。

 父は魔導師団長なのだ。

 軍部の繋がりをより強固なものにするための婚姻。

 はぁ、胃がキリキリするわ⋯⋯

 マナーはきちんと叩き込まれているから大丈夫だとは思うけれど⋯⋯


 はぁ⋯⋯


 溜め息しかでないわ。


 ダメよ! 溜め息なんてついたら幸せが逃げていく!

 って幸せにはなれないと思うけど!

 それなりの生活はしたいもの!

 頑張れ私!

 前世よりはましな筈!

 自分自身を叱咤激励しているところへ、誰か来たみたい。


 侍女のラナが「奥様がお見えです」と、どうやら母、クラーラが来たみたい。

 私は入っていただくよう指示を出す。



「あら! 流石私達の娘ね。とっても美人よ」

「⋯⋯ありがとうございます」

「もっと喜びなさいな。綺麗なのに台無しよ?」

「こんな状況でなければ素直に喜びます」

「エレノアには悪いことをしていると思うわ。ごめんなさいね。けれど⋯⋯」

「軍部内をより強固なものにするための政略結婚、よね」

「そう! その通りよ」






 朝から何度も聞いたので覚えておりますとも!

 式が始まる前から疲れるわ⋯⋯。



「エレ、本当に綺麗よ。フォンゼル家のライナー様は文武両道で、とても素敵な方よ。急な相手の変更でも快く快諾してくれたわ」



 いや、それって快諾せざるを得ないのでは?

 お母様ってちょっと頭が残念なのよね⋯⋯

 あの方、尊敬には値するけど、家ではどうか分からないもの。

 だけど、相手に恥をかかせるわけにはいかないから、やるしかない!



「そろそろお時間でございます」



 侍女長が呼びにきたので、ヴェールを下ろし、お母様のエスコートで玄関ホールに向かうと、父であるカーティスと兄のレオナードが待っていた。



「お待たせ致しました」

「あぁ、綺麗に仕上がったな。流石だ。エレノアとても美しいな」

「可愛い末の妹がもうお嫁にいくなんて⋯⋯。お兄様は寂しいよ」



 お兄様はそういうと抱き締めてくれた。

 今まで悪態ばかりついていたけれど、お兄様にそう言われて抱き締められると、あぁ、この家は私の帰る場所ではなくなると実感させられる。

 私はそっとお兄様を抱き返した。



「お兄様、私もとても寂しいです」

「何かあったら直ぐにこの兄を頼りなさい」

「ありがとうございます、レオお兄様」



 私とお兄様は抱擁を交わし、お兄様のエスコートで馬車に乗る。

 これから会場である教会まで向かうのだ。

 私達の馬車を守るように護衛も一緒だから物々しい。

 道中、何事もなく、ただ馬車の中ではお父様からのこれからの事と公爵家に入ってからの事等、注意があった。

 お父様にとって私は政略の駒でしかないのかしら?

 まぁ、教育は厳しくても、時折優しかったのだけれど⋯⋯、あれは嘘だったのかしら。

 今の父からはこの結婚をいかに成功させるかしか見えてこない。

 私はそれもあって、式前からうんざりしてきた。

 勿論表情には出さないわ。

 はぁ、幸せって何のための言葉なのかしらね。



 教会に着くと、私はまず控室に通される。

 そこで再度衣装や化粧のお直しがされる。

 それが終わったら、またヴェールを下ろされる。

 時間は刻々と迫っている。

 今はラナだけが側に控えている。

 少し心配そうな様子だけど、「大丈夫よ」と安心させる。

 本当は全く大丈夫では無いのだけれどね。

 心の中ではもう何度目になるか、溜め息がこぼれる。

 そうこうしている内に、時間が来たようだ。

 神官が迎えにきたので、ラナの介添えで式場となる扉の前に案内されると、そこにはライナー様がいらっしゃった。

 その姿は軍人らしい佇まいで、だけどとても優雅だった。

 新郎の服は軍服に近い形で勿論色は白。マントも羽織っていて格好いい。

 って見惚れてる場合ではないわ!



「ライナー様、初めてお目にかかります。エレノアにございます。この度は我が愚姉がご迷惑をお掛けし、直前での相手が妹である私に変わった事、誠に申し訳ございません」

「貴女がマリエラの妹か。事情は了承している。婚姻前に分かって良かったと思っている。貴女の事は噂で良く耳にしている。姉妹一頭が良く、そして武芸も嗜むと。私としては貴女にかわって嬉しく思っているので、謝罪は不要だ」

「寛大なお言葉ありがとうございます」



 これは、取りあえず良かったの?

 だけど油断は禁物よね。

 何があるか分からないもの。



「お時間でございます」



 神官の言葉で、ライナー様は腕を差し出す。

 私はライナー様の腕に手を添え、一緒に歩き出す。

 教会内には王族と両家の家族、軍部の上層部と宰相や上位貴族達が揃っていた。

 胃が痛い⋯⋯

 だけどそんなもの表に出すわけにはいかない。

 神父の前まで行くとまず神父が朗々と寿ぎを述べる。

 そして誓いの言葉をそれぞれ述べるのだけど⋯⋯、ここまでは良かった!


 キスを忘れていたわ!


 どうしよう!!

 内心動揺しまくる。

 誓いの言葉が終わり、私達は向き合う。

 私は少し腰を落として、ライナー様にヴェールをあげて貰う。


 平常心よ、私!


 頑張れ私!


 羞恥に赤くならないよう平静を保つ。

 だけど、ライナー様には見透かされたようで、くすっと笑われる。


 笑わないでください!


 私は背筋を戻し、ライナー様に向き直る。

 とてもいい笑顔で優しくこちらを見ていた。

 神父が「誓いの口付けを」

 そういうと、ライナー様が私に近づく。

 キスの前に一言、「決して貴女を離さない」と⋯⋯


 は?


 私は何言われたかすぐに理解できず、ただ、ライナー様に口付けされた。

 会場からは拍手が鳴り響き、私はライナー様と会場を出る。

 そのまま、お披露目が行われる公爵家へと向かう馬車に乗る。

 私は馬車に乗るとようやく思考が動き出した⋯⋯



「ライナー様! 先程のお言葉は一体⋯⋯」

「あぁ貴女はもう私のものだから、あれこれ考えずに私に愛されるといい」



 えっ?

 意味分かんないんですけど?

 今日会ったばかりなのに?

 何故そうなるの?



「エレ、私は貴女を前から知っている。この婚姻は本当は私が貴女をと望んだのだけれど、ラクトフェル伯がマリエラを推してきてね、困っていたのだ。そこへ当のマリエラから、隣国に愛しい人が居るので貴方とは結婚できませんと言われてね、だからそれを利用することにした。マリエラは父君に反対されていたので、式当日、貴女と入れ替わると。流石に当日に周知するわけにはいかないので、ラクトフェル伯以外の主要な方々にはエレノアと入れ替わることを伝えていたのだ。貴女にはとても不愉快な事だろうが、私の我が儘でもある。何か言いたいことがあるなら聞くから、気兼ね無く話して欲しい」



 私はそう言われたけれど、もう何て言っていいか分かりません。

 とういか、それなら私に話してくれてもいいんじゃない!



「何故その件を私に話していただけなかったのでしょうか?」


「私は話すようにマリエラに言ったのだが⋯⋯、とうのマリエラはエレを驚かせたいからと、万が一父に知られても良くないし、と言ってな、伝えられなかったのだ。すまない」

「それって、姉に言われて、貴方様もそれにのったのでは?」

「言い訳は出来ない。貴女の驚く顔が見たかったのもあるのは否定しない。だが、私が一目惚れしたのはエレノア、貴女であるのは代わり無い」



 今そんなこと言われても、「嬉しいです!」なんて言える筈もない。

 不信感だけ⋯⋯



「貴方様は先程、何でも気兼ね無く話していいと仰いましたね? それに偽りはありませんか?」


「ない。軍属の端くれとして誓う」


「では⋯⋯、今の話を聞いて、私の貴方様への思いは不信感だらけです。なので、私の心を貴方様へ向かうよう誠意を見せていただきたい。それまでは私に一切触れませんよう。但し、公の場でエスコートしないといけないときは、触れても構いません」

「勿論貴女の意向に従おう。だが、流石に今夜は無理だ」

「あら、偽装するのは簡単ですわ。私の血をベッドに垂らせばよいのです。指を切れば簡単に血は流れますわ」

「いや、貴女の指を切るなんて出きるわけ無いだろう!」

「回復魔法なら使えますのでご安心ください。それに、もう先程の言葉を覆すのですか? そうなれば更に私の信用は下降しますわね」

「⋯⋯わかった。それでいい。貴女の信用を失うわけにはいかない」

「ありがとうございます」



 私達のこれからの事が決まったところで、公爵邸に着いた。

 私が言ったように、エスコートは別なので、大人しくライナー様に従う。

 流石に公爵家はとても広く、私達を迎えるために邸の者達が勢揃いしていた。



「「「お帰りなさいませ、ライナー様、エレノア様」」」






 一斉に私達を迎える挨拶とお辞儀をするが、見応えある光景だ。

 流石公爵家。

 教育もすごいのでしょうね。

 感心していると、ライナー様のエスコートで私達の部屋へと案内される。

 そこで、執事長と侍女長に挨拶をして、私達はお披露目の準備にはいる。

 所謂お色直しだ。

 朝の悪夢再び!

 お風呂からエステから物凄いスピードでだけど丁寧な手付きで施される。

 ドレスはライナー様の瞳の色である瑠璃色で所々に私の瞳の色である翡翠が使われていた。

 可愛いより大人っぽいドレスで、私好みではある。


 これは⋯⋯お姉様の仕業かしら?


 私の準備が整ったのをみはからったようにライナー様が訪れた。

 私と対となる装いで、これもまた格好がいい。

 見た目で惹かれてしまいそうだけど、私は平静を装う。



「良く似合っている⋯⋯」

「ありがとうございます」



 ライナー様は私に触れたそうにしていたけれど、ちゃんと約束通り、触れずにいた。

 少ししゅんとされていたけれど、私はそんな事では絆されません!

 時間となったのでお披露目の会場へと向かう。

 会場には先程式場にいた方々に加え、軍部関係者が増えていた。

 流石に陛下達はお帰りになられ、代わりに王太子殿下夫妻がいらっしゃった。

 私達はまず、それぞれの両親に挨拶をする。

 フォンゼル公爵と公爵夫人には温かく迎えられた。

 うちの両親は⋯⋯まぁ、置いておこう。

 その後、公爵、もとい、お義父様の挨拶で宴が始まる。

 私とライナー様はまず王太子夫妻に挨拶をしに行く。

 ちなみに、ライナー様と王太子殿下は友人同士だそうで、気軽に挨拶をして、私の紹介にはいる。



「あぁ、貴女が長年のライの想い人か。ようやく婚姻が叶ってよかったな!」

「おめでとうございます。ライナー様、エレノア様。宜しかったら私と仲良くしていただけると嬉しいわ。私の事はティーナと呼んでくださいね」

「ティーナ様、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願い致します。私のことはエレとお呼びください」



 思いがけず、妃殿下と愛称で呼び会うことになってしまった⋯⋯。

「今度お茶会しましょうね」とベルティーナ様、いえティーナ様とお約束をして、挨拶回りの続きをする。

 挨拶を終えたらそれぞれ談笑を始めるのだけれど、何故か私のお友達が何人もいらっしゃった。

 これも、あの二人の仕業ね⋯⋯



 彼女らは理由を知らないのか、「何で教えてくれなかったの!」とか「もっと早くに教えてよ」とか、好き勝手なことを言ってくれる。


 だけど、それ、私の台詞ね!


 私が声を大にして言いたいことよ!


 とは言えず、彼女達もとばっちりを受けたので、大人しく愚痴られる。


 はぁ、楽しくないわ⋯⋯。


 もうほんとに何度目になるかの溜め息が出る。

 宴も中盤に差し掛かると、私とライナー様は早々に部屋へ下がる。

 まぁ待っているのはアレなんだけど⋯⋯

 一応きちんと湯浴みをして夜着を着て、夫婦の寝室へ案内される。

 侍女達は「お休みなさいませ」と挨拶をして部屋を下がる。

 ソファでライナー様を待っていた。

 明日からの予定を聞かなければいけないし、偽装もしなければいけない。

 それほど待たずにライナー様が部屋へと入ってきた。



「待たせてすまない」

「いえ、それほど待ってはいませんわ」

「疲れてはいないか?」

「とても疲れました⋯⋯、色々ありすぎて。ですが、明日からの事を聞かないと寝れませんわ」

「明日から一週間休みなので、貴女と共に過ごしたいと思う。沢山話をして、貴女の行きたいところへ出掛けよう」

「それは楽しそうですわね。その後は? 私は卒業後魔導師団で働く事になっていたのですけれど、どうなりますか?」

「母上は働くこともいい経験となるので五年間は魔導師団で働いても良いと了承していた。まだ父上も現役だし、この家の事はおいおいで構わないよ」

「なるほど、働くことを了承頂き、ありがとうございます。明日お義母様にもお礼が言いたいです」

「明日のお茶の時間に一緒にどうかと誘いがあったから、返事をしておこう」

「よろしくお願い致します」

「明日の朝はゆっくりで構わないから時間は気にせずにゆっくり休むといい。だが、起きるときは一緒でないと怪しまれるから、その辺は了承して欲しいのだか⋯⋯」

「勿論構いませんわ。私に触れなければいいです」

「わかった。後何か聞いておきたいこととか無いか?」

「今のところはありません」

「では、寝ようか。偽装は起きたときにすればいい。起きるまでは誰も来ないからな」

「分かりましたわ。私はソファで寝ますので、ライナー様はベッドをお使いください」

「待て! 流石に愛しい貴女をソファでは寝かせられない! 貴女がベッドを使いなさい」

「それはいけませんわ。式を終えた今夫である貴方様をソファでだなんて、非常識です」



 私達は不毛な争いをしたけれど、結局ベッドは広いのだし、それぞれ端っこで寝たらどうかとなって、結局ベッドで寝た。

 流石に疲れすぎていたので、直ぐに寝てしまった⋯⋯

 なので、私が寝入ってからライナー様がベッドから抜け出してソファで寝たなんて気付くこともなかった。



 ぐっすり寝たお陰で朝はスッキリと目が覚めた。

 端っこで寝てた筈が何故か中央で寝ていた⋯⋯


 あれ、 ライナー様は?


 ベッドにはいない。

 視線を動かすと、ソファで本を読んでいた。

 その姿がまた決まっている⋯⋯

 悔しいけど格好いい。



「おはよう、エレ。良く寝れたか?」

「おはようございます。ライナー様。お陰で疲れも癒えました」



 私はそういうと、偽装工作をするため、魔法で指を切って血を垂らす。

 そして治癒魔法で治す。

 ライナー様に何かを言う暇を与えずに終える。



「見事だな」

「恐れ入ります」

「もう少しシーツを乱しておこう」



 そういうと、さらに乱れたベッドの仕上がりだ。

 何もしていないのに、何だかいやらしい⋯⋯

 その後ベルを鳴らして侍女を呼び、朝食を運んで貰う。

 朝食を食べながら他愛ない会話をする。

 流石に何も会話しないなんて怪しまれるからね。

 それに、ライナー様の事を嫌っているわけではないので、普通に話をする。

 朝食後はお茶を楽しみながら、昨日言っていたように話をする。

 内容はライナー様の事や私の事を、主にお互いの事を話し合った。

 お互いを知るのは今後の為にもなるしね。

 朝食も部屋で頂き、その後はお義母様とのお茶会のため、お互い準備をする。

 準備が整い、ライナー様のエスコートでサロンへと向かう。

 部屋に着くと、お義母様が待っていた。



「ごきげんよう。お義母様。お茶会にお招き頂き、ありがとうございます」

「ごきげんよう、エレノア。楽しみに待っていたわ」



 お義母様からは歓迎されたけれど、お茶を淹れ終わった侍女達を全員下がらせた。

 何かあるわね。

 私は少し身構えた。



「昨夜は何もなかったみたいね」



 速攻バレていますが!



「今回の件は、エレノア、貴女に非はないわ。悪いのは強情なラクトフェル伯と驚かせたいとか言う理由で言わなかった貴女の姉とライナーが悪いのよ。だから貴女がライナーに触れられたくないと言うのも分かります。後はこの子が貴女に誠心誠意、尽くして貴女の心を掴むまで、夜は共にしなくてもいいわ」



 わぁ! お義母様から心強い言葉をいただいたわ!

 これで夜はゆっくり寝れるわね。



「けれども、エレノア、あなたもライナーと婚姻したのですから、一方的に遠ざけるのではなく、歩み寄りも見せなさい。良いですね?」

「はい。ご配慮いただきましてありがとうございます」



 勿論、ライナー様を嫌ってはいないので、そこは、まぁライナー様次第ですが、頑張ります⋯⋯。

 あっと肝心な事を言わないと!



「お義母様⋯⋯」

「何かしら?」

「昨夜ライナー様からお仕事をして良いと伺いました。私は軍部で働きたかったので、とても嬉しかったです。了承頂き、ありがとうございます」

「勿論ですよ。我が家は軍部を司っておりますので、そこで働き、勉強するのは良いことです。軍部の事は勿論、家の事は追々覚えていただきますが、暫くは軍で良く働きなさい」

「はい! お義母様」



 お義母様とのお茶会はあっさりと終わった。

 別に歓迎されてないとかそういうことではないのだけれど、二人でもっと交流して仲良くなりなさい。

 との理由で、只今ライナー様の案内で庭園を歩いていた。

 手入れが行き届いていて、綺麗に花が咲き誇っている。


 流石、公爵家。


 私が花の匂いを堪能していたとき、ライナー様は庭師の方と話をしていた。

 少しして私の元へ戻ってきたので、ライナー様の方へ向き直る。



「エレ、受け取って欲しい」



 そういうと、一本の赤い綺麗に咲いた薔薇を差し出してきた。

 見事な薔薇でとても色もとても綺麗だった。


 だけど、これって⋯⋯あれよね?


 ちらっとライナー様を見るととても優しげな表情をしていたけれど、目はとても真剣で真っ直ぐ、私を見ていた。

 そんな、ライナー様を直視すると、何故か心臓がうるさくなった。

 私は動揺を悟られないよう、薔薇を受け取る。



「⋯⋯ありがとうございます」

「こちらこそ、受け取って貰って嬉しいよ、ありがとう」



 ライナー様の声色でまた心臓がうるさくなった。

 えっと、何でこんなに私どきどきしてるんだろう?

 ちらっとライナー様を見ると、とても綺麗な笑顔を浮かべていた。


 ⋯⋯格好いい。


 だめ! 私チョロすぎない!?

 ダメよ!

 この甘ったるい空気なんとかしなきゃ!

 そうだ!



「ライナー様、折角頂いた薔薇をこのままでは枯れてしまうのでお部屋に活けたいのですけど」

「大事にしてくれるのか?」



 うわぁ! なんて表情するのよ!

 眩しすぎるわ!


 ライナー様、本気で私を落としにかかってるのかしら⋯⋯

 そんな直ぐに落ちてあげないわ!


 そんなことを思ってる時点で時既に遅しだけど。


 兎に角薔薇よ!

 部屋に戻るのよ!


 なんとかライナー様にお願いして部屋に戻り侍女に薔薇を活けるようお願いする。

 そして部屋でお茶を楽しむ。


 はぁ、やっと落ち着いた。


 まぁライナー様がいる時点で若干のどきどきは残っているのだけれど⋯⋯

 一日目でこれってこの後どうなるのかしら⋯⋯



 この後ライナー様との休日はずっと一緒に行動して、毎日薔薇の本数が増えていく。

 私への想いを一緒に告げる事も忘れずに⋯⋯


 嬉しい、とても嬉しいわ!

 だけど、こんなに簡単に落ちるなんてプライドが許さないのよ!


 一週間なんてあっという間で、それぞれ仕事が始まった。


 私もやっと軍部の仕事が出来る!


 少しライナー様から離れられるのでほっと出来るのと、だけど、ちょっぴり寂しくも思う。

 ってダメよ!

 仕事に集中しなきゃ!


 まだ魔導師団で働き始めて日が浅いので、先輩について色々と学ぶ。

 それこそ、雑用から始まり訓練も勿論間に挟み、忙しく働いていた。

 家に帰るとライナー様から薔薇が贈られる。

 とまぁ、こんな風に毎日続いていたある日、私は先輩の指示で書類を騎士団の方へ届けに行く途中の中庭にライナー様の姿が見えたので、挨拶をしようと思ったのだけれど⋯⋯


 誰か、一緒にいる?


 私は少し見える位置に移動すると、ライナー様が一人の女性と抱き合っていた⋯⋯


 えっと⋯⋯


 私は直ぐに引き返した。


 今のって、浮気?

 えっ、ここでもまた?

 落ち着け私!


 そもそも結婚はしたけれど、まだライナー様の事を許してないわ。

 だけど、この痛みは何?

 私は考えながらもきちんと先輩からの指示の書類を届けて、魔法師団に戻る⋯⋯

 何とか仕事を終えて、帰ろうかとも思ったけれど、帰りたくない。

 今顔を会わせたら不味いと思う。


 私が⋯⋯


 私は公爵家へ今日は魔法師団に泊まることを言付け、帰らない選択をした。

 だけど、一人で悶々してるのもしんどい⋯⋯

 私は一つ上の、とても仲の良い先輩を頼ることにした。

 先輩にも話を聞かせなさいとせっつかれている事もあって、彼女を頼る。

 すると、先輩からの街にご飯食べに行きましょう!

 という提案で、久し振りに街に行きご飯とお酒を楽しんだ。

 勿論ライナー様との事も全部話した。

 先輩は呆れていたけれど、「フォンゼル閣下は一途ねぇ、愛されてるね」とからかわれた。

 だけど、今日見たことを伝えると怒った!

 お酒の力もあって、先輩の感情の切り替えに驚いたけれど、だけど、怒ってくれるのは嬉しい。



「なに堂々と仕事場で浮気してるのよ! 浮気はご法度! 女と抱き合うなんてアウトよ!」

「私わたくしもそう思います。だけど、私わたくしはライナー様を許してないから浮気になるのかな?」

「何言ってるのよ! 貴女は結婚してるのよ、だったらそれはもう浮気でしょう! 最低だわ。エレに好かれたいと思ってるそばから他の女と抱き合うなんて⋯⋯。エレは許してないというけど、本当はもう許してるんでしょう? 女と抱き合ってるのを見て嫌だと思ったからこうして愚痴っているのでしょう?」



 先輩には直ぐにバレた⋯⋯

 ぐうの音もでないわ。

 流石に毎日毎日薔薇を贈られ、いかに私の事がいつから好きだとか愛を囁かれたら洗脳される⋯⋯

 言い方悪いけど。

 元々嫌いではないのもあったから、落ちるのは簡単だった。

 だけど、意地になって、ライナー様を許さなかったから、これは私に対しての罰かな。

 本当はもう嫌われているのかな。


 だめ、泣けてくる⋯⋯



「わぁ! エレ、大丈夫?」

「ちょっと大丈夫じゃないです⋯⋯。もう他の女の方が良いと思われたのかもしれないわ。自業自得ね」



 心が痛いわ⋯⋯


 ここに居ても店に迷惑かけるので、店を出た。

 もう結構な遅い時間だったので人通りも少ない。

 私と先輩は酔いを冷ますのにちょうど良く、魔法師団の宿舎まで歩いて帰った。

 途中柄の悪い連中に襲われたけれど、あっさりと撃退してやったわ!

 酔っていてもこれくらい何てことない。

 先輩はちょっと引いていたけれど⋯⋯

 勿論後処理もきちんとしましたよ。

 仕事はきっちりしないとね。



 次の日からも、宿舎で寝泊まりする事にした。

 まぁ帰りたくないと顔を会わせなくないと言うこともあった。

 あちらからも特に何も言われることもなく、ライナー様からも何も音沙汰はない。

 と言うことは、やはりあの時抱き合っていた女性の方がいいと言うことね。

 いつ離縁されるのかな⋯⋯


 はぁ⋯⋯


 しんどいわね。


 休日も帰らずにこちらで過ごしていると、一通の手紙が届いた。

 ベルティーナ様からのお手紙。

 良くここにいることを知っているわね。

 公爵家に送っても届かないから当たり前かな。

 手紙を読むとお茶会のお誘いだった。


 しかも今日!?

 しかも時間迫ってるし!


 服装は気にすることないと言うことだけれど、流石に妃殿下に会うのにこの装いはないわよね⋯⋯

 動きやすい服しか此処にはないので、どうしようか悩んでいると⋯⋯


 また誰か来た!

 今度は誰!


 と思っていたら、荷物を届けに来てくれたようなのだけれど、これは⋯⋯ドレスよね?

 贈り主の名前はない。

 だけど、この色からして、ライナー様よね?


 ⋯⋯どうして?


 ただの義務ならこんなことして欲しくないのだけれど。

 だけど、今着ていくものもないので、仕方なく袖を通す。

 自分で髪をセットして、化粧をして、指定された場所へと向かう。

 王城の王族が住まう一角のとても美しい庭園の中にあるガボゼにベルティーナ様はいらっしゃった。



「お待たせ致しました。本日はお招きありがとうございます」

「ようこそ、急にお呼びしてごめんなさいね」

「いえ、本日は休みですので大丈夫です



 挨拶をして座ると直ぐに、侍女達がお茶を淹れて下がると私達だけとなる。


 何のお話かしら?



「単刀直入にお聞きしますが、ライナー様とはどうなってらっしゃいますの?」

「どう、とは?」

「最近公爵家に帰らずに宿舎に泊まっているとお聞きしましたわ。ライナー様は随分と落ち込んでいらっしゃいましたよ」

「落ち込む事なんてありますでしょうか?」

「どう言うことです?」

「何度か仕事中に他の女性と抱き合ったり、逢瀬を楽しんでいらっしゃるようでしたよ。そんな方と会うのは嫌ですので、宿舎で過ごしているのです」

「あら、まぁ⋯⋯」

「落ち込むなんて、演技がお得意なのですね。失望致しましたわ」


 ほんと、何がしたいのかしら!


 私で遊んでいるの?


 最低だわ!


 離縁したい⋯⋯



「ほんと、可能なら離縁したいです」



 もうしんどいのよ。


 こんな思いするのは!


 独り身で魔導師団で生きて死ぬわ。


 それがいい。


 もう、こんな事は面倒臭いもの。


 どうして弄ばれないといけないの!?



「ライナー様、一体何をされているのですか?」

「いや、何と言われましても⋯⋯誤解だとしか」



 はっ!?


 何故ここに居てるのよ!!



「言い訳は結構ですわ。昼日中、しかも仕事中に堂々と抱き合ってるなんて、下のものに示しがつきませんわね。あり得ません。離縁してください」

「待て! 話を聞いて欲しい。あれは⋯⋯」

「ただの、言い訳でしょう? 私の事は捨て置いてください。あの者と再婚されると宜しいわ」



 私は限界にきていたのでもう、離縁することしか考えていなかった。



「早まるのはよくないな、エレノア嬢。それに婚姻は出来ない」

「王太子殿下⋯⋯」



 私は立ち上がりカーテシーで挨拶をする。


 王太子殿下まできて何をするつもりなの?



「エレノア嬢、聞いて欲しい。ライが女性と抱き合っていたと言うことだが、あれは騎士団の膿を出すための演技だ。最近騎士団では良くない噂や素行があってな、それを誘い出すために人目のある中庭で誘い出す為にライ自ら囮になって貰ってたんだ。ちなみに、その女性というのは、私だ」



 はい!?


 王太子が女装してたの!?


 意味分かんない!



 殿下曰く、最近騎士団では女性に対してあまり良くない態度を取っていたり、薬を売っていたり無理強いをしたりと、あるまじき行為が度々報告されていたらしい。

 薬も浮気や不倫に走る者に売り付けているらしく、最近結婚したライナー様が直ぐに違う女性と逢瀬をすることによって、助長した奴らの隙を一気に攻めて一網打尽にしたらしい。

 魔法師団にそんな噂、流れていなかったけど、騎士団はそんな感じなの?

 というか、それなら先に一言言ってくれても良くない?


 私はジト目でお二人を見る。



「まぁ、後は二人で話し合ってくれ⋯⋯、此処はそのまま使っていいから! ティーナ行くよ」

「はい、殿下」



 お二人はそそくさその場を離れていった⋯⋯


 私たちは暫く無言で、見合っていた。

 ただし! そこには甘い空気など一切ない!

 勿論、私が怒っているからだ。



「何故、事前に教えて頂けなかったのでしょうか? 私はそんなに信用なりませんか?」

「いや、信用していないなんて事はない。騎士団内の事だし、仕事とは言え、相手が女装した殿下とは言え、貴女には他の女と逢瀬をするとは言えなかった。本当に申し訳ない」

「私が家に帰らなかったことには何も思われないのですか?」

「私が何かをしてしまったのかと、母にも責められて、理由が分からなかったので、何か言うと貴女に嫌われてしまうのではないかと、何も言えなかった」



 えっと⋯⋯、ライナー様って意外にヘタレなの?

 女々しい?

 仕事ではあんなにキリッとしてて、お強くて、尊敬できるかたなのに、プライベートではこんなにだめ人間なの?

 なんだが、私が怒っているのがバカみたいね。


 笑えてくるわ。


 ライナー様、意外に可愛いわね。




「ライナー様はもう少し私と話すべきだわ! 私、相手の話しはきちんと聞きます。その上で判断いたします。今回みたいに何も言わず、あんなものを見せられたら不信感しかありませんわ。だけど、私も反省いたします。逃げずにライナー様を問い詰めればよかったですわ。女々しくも落ち込んでしまいましたもの⋯⋯」



 あっ! しまった⋯⋯! 余計なことを言ってしまったわ!


 ちらりとライナー様を見ると、それはもう嬉しそうな眩しい笑顔を浮かべていた!


 喜ばせてしまったわ!



「私が他の女と逢瀬を楽しんでいると勘違いして落ち込んでくれたのか?」

「えっと⋯⋯、はい、そうです⋯⋯」



 あぁ!! もう恥ずかしいわ!

 けど、私も意地を張りすぎたのが悪いのだし⋯⋯。

 それでも恥ずかしすぎるわ!



「嬉しいな! これからはもっとお互いの事を話して、もっと仲を深めていきたい。今日から改めてやり直したいがいいかな?」

「かまいませんわ。ライナー様、改めてよろしくお願い致しますわ」

「あぁ、こちらこそよろしく、エレ」





 結婚式から始まったドタバタ劇は、こうして幕を閉じたのだった。




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入れ替わりから始まる恋愛劇 月陽 @tuki_hi

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