第56話「開店」

 結論からいうと、フロート商会ルトゥール支店の開店は何とか無事に準備が準備が整った。

 水晶の渓谷から帰った後、私は錬金術を行使。巨大な遠景の水晶球を三つほど作成した。また、それとは別に通常サイズのものも十個ほど製造した。カザリンの中では既に展示の仕方が決まっていて、それに従った感じだ。


 一瞬焦ったのは、できあがった水晶球が錬金室の出入り口ギリギリの大きさだったことだ。用意したレシピでできるだけ頑張ってみたんだけれど、完成して運ぶ段になって問題に気づいた。

 巨大水晶は運良く入り口を通過し、フロート商会の人達にも手伝ってもらい、無事出荷。大物を作る際の勉強になった。輸送まで考慮してなかったのは、私の経験不足だ。


 そんなわけで、水晶の渓谷から帰って十日後、カザリンが支店長を務める店は無事にオープンした。


「この短期間で改装するなんて、本当に凄いわね」


「元の建築を極力生かしたから何とかなったってカザリンさんが言ってたね。そういう建物を選んだって」


 私達は、カザリンの招きで支店の店内にやってきていた。

 石造りの建物は、外壁を新しい色に塗り替えられ見た目を一新。店内も床や壁は元の雰囲気を保ったまま、展示台などを余裕を持った感覚で再配置。全体的に落ちついた色調に整えられ、高級感のある店になっている。


 開店初日の今日は人でいっぱいだ。スタートは成功といってもいいだろう。


 なにより目を引くのは中央フロアに設置されている遠景の水晶球だ。中心に人の上半身くらいある三つが配置され、周囲には十個の通常サイズのものが囲むように配置されている。

 

「いやはや、頑張った甲斐があったわ」


「……イルマ、それもう三度目だよ」


 水晶球を見ながらニヤニヤする私を見て、トラヤがじっとりとした目で言ってきた。

 この展示には魔境の各所の風景が映し出されている。実は冒険者組合と協力して、昨日まで風景を収集していたんだけれど、上手くいってよかった。


 各水晶の近くには説明が書かれた金属製のプレートが設置されていて、必要なら店員さんから説明を受けることができる。

 なにより私にとって大事なのは、巨大水晶の台座の部分に書かれた『製作者:イルマ・ティンカーレ』というプレートである。


 ようやく戦い以外で実績を出した。これを見るとそんな気分になるのである。


「うんうん、錬金術師なんだからこういう仕事もしないとね。嬉しいわ」


 巨大水晶の中に映る『ドラゴンのいた魔境』の景色を眺めながら、私は満足感に浸っていた。


「イルマが嬉しいのは良いことだよ。でも、ここの説明文にしっかりイルマも手伝ってドラゴンを倒したことが書かれてるんだよね」


「……別に私一人で倒したわけじゃないのに」


 カザリンのはからいか、私がドラゴン退治をしたことはしっかりと書かれていた。たまに説明を聞いたお客さんが私の方を見て驚いた様子を見せたりする。

 一度ドラゴンスレイヤーの称号を得た以上、逃れられないということか……。


 確実に一生ついて回る称号を得てしまったことについて考えていると、眼鏡をかけた店員さんがやってきた。


「お二人とも、楽しんで頂いておりますか?」


 声をかけてきたのは、カザリンの秘書を務める女性だ。なんでも最初の赴任先時代からの相棒で、非常に事務処理能力が高いとか。おかげでカザリンが安心して外に出れるそうだ。


「はい。楽しんでます!」


「良い仕事をさせてもらって感謝してます。無事に開店できて良かったですね」


「この後、お食事の用意もしておりますので、是非ご参加ください。それと、個人的にお礼を申し上げます」


 いきなり頭を下げた秘書さんに、私とトラヤは怪訝な顔をしてしまった。お礼なら、水晶を作った後に言われている。


「カザリン様は一族の中では傍流にあたりまして、少々冷遇されていました。この支店の件も、できそうにない仕事を回されたという気配がありまして」


「そんなことになってたんですか。無茶な仕事をしてるなと思ったら……」


 そういえば、最初に地方の零細支店に配置されたとも言っていた。考えてみれば、経営者一族の人間に対してはおかしな話だ。まるで遠ざけてるみたいだし。


「このルトゥール支店の仕事が、カザリン様にとって転機になる気がします。勝手なお願いですが、これからもお力添えを頂ければ……」


「もちろん、できるだけのことはしますよ」


「わたしもわたしも!」


 再び頭を下げた秘書さんに答えていると、カザリンがやって来た。さっきまで、下宿先の子供を相手に店内を案内していたけれど、終わったみたいだ。


「どうやら、余計な話を聞いてしまったようですわね」


「わかるんだ。家のこと、聞いちゃった」


「なんとなく、そんな顔をしていますもの。お二人とも、私の個人的事情は気にしないでくさいまし。……困った時には頼らせていただきますので」


 丁寧な所作で一礼するカザリンに、私とトラヤは笑顔で答える。


「もちろん、困ってない時だって、頼ってくれていいわ」

 

「戦う依頼ばかりだとイルマが起こるから、ほどほどにね」


 それを聞いたカザリンが、楽しそうに笑った。


「楽しい日々になりそうで、嬉しいですわ」


 こうして、私のルトゥールでの生活に懐かしい友人が加わった。

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