第57話「穏やかな日々とあの人達」

 私の日常は落ちついた。カザリンの店が無事にオープンして少したつと缶ポーションが入荷、それに合わせてフロート商会の流通網から各種素材がルトゥールに入るようになった。

 缶ポーション以外にも色々と作ってフェニアさんの店に納品していたけれど、それも少し減ることになった。

 普通なら収入が心配になるところだけど、今回は心配ない。そのうち缶ポーション生産による権利料金が入ってくるはずだ。食べていくだけなら全然なんとかなるのだ。


 私はできた時間を採取と錬金術に費やすことにした。水晶の渓谷に行ったことを除けば、トラヤと出かける久しぶりのおでかけだ。

 四節の森など、懐かしい場所にでかけて素材を採取し、いい気分転換になった。


「さて、どうしたもんか……」


 そして、工房で途方にくれる私である。

 仕事ばかりしてたせいで、こういう時に何をすれば良いか忘れてしまった。

 リベッタさんのところに相談に行こうか、それとも何か作ってみようか、色々と考えているうちに、家にあるレシピを見返していた。


 ハンナ先生が送ってくれた塔のレシピ集にはまだ試してない錬金具や技術が沢山ある。読んでいるとやりたいことが増えてくる。

 レシピ集に付箋代わりの紙をはさみ、思いついたアイデアをメモしているうちに楽しくなってきた。

 これでより強力な爆破ができるはず。いや駄目だ。それだと武闘派扱いが変わらない。もう少し平和的なものにしよう。


 平和的な錬金具を作る。いつの間にか私はそんな目標を得つつあった。


「こんにちは。あら、トラヤさん一人のようですわね」


 作業が一段落した良いタイミングでカザリンがやってきた。


「トラヤなら、フェニアさんの店に行くって言ってたわよ。なんか用があって呼ばれたらしいの」


「あら、そうでしたの。イルマさんだけなのが珍しくて、お仕事の調子はいかがです?」


「おかげ様で余裕ができたんでレシピの再検討。今度は平和的な錬金具とか作りたいなって思ったところ」


「……平和。また、イルマさんにとっては難題を選びましたわね」


「どういう意味よ。私だってそういう錬金具くらい作れるわ。というか、店はいいの。支店長なのに」


 時刻は午後になったばかり。ピークではないとはいえ、開いたばかりの店にいないのは良くないのではないだろうか。


「このくらい平気ですわ。優秀な部下が揃っておりますもの。では、失礼。私もフェニアさんのお店に用がありますので」


 私の挑発的な言い方に乗ることなく、カザリンはあっさりと去って行った。解せない、いつもなら少し言い争って行くのに。


 微妙な違和感を感じつつ、お茶を淹れて一服していると、今度はセラさんがやってきた。

 セラさんはルトゥール所属の冒険者でかなりの腕利きだ。魔境の調査などでよくトラヤと一緒に行動していて、たまに工房にもやってくる。缶ポーションを最初に褒めてくれたのもこの人だった。


「おや、イルマ嬢一人とは珍しい。トラヤ嬢は不在か」


「トラヤならフェニアさんのお店ですよ」


 なんだか今日はトラヤ目当ての来客が多いな。ちょっと珍しい。


「む、フェニア氏の店か。ならいい。いや、ちょっと仕事の話に来ただけなんだ。すまないね。そうだ、缶ポーション、フロート商会で置くようになったそうだな。おめでとう」


「ありがとうございます。あ、セラさんの依頼だったら個人的に受けますんで、言ってくださいね」


 ドラゴンスレイヤーで有名になった後、工房にお客さんが来て大変になった時期がある。今は冒険者組合を通してどうしてもという依頼しか受けないようにしているんだけど、セラさんなら話は別だ。


「お気遣い感謝する。多分、魔境探索時にお願いするだろう。高級なのは組合経由だな」


 嬉しそうに笑いながら、セラさんは店を去って行った。なんでも、フェニアさんの店に行くらしい。


「カザリンもセラさんもフェニアさんの店か……」


 一人になった私はなにか引っかかるものを感じて考え込む。

 あの二人がフェニアさんと仲が良いのはわかる。こう、なんというか、女の子を愛でるのが好きな人達なのだ。そして、トラヤは結構可愛い。フェニアさんが最初に凄い反応をしてた。


 ……危険じゃないだろうか。


「念のため、見にいこう……」


 私は慌ててフェニアさんの店に向かった。


 数十分後、トラヤに色々な服を着せて記録の水晶板に記録しまくっているフェニアさんと他二人を店内で発見した。

 とりあえず没収して説教しようとしたところをトラヤに止められた。


「変なことっていうのがわからないけど、色んな服を着て記録に残すのは楽しいよ。イルマもやろう」


 ……無邪気に言うトラヤに、私は逆らえなかった。


 なお、後日、フェニアさん達にしっかりと釘を刺しておいた。

 私達の個人情報を商売に利用するのは厳禁であると。爆裂球片手にお話したら、快く承諾してくれた。

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