第55話「新しい発想」

 渓谷の奥地から現れた大型の巨人は、見上げる程の巨体を持っていた。三階建ての建物くらいはある。高さに合わせて横幅も大きくなるため、小さいドラゴンくらいの巨体を持っていた。


「まだ距離があるのに、すでに恐いくらい大きいですわね」


「まず、足止めしなきゃだね!」


 まだ距離があるうちに、トラヤとカザリンが動いた。


「とにかく、動きを止めるよ!」


 トラヤが杖を水晶の巨人の足下に向けて叫ぶと、先端の宝玉が煌めき、魔法が発動する。

 巨人達の足下がとたんにぬかるみ、ゆっくりと沈んでいく。

 ぬかるみに足をとらわた巨人達は、明らかに速度が遅くなった。


「凄い力。自分の重さで進めなくなると思ったんだけど……」


 杖を巨人に向けながら、トラヤが驚きながら言った。


「そのまま魔法を維持してくださいまし。これもでどうですの!」


 今度はカザリンが腰のバッグから四角い金属製の錬金具を取り出した。

 数は三つ。次々と錬金杖の先端とぶつけて起動してから放り投げる。


「発動ですわ!」


 かけ声と同時、沼にはまる水晶の巨人達の前に、青い力場の壁が発生した。

 主に防御用の結界を張る錬金具だけど、それを壁として利用したみたいだ。巨人達は突然できた壁で完全に動きを止めた。


「さすが、錬金具の扱いが上手いわね」


 作業をしながら見ていた私が褒めると、カザリンがまんざらでもなさそうな顔をした。


「錬金術の腕はともかく、使うことについては自信がありますの。ところで、イルマさん、なにしてますの?」


「爆破の準備」


 二人が足止めしている間に私が何をしているのかというと、背中のリュックを降ろして錬金具の設置である。


 取り出したのは長方形をした箱状の錬金具。地面に立てるための足が四本ついており、長方形の面はわずかに曲がっている。


「宝玉がついてるのが裏、と……」


 設置に失敗すると大惨事なので、よく確認してから置いていく。なにもない面を巨人達に向けて、裏にある発動用の宝玉がこちらに見えるように。


「イルマ、まだなの! あいつら凄い勢いで壁を殴ってるんだけど!」


「まずいですわね、持ちませんわ」


 見れば、水晶の巨人達が力技で強引に近寄ろうとしていた。巨大な拳でカザリンの作った結界の破壊を試みている。水晶と結界がぶつかるたびに派手な魔力の光が散る。たしかにこれは長く保たない。


 でも、こちらの準備は整っている。


「二人とも、私よりうしろに下がって。いけるから」


 トラヤとカザリンが少し後ろに下がると同時、結界が破られた。トラヤはまだ足場をぬかるませる魔法を維持しているけど、相手の力の方が強い。


 ゆっくりと水晶の巨人が近づいて、向こうがもう少しで私を捉えることができる距離まで来た時、


「今だ! 発動!」


 叫びと共に、私は地面に設置した錬金具を発動した。

 錬金杖の先端で裏側の宝玉に触れた瞬間、それは起きる。


 視界全てを覆うように見えていた、水晶の巨人達に向かって、錬金具が爆炎をあげた。

 音と光は合計三回。少し時間差がある。

 軽い爆発音の後に訪れるのは、無数の爆炎だ。

 

 私が設置したのは新型の範囲型爆裂球。四角い箱のなかにおさめた無数の爆裂球が飛び出し、相手に接触した瞬間次々と発動するという代物だ。


 超高速で打ち出された爆裂球がで敵を砕いたあとその場で爆発する。一つ一つの威力は私から見ればそれなり程度だが、直撃する数が増えれば話は別だ。


 広範囲に飛び出した爆裂球は、なんの備えもなかった水晶の巨人達に直撃。

 私の眼前が、爆破の輝きに満たされた。うん、範囲も結構とれていいわね。


「な、なにが起こってますの?」


「わからないけど、滅茶苦茶なことをやったのはわかるよ。あ、でも一つ、後ろにいるのがまだ元気っぽい!」


 爆発はすぐにおさまり、トラヤの言葉の意味がわかった。

 渓谷の道が広いと言っても大型巨人が横並びに歩けるわけじゃない。前にいた二体は今のでボロボロになって崩れ落ちていくが、比較的健在な最後の一つが現れた。


「さすがに全部は虫の良い話よね……!」


 腰のバッグから別の錬金具を取り出す。見た目はダーツの矢みたいなもので、先端が丸く膨らんでいる。

 二つとりだしたそれを、錬金杖と接触させると、落ちついて水晶の巨人に向けて投げる。


 見た目の形状通り、よく飛んだ錬金具二つはは水晶の巨人の表面にぶつかる。それぞれ、腹と胸の辺り。狙い通りの場所に飛んでいき、錬金具は発動した。


 一瞬光った後、錬金具から爆炎が発生し、それは真っ直ぐ水晶の巨人を貫いた。

 小さな錬金具だけど、爆発は大きめだ。巨人の腹と胸に大きな穴が空いた。


「………」


 もの言わぬ水晶巨人は、そのまま進むこと叶わず、地面に向かって崩れ落ちた。

 体の大部分を削られただけじゃなく、熱によるダメージもあったはず。実際、断面は高温で赤熱している。


「うん、上手くいったわね。どうだった?」


 久しぶりの爆破に感想を聞くべく友人二人を振りかえると、それぞれ目を点にしていた。


「なにをしたんですの、今のは……」


「普通じゃなかったよね」


 なるほど。正体がわからなくて戸惑っているようだ。


「最初に置いたのは、広範囲炸裂型の新型爆裂球よ。一度に沢山の敵を巻き込めるよう、無数の爆裂球が飛び出して炸裂するの。次に投げたのは指向性の爆破をするやつなのよ。先端が触れた箇所に向けて、超高温、超高速の爆破の力が吹き出すの」


 特に苦労したのは後者だ。威力や指向性を安定させるため、何度もレシピを調整した。トラヤのいない時にこっそりテストしてたんだけど、驚きようから見てその甲斐はあったみたい。


「恐ろしい……。発想が錬金術師や冒険者ではなく、戦争屋ですわ」


「イルマに良心があってホントに良かったって思うよ」


 なんだかとても失礼なことを言われている。


「ちゃんと倒せたんだからいいじゃない。さ、行きましょ。今の音で他にも集まってくると厄介だから」


「そうだね……。イルマと遭遇すると可哀想だし」


「地形を変えるような大爆発をしないだけ、分別がついたと思いますわ」


「……帰ったらゆっくり話しましょうね、二人とも」


 色々と言い返したかったけど、今は急ぎだ。私はどうにか心を穏やかに保ち、トラヤの先導に従って帰途についた。

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