第54話「新たな採取地」
魔法使いは魔境に強い。彼らは私達にはない感覚で魔境を歩くことができるという。
その言葉は真実だ。
トラヤのおかげで私たちは水晶巨人を避けながら採取地に到着した。
岩陰に隠れ、大きな裂け目といった具合の岩盤の近くを私達は観察していた。
「あそこが報告にあった採取地なんだけど……」
「結構大きな巨人がいますわね」
「組合じゃじっと待って隙を見て採取するのを推奨してるのよね」
視線の先には、二体の水晶巨人がいた。大きさは人間の三倍以上。高さに合わせて横幅も広いので、とても大きい。ドラゴンほどじゃないけど、威圧感がある。
「どうする、やっつけちゃう?」
「二体くらいなら可能だけれど……」
「結構凄いこといいますのね。二体でも十分危険ですのに」
事前に水晶巨人と遭遇することを想定しているので、対策用の錬金具は持ち込んでいる。トラヤの魔法と私の爆破があれば、二体くらいなんとかなる。カザリンも口ではああ言ってるが、足止めくらいは十分できるはずだ。
「……あそこ、すでに冒険者が入った場所なのよね」
対処はできる。しかし、十分な収穫があるかが問題だ。
魔境の採取地は時間をおけば何度も素材がとれることが多いが、希少な素材はそのサイクルが長い。そして、虹の水晶石はその希少素材だ。
「じゃあ、他の場所がないか調べてみるね。ちょっと集中するから、周り見てて」
そういうと、トラヤは両目を閉じて杖を目の前に掲げた。僅かだが、杖の宝玉が輝く。
「なにをしているんですの?」
「魔法使いって魔力を感知できるみたいなの。普段から色々と見えてるらしいんだけど、集中すればもっと広く細かく探れるんだって」
それは私達にはない感覚だ。魔法使いが種族として人間と少し違うという説は、こういうところから来ている。
「さすが、ですわね」
「……そんなことないよ。二人だって、錬金室の中なら空間の中の魔力を自由に扱えるでしょ。それに近いことができるだけ」
錬金室で杖を振るっている時、空間全体を掌握している不思議な感覚に陥ることがある。杖を振って、室内の光を自在に操っているあの瞬間だ。
トラヤは常にそれに近いことをしているということだけど、それは結構とんでもないことだと思う。
「なんとなくはわかりますが。それだと魔法使いにとっては世界全てが錬金室みたいなものということになりますわね」
「実際、そうだったんでしょうね。魔境なんてものを作ったんだから。トラヤ、どう?」
「うん。近くに採取できそうな場所があったよ。案内するね。それと、魔法使いは何でも好き勝手できるわけじゃない。できなかったから、こんな風になってるんだ」
一瞬、悲しい表情になってから、トラヤは私達の先導を始めた。
新しい採取地はすぐそばだった。裂け目などなく、壁となる岩盤が広くなっている通路のような場所。その道沿いに虹の水晶石が露出している場所があった。たまたま、まだ冒険者が来ていなかったんだろう。
「やりましたわ! これだけあれば、相当なものが作れるはずですわ!」
「そうね。人間の上半身くらいあるのをいくつか作れるかも」
「やった。それじゃ、早く持ち帰っちゃお。多分、この辺りは危険な場所の入り口だから」
トラヤがとんでもないことを言いだしたので、私達は慌てて採取を始めた。
虹の水晶石は、名前の通りの石だ。水晶のように透き通っていて、中では七色の火花が散っている。石自体が強い魔力を持って姿を変えた特殊な鉱石である。
私たちはそれを遠慮無く採取する。手に持てる程度のものはそのままバッグに。大きなものは錬金杖や専用の錬金具で砕いていく。
三人いるので効率もいいのだけれど、なかなか時間がかかる。
こういう単純作業はつい集中してしまいがちだ。
だから、トラヤが水晶巨人が接近していることに気づくのが遅れたのも無理はない。
「まずい。奥の方から大きいのが走ってきてる」
あらかた採取を終えて、バッグが重くなったところでトラヤがそんな事を言いだした。
渓谷の更に奥から、これまで聞いたことがない大きな音が聞こえる。それも、複数だ。
「大型の巨人が三体接近してきてる。ごめん、気づくの遅れた」
迎撃のために慌てて杖を掲げるトラヤ。それを見たカザリンは採取を切り上げ、自分のバッグから錬金具を用意し始める。
「仕方ありませんわ。ところで、巨人は狙いを定めた感じでしょうか?」
石巨人には狙った獲物を追い続ける習性がある。目や耳といった感覚器がないくせに、大きくなるほど探知できる範囲は広くなるという。
「うん。真っ直ぐわたし達を狙ってるよ」
「じゃあ、迎撃ね。離脱はその後」
私はバッグを降ろす。大型三体、それくらいなら何とかなるはず。
「二人とも、少しだけ時間を稼いでくれる?」
近づく足音を聞きながら、私は戦う準備を開始した。
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