第53話「水晶の渓谷」

 水晶の渓谷。ドラゴンのいた魔境の道中に最近突如出現した新しい魔境だ。

 まだ全てを探索したわけではないけれど、固い岩盤が剥き出しの谷底ののような地形が続く場所である。

 谷底というが道はかなり広い。馬車のすれ違いくらい簡単にできそうな剥き出しの地面は結構歩きやすい。ただ、断崖のような岸壁が視界を狭めるので圧迫感はある。 

 岩盤からは様々な色合いの岩石が顔を出す箇所があり、そこを割ると変わった鉱石が手に入る。


 ここが水晶の渓谷と名付けられたのは、奥に進むにつれて、特殊な水晶が露出する箇所が多く見られたからだ。

 多くの魔力を含んだ、魔境特有の水晶は結構種類が多い。

 その中でも七色の光が灯る、虹の水晶石と呼ばれるものは特に素材として優れている。

 今回の私達の狙いはそれである。


「一緒に来いって言ったのは私だけど、普通に来れちゃっていいの?」


 私はついて来たカザリンに問いかける。


 魔境に来るということで、カザリンの見た目もいつもと違う。動きやすいように髪を後ろにまとめ、錬金服の上に軽そうな素材の短めのマントを羽織っている。背中には大きめのリュック。

 一番の特徴はその手に持つ錬金杖だ。私の折りたたみ型の簡素なものと違って、長くて太い。宝玉のはまった先端はメイスのようなごつい形状をしている。


「問題ないですの。採取自体は学院を出てからも頻繁に行っていましたので」


「そうなんだ。お店の経営とかに専念してるって思ってた」


「最初の配属先がド田舎……地方の寂れた店舗でしたの。販売する商品もないので、自力で採取して錬金したものですわ」


 カザリンが錬金杖を見ながら懐かしそうに言った。あの錬金杖、学生時代のものより頑丈で重くなってるように見える。かなり強くなってるみたいね。


「フロート商会って、結構な現場主義なのね。会長の孫をそんな扱いなんて」


「色々と事情があるんですわ。でも、良い勉強になりましたの。おかげでこうしてイルマさんの採取にも付き合えますし」


 私が同行を頼むくらいにはカザリンは強い。恵まれた体躯で打撃武器と化した錬金杖を振り回すのだ。お嬢様だから着ている装備も良いものだし、戦いの勘もいい、素材の目利きもできる。

 行動力もあって意外と頼りになるお嬢様。彼女の立ち位置は今も変わらない。


「大きい水晶を作るなら、素材を運ぶ人は多い方がいいし、カザリンの目利きは信頼できるし助かるわ」


「それはご期待くださいませ。より良い素材を選んで見せましょう」


 それに今はトラヤもいる。魔法使いの彼女は良い素材産出場所を見つけるのが得意だ。


「……二人とも、止まって。静かに隠れよう」


 ずっと黙っていたトラヤが急に立ち止まって私達に言った。魔法使いの杖を構え、警戒態勢に入る。

 私とカザリンも腰に着けたバッグに手を突っ込む。臨戦態勢だ。


「水晶巨人だよ。小さいけれど」


 近くの岩陰に隠れていると、言葉通りのものが来た。


 人間の背丈の二倍はある、水晶で出来た巨人。淀んだ色の水晶が組み合わさった、不格好な人型がのしのし歩いている。

 これが、水晶の渓谷最大の脅威、水晶巨人である。

 

 分類としては石巨人の亜種。魔境の中で自然物がなんらかの影響を受けて誕生する魔獣だ。魔法使いが守護者として作り出すゴーレムの原型だという。

 通常の石巨人でも頑丈で力が強く、厄介な存在だというのに、水晶巨人は魔力まで内包している。結構な強敵である。


「虹の水晶石が採れる場所は、あれが沢山いるんですのよね」


「石巨人は魔力の濃い場所が好きだから、居心地がいいんだよ、きっと」


 私達が目的を果たすためには、水晶巨人の巣とも言える場所に踏み込まなければならない。確実に戦闘になるだろう。

 魔法使いが一人に錬金術師が二人いるとはいえ、相手にできる数には限りがある。


「いよいと目的地が近づいてきたわけですが。あれで小型なのですよね」


 私達の存在に気づかず歩き去って行く水晶巨人を見て、カザリンが息を吐いた。

 採取地にいる巨人は、更にあの倍はあり、しかも複数が目撃されている。しかも、縄張りに入ってきた人間に対して攻撃的だ。


「なんとかできる準備はしてきたから、やれるわよ。最悪、トラヤに捕まって空に逃げる」


「三人は大変だけど、頑張るよ」


 逃走方法までちゃんと確保してる。あとは、どうにか上手くやるだけだ。

 

「トラヤ、案内お願いできる?」


「うん。できるだけ安全そうな道を行こう」


 魔境を歩くのに魔法使いほど頼もしい存在はいない。地図も無しに、トラヤは私達を導いてくれる。

 群れを作らない、小型の水晶巨人を避けながら、私達は採取地へと向かうのだった。

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