第50話「邂逅してしまった二人」
フロート商会ルトゥール支店予定地の事務所に現れたフェニアさんを見て、私は驚いていた。
様子がいつもと違う。緊張感がある。
いつもの気が抜けた表情と違って、しっかりとした大人の女性らしい佇まい。着ている服も髪型も変わらないのに、顔つきだけでここまで雰囲気が変わるものかというくらい違う。
「はじめまして、カザリンさん。お会いできて光栄です」
私達の姿が目に入っているだろうに、それを感じさせない態度でフェニアさんが頭を下げる。
対して、カザリンはそれまでと変わらず、穏やかに応じる。
「こちらこそ。お会いできて嬉しいですわ」
そういうと、書類を一枚出して、フェニアさんの前まで歩いて持っていく。
「開店準備中なもので、こんな場所で申し訳ありませんわ。ですが、良いお話をお持ちしましたの」
そう言って手渡された書類に、フェニアさんが素速く目を通す。
「缶ポーションの仕入れ……。うぇぇ、こ、こんな金額でいいの?」
あ、いつものフェニアさんに戻った。
「フロート商会で量産するんですもの、こちらのイルマさんが一人で作るより、安くなるのは当たり前ですわ。それとその価格、この支店の仕入れとほぼ同じ価格にしてありますの。もともとそちらで扱い始めた商品ですものね」
つまり、ほぼフロート商会の仕入れ値ギリギリが提示されたわけだ。カザリンなりの誠意ということだろう。
果たして、それがフェニアさんに伝わるかどうか。
「喜んで仕入れさせて頂きます。良かったわね、イルマ」
即答だった。まあ、私が作るより圧倒的に安いだろうから当然か。
「良かったですわ。断られたらどうしようかと思っていましたの」
「そんなことあるの? 相当な条件でしょ?」
もう口出ししても良さそうな雰囲気になったので私が言うと、カザリンはちょっと疲れた顔になった。
「大きな商会から言われるのが気に入らないと意地になるお店もありますの。歴史と伝統がある錬金具のお店には敬意を払っているつもりなのですが、難しいですわ」
仕事の苦労を偲ばせながら言った後、明るい表情になってカザリンはフェニアさんを見た。
「それはそれとして、フェニアさん、お仕事の時間は終わりにしましょう。実は前からお会いしたかったんですわ。ルトゥールのフェニアの店といえばちょっと有名ですもの」
「さすがはフロート商会。そんな情報まで知っているとは」
「イルマさんが最初に取引を始めたと聞いたとき、どうなるかと心配でしたのよ」
「え、なんでそんなことまで把握してるの?」
まるで私がこの町に来た直後のことを知ってるような口ぶりだ。思わず口を挟まずにいられない。
「…………」
「カザリン、答えなさい」
あからさまに目を逸らしたカザリンにちょっと凄むと、若き支店長は視線をしばらく宙に彷徨わせてから、弱々しい声で語り出す。
「錬金術の塔は厳しいと聞きますし、入った同級生のことをたまに気にするくらいのことはしておりましたの。その流れですわ……」
どうやら、私のことを気にかけてくれていた人がここにもいたようだ。情報が具体的なのは、フロート商会の情報網を使っていたからだろう。
「結果的に、良い形に収まってくれて良かったですわ。塔を出た時は声をかけにいくか迷いましたの」
遠慮がちにカザリンはそう付け加えた。顔に赤みがさして、照れている。掛け値無しの本音だ。
「凄いやさしい人だね、カザリンさん。すごい友達だ。来てくれて良かったね、イルマ」
「うん、ほんとそう思う」
トラヤの遠慮無い言葉に、カザリンの顔が真っ赤になった。
「……なかなか良い光景ね。水を差したくないから、私達の話は後にしましょう。良ければ後でお店に来てくれます?」
横で見ていたフェニアさんの提案に、カザリンが頷きつつ答える。
「ええ、そうさせて貰いますわ。そしてお持ちします……秘蔵の記録の水晶板を」
最後の一言にフェニアさんが邪悪な笑みで反応した。
「ねぇ、カザリンさんって、もしかして……」
「それ以上詮索しちゃ駄目よ。普通に関わる限りは無害だから。多分」
トラヤをこれ以上彼女達に関わらせないため、釘を刺す。この子がうっかり関わってしまわないように見張らなければ。それも私の仕事だ。
カザリン・フロート。フロート商会の娘にして、ルトゥール支店の支店長。
そして、学生時代、錬金術学院の女の子の映像を納めた記録の水晶板を販売していた、張本人である。
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