第49話「大量生産」

 フロート商会ルトゥール支店は、町の中心部にあった。

 冒険者組合の近く、そこにあった大きめの商店を買取り、現在改装中だ。

 古くて頑丈そうな建物は、そこかしこに職人がはりついて作業中。


 そんな賑やかな現場の二階に私とトラヤはいた。

 カザリンと再会して三日後、色々と落ち着いたので来て欲しいと呼び出されたのである。


「一階は凄かったけれど、二階もある意味凄いんだね」


 二階にあがったトラヤが、そう感想を漏らす。

 オープン後に主に使うのは店舗一階。そこはすでに完成寸前で、建物の歴史と空間を生かした、豪華な内装になっていた。

 対して今いる二階はなにもない。あるのは壁とドアと柱と床。商売っ気も生活感も感じない空間が広がっている。


「驚いたでしょう。でも、手を入れていなければこんなものですわ」


 そういうカザリンの後ろには簡素な机と椅子が見える。書類の束が置かれているのを見るに、そこで作業をしているようだ。


「ルトゥールの魔境活性化に合わせての出店だから、全てが急ですの。一月以内にどうにか体裁を整えて一階部分だけでオープンですわね」


「それ、すっごい早いわね。商品とか間に合うの?」


「有能な秘書が商品と一緒に到着予定ですのよ。ご心配なく」


 なるほど。フロート家はカザリンの欠点を補う人材をちゃんと用意しているようだ。


「カザリンさん、お嬢様だと思ってたけど、こういうところで働くんだね」


「お嬢様といっても商人ですから。最初は地方の支店で一から勉強したり、魔境に入ったりでそれなりに経験を積みましたのよ」


 笑顔でトラヤにいうカザリンだが、その言葉以上に色々なことがあったのだろう。こういう落ち着いた態度は、学生時代ではあまり見られなかった。


「なるほどね。支店を任されるくらい頑張ったんだ。さすがね、カザリン」


「イルマさんに褒められるのは嬉しいですわね。錬金術では一歩も及びませんでしたから」


「そんなことないと思うけれど。私だって、運良く特級になれたようなものだし」


「謙遜することありませんわ。学生時代だって、皆のために危険な……と、つい懐かしい話ばかりしていけませんわね」


「今、なにを話そうなことしたの? イルマが危険なことした話?」


「その話はまた今度ね、トラヤ」


 危うく私が学生時代に暴れた話が始まるところだった。話を途中で打ち切ったカザリンには感謝しかない。


「今日お呼びしたのは、お仕事の件ですわ。この三日で、缶ポーションのことを調べさせて頂きました。……結論から言うと、どうにかなると思いますわ」


「…………」


「…………」


 いきなり出た明るい結論に、私とトラヤはしばし絶句した後、順番に口を開く。


「すごい! やっぱり凄い人なんだね、カザリンさん!」


「早すぎない? どうやって確認したのよ」


 素直に褒めるトラヤに、訝しむ私。単に確認といっても色々と面倒なのを知っているので、反応に差がでた形だ。


「一応、それなりの規模の商会ですから。連絡の手段はいくつもあります。錬金具で通信もできますのよ。それで、本店経由で確認して頂きましたの。どうやら缶ポーションはイルマさんともう一人の名義で申請が行われているみたいですわね」


 言いながら、通信で聞き取ったことを書いたらしいメモを見せられた。綺麗な書体で申請者や、今後の見通しなどが書かれている。


「もう一人は多分、缶を開ける機構を考えた人ね」


 そこに書かれた名前には見覚えがあった。たしか錬金術の塔に所属している人だったから、ハンナ先生が色々と手配してくれたんだろう。私に代わって師匠に事務仕事をさせてしまった。ありがたいやら申し訳ないやらだ。


「申請は少し前に出されていて、もう承認寸前らしいですの。レシピの規模的に私の権限でどうにかできそうだったので、優先権の取得をお願いしておきましたわ」


「だ、大丈夫なの? 便利だけど凄い地味な商品よ?」


 話が上手くいきすぎてて恐くなる。大商会での量産ということは、相当な金額が動くということだ。私のレシピでそうなるのが、今更ながらちょっと気が引ける。


「ご安心を。私だけでなく、本店でも内容を確認して承認されましたの。最初は近くの町の大工房で少しだけ生産。ルトゥールとその近辺で売り出して、様子を見つつ増産となる予定ですわ」


「良かったね、イルマ! きっと凄く売れると思うよ!」


「私もそう思います。すでにルトゥールでは評判になっているようですから」


 何枚か書類をめくりながらカザリンが言った。ちらっと見えたが、冒険者や他の店舗などへのリサーチ情報が書かれているようだった。会って三日とは思えないくらい働いている。


「本当にこの仕事が向いてたのね、あなた。凄いわ」


「もっと言ってくださいまし。イルマさんに褒められるのは気分が良いですの」


 私の心からの言葉に、朗らかに笑うカザリン。結構な仕事量だったはずだ、見た目もしっかりきめてるけど、疲れているはず。後で回復ポーションでも渡しておこう。


「そういえば、フェニアさんのお店はどうなるの?」


 トラヤのそんな質問が飛びだした。たしかに、気になるだろう。


「フロート商会で量産したものを仕入れるようになるわね。その辺、価格とかどうなるのかしら?」


 商会で量産されるなら、私が錬金術で缶ポーションを作る必要はほぼなくなる。大工房では数十人の錬金術師が一斉に錬金できる巨大な錬金室や錬金釜が用意されており、文字通り大量生産されるのだから。


 となると、あとは私の友人にして缶ポーション普及の功労者であるフェニアさんのお店がどうなるかだけれど。


「ご心配なく。損はさせませんわ。うちの商会と同じ金額で販売できるように調整しますわ。その打ち合わせも、すぐできますの」


「すぐ?」

 

 意味ありげにカザリンが言うと同時、階段を上がって入ってくる影があった。

 補強されたエプロンを着た、見慣れた人影。肩からかけた大きめの鞄は中身で膨らんでいる。


「こんにちは。フェニアです。ご指定の時間に参りました」


 私達がいるのに気づいていながら、よそいきの顔と声音でフェニアさんが挨拶した。

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