第51話「令嬢からの相談」

 私の仕事は少し落ち着いた。

 カザリンとの商談と呼ぶのもおこがましい交渉があってから八日、仕事の話はどんどん進んで整っていった。


 恐らく、あと十日もすれば缶ポーションの試験生産が始まるはずだ。それがルトゥールに入ってくるようになれば、私が缶ポーションを錬金する量は激減するだろう。


 これで最後とばかりに五日ほど、缶ポーションを作りまくり、フェニアさんとカザリンの店に納品を済ませると、少しだけ時間ができた。久しぶりの余暇である。


「よし、新しいレシピができたわ。これで更に効率よく爆破できるはず」


 そんなわけで、私は工房の机に向かって、新しいレシピを作っては試していた。やはり錬金術は楽しい。特に自分の好きなものを作るときは最高だ。


「イルマ、せっかく時間ができたんだから、もっとのんびりすればいいのに」


「なに言ってるの。仕事をしてる間に思いついたアイデアを試すチャンスなのよ。わかるでしょ、何故か試験中とか忙しい時に限って良い思いつきをするやつ。あれを全解放してるのよ、今」


「爆破関係のレシピばっかりなのがちょっと不安だよ。他のもないと最強の錬金術師のままじゃないかなぁ」


「う……。他のものはこの後考えるわ。やっぱり、最初は慣れたものからにしないとね。私だって、ちょっとお洒落で便利で良い感じのものだって作れるのよ?」


「じゃあ、いい感じのレシピを思いついたら採取に行こうよ。良いもの作る協力したい」


「いいわね。期待してて」


 最近はトラヤと魔境に行く回数も減っていた。それもまた楽しみだ。

 ちなみにトラヤの方は冒険者組合から持って来た魔境のリストに目を通している。気になる場所がないか、魔法使いとして確認してくれと頼まれたそうだ。


「なにか危ない魔境はあった?」


 ルトゥール周辺の魔境は日々変化し続けている。この町に来たばかりの時が嘘のようだ。

 未探索の魔境はとても危険だ。魔獣が封印されていたり、古代の魔法使いの罠が設置されていたりと、なにがあるかわからない。

 そういう意味で、トラヤは大事な仕事をしている。


「一応、気になるところはないかな。よくある地形ばかりみたいだし。でも、危険そうなところとか、一度見てみたい場所も出てきてる。それに、魔境の活性化そのものが気になるね」


 いつもの無邪気さを残しつつ、魔法使いの顔をしてトラヤは言った。


「活性化の原因か、考えたことも無かったな」


 殆どの人は魔境の状態について、天候のように捉えている。つまり、どうなるか予測がつきにくいし、そこに何らかの原因があるなんて思いつかない。


「原因があれば、の話なんだけれどね。大抵の魔境は、自然現象に近い存在になってるって聞いてるし」


 資料を閉じて、トラヤが言った。そろそろ昼食の時間だ。いつもは作って貰うか、どこかで外食なんだけれど、今日は久しぶりに腕を振るおうか。

 一応、少しだけど料理もできるのだ。錬金術で作った錬金バーが一番得意だが。


 そんな風に錬金術以外のことに思いを馳せたとき、工房の扉が開く音がした。


「イルマさん! トラヤさん! おりますの!」


 そして、よく響く声が聞こえた。女性の声で、とても聞き覚えがあるものだ。


 私とトラヤは立ち上がり、慌てて入り口にある店舗スペースに出る。

 そこにいたのは予想通りの人物。金髪の令嬢、カザリン・フロートだった。


「どうしたのカザリン、そんなに慌てて何があったの?」


「お店の準備はいいの? 忙しそうにしてたのに」


 今、フロート商会ルトゥール支店の開店準備は最高潮だ。カザリンの選んだスタッフも到着し、全力で仕事に励んでいる。私とトラヤも邪魔しないように必要なときにだけ、手伝うようにしていた。


「お店の準備は秘書達に任せてきましたの。緊急事態ですので」


 私たちの前まで駆け足でやって来て、深刻な顔で話を続ける。


「開店に会わせて目玉となる錬金具をいくつか用意する予定だったのですけれど、思ったよりも素材の集まりが悪いんですの。計画を急いだのと、ルトゥールでの需要増加が原因ですわ」


「え、それ大丈夫なの?」


 フロート商会は名のある大商会。支店のオープンともなれば、相応の豪華な何かが必要だ。それを用意できないのはまずいのでは。


「よくないですわね。色々誤魔化して、体裁を整えることができるかどうか、その瀬戸際ですわ。それ以上に、約束を守れないことが、私にとっては問題なのですわ」


「約束って?」


 疑問の声をあげるトラヤ、黙る私。なにか、とんでもない約定でもかわしていたのだろうか。


「宿の子供を支店のオープンに呼んでいるんですの。そこで見たこともない数々の錬金具をお見せすると約束したのですわ」


 カザリンは相変わらず、トラヤの前の下宿先に滞在している。

 どうやら、そこの子供と大分仲良くなったみたいだ。


「……すごく良い人だよね。カザリンさんって」


「ええ、自慢の友達よ」


 滅茶苦茶深刻に悩む友人を見ながら、私はそう言うことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る