第45話「忙しい日々」
錬金室にいる時だけ、錬金術師は魔法使いになれる。
魔法使いの友人の言葉だ。
実際、魔法使いが杖を振るって魔法を使っている光景を見ると、たしかに似ているとは思う。
錬金術を作るために設計した部屋の中では、杖の宝玉は光の軌跡を引き、私の意志に答えるように、中心に置かれたレシピにそって素材が加工されていく。
まるで、呪文の詠唱によって魔法が紡がれるようだ。
錬金室の中、輝く杖を振るい、今日も私、イルマ・ティンカーレは錬金を行う。
杖の動きと私の集中力、それに伴って使われる魔力が合わさり、室内を舞い散る輝く粉雪のような光が中央に結していく。
「よし……これで」
調子は悪くない。ルトゥールの町にやってきてからの経験が、私の錬金術師としての腕前を格段に上げている。
「おしまいっ……と」
今日もまた、私は錬金術を成功させた。先日届いた、特級錬金術師の認定証の面目躍如だ。
「うん、いい出来ね」
錬金室の中央にできていたのは、無骨な見た目の金属製の容器に入ったポーション。
私発案の製品、缶ポーションである。できあがったのはその数二十四本。
これで本日四度目の錬金術だが、全て上手くいっている。レシピそのものは簡単なのだが、一度に沢山作るのは難易度が高いのだ。
「イルマ、終わったみたいだね。すぐ準備する?」
言葉と共に錬金室の扉をあけたのは、同居人である魔法使いのトラヤだった。今日はいつもの服の上にエプロンを身につけている。
「うん。ごめんね、家事なんかさせちゃって」
「いいよ。まとめてやった方が効率いいし。イルマが忙しいのはわかってるから」
「ありがと。しかしこの状況、いつまで続くのかしらね……」
できあがった缶ポーションを部屋の外に運びだしながら言う。扉をくぐって、最初に見えるのは壁に貼られた予定表だ。
錬金室の隣にある事務室の壁には、現在受注している仕事が書き込まれた用紙が、大量に貼り付けられている。
「ルトゥールの魔境が活性化しちゃったから。色々おいついてないんだよね」
トラヤの言葉に、私は頷く。壁の用紙に書かれた受注書を一枚取り出し、製造済みのサインをいれる。それから部屋の出口近くに置かれた箱に缶ポーションを入れていく。
「とっとと納品しちゃいましょ。せっかくだから、どこかに寄ろうか?」
「その前に新しい注文が来たりして」
「……本当にありそう」
缶ポーション入りの木箱を二人がかりで外に運び、荷車に乗せる。人間が引くための荷車は、急激に増えた仕事量に対応するため、急遽用意したものだ。
「うん。数は大丈夫。いこう」
受注書の束をもって、トラヤが荷車に乗せた缶ポーションの数を最終確認。それを聞いた私は荷車の前方に着いた持ち手を握りしめる。
「……一応聞くけど、わたしも引くの手伝おうか?」
「このくらいなら平気。それに筋トレになるし。……ぬおおおお!」
我ながら呻き声ともつかない気合いの声に答えるように、荷車がゆっくりと進み始める。車軸周りに新しい油をさした荷車は、進み出せば動きは滑らかだ。
「これ以上注文が増えたら、荷馬車の手配が必要だわ」
歩くよりも少し遅いくらいの速度で荷車を引きながら、横を歩くトラヤに言う。
「わたしはイルマの体が心配だよ。仕事のしすぎで倒れなきゃいいけど」
「気を付けてるから平気よ。でも、魔境の探索に付き合えなくてごめんね」
「今は仕方ないよ。でも、ルトゥール最強の錬金術師に手伝って欲しいって、組合の人達はぼやいてたよ」
「その肩書きは甚だ遺憾だわ」
どうせなら、ルトゥール最高の錬金術師になりたい。最強というのは、いかにも武闘派っぽくて良くないと思う。
「そう言われても仕方ないよ。実績的に」
「……ドラゴン倒しちゃったものね。あ、上り坂。ぬおおおおっ!」
全身の力を込めて、私は納品物を乗せた荷車を引く。目指すは納品先、フェニアさんの錬金具の店だ。
「ちょっと待ってね。わたしも後ろから押すから」
トラヤが慌てて荷車の後ろに回った。すぐに荷物が少しだけ軽くなり、荷車は加速する。
青空の下、大量のポーションを納品に行く。
魔境が活性化し、冒険者が大量に流入した古い錬金都市ルトゥール。
そこに発生した需要に応える錬金術師として、実に一般的な仕事ぶりを披露する私である。
……荷車引く姿が近所の名物になりつつあるらしいことは、できるだけ気にしないようにしている。
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