第44話「とある町の錬金術師と魔法使い」

 『ドラゴンのいる魔境』から戻った私達は組合でのやりとりを終えると急いで工房に戻った。

 今いるのは錬金室の隣の作業部屋だ。私はリベッタさんから貰ったレシピを何度も確認している。

 

 手順を見直す私をじっと見ていたトラヤが、心配そうな顔をして言った。


「大丈夫そう?」


「うん。平気、分解してポーションにするだけだから」


 言いながら、私は机の上に置かれた木製の箱を開ける。中に入っているのは拳くらいの大きさの深紅の宝石のような塊だ。

 

 ドラゴンの魂、あの後必死になって解体して手に入れた希少素材だ。

 この結晶にドラゴンの巨体を動かし、空を飛ばし、ブレスを吐かせるための力が秘められている。

 これなら、おば様を助けることができるはず。


 レシピは属性水と共にこの結晶を分解してポーションにおさめるだけのもの。

 ある程度属性操作に慣れていれば何とかなる難易度。ドラゴンを倒すための錬金術の方が大変なくらいだ。


「じゃ、行ってくる」


「うん。待ってる」


 軽く挨拶を交わして、私は錬金室に入る。今回は私に集中させたいということで、トラヤはついてこない。


 すっかり見慣れた錬金室で作業をはじめる。

 私はレシピと素材を決まった場所に配置。

 最後にもう一度レシピの内容を確認し、ドラゴンの魂をレシピの真上に置いた。


 杖を出し、掲げる。 


「錬金開始……」


 杖を振ると、室内に無数の光が浮かび上がった。

 レシピに合わせ、杖を振る。素材が消えて、どんどん室内が明るくなっていく。


 難しいことはない。属性を細かく調整する必要も無い。

 私は落ち着いて、正しく順番通りに、冷静に杖を振り続けた。


 レシピを見ての印象通り、今回の錬金術はあっさりと終わった。


 私は錬金室の中心に生み出された、赤い液体の入ったポーションを手に取り、中身を確認。

 うん、大丈夫そうだ。


 万能ポーション『ドラゴンの魂』は無事に完成した。


 錬金室の扉を出て、待っていたトラヤに笑顔で言う。


「できたよ」


 その言葉に魔法使いはあからさまに顔を明るくした。


 私は机の上に用意しておいた貴重品用の箱へ丁寧に『ドラゴンの魂』を納める。


「さあ、フェニアさんのところに行こう」


 私達ははやる気持ちを抑えて、転んだりしないように、できるだけ慎重にフェニアさんのお店に向かった。



 フェニアさんのお店で、おば様が店員としてよく現れるようになるのは、それから数日後のことである。


○○○


 それから少し時間が過ぎたある日のこと。


「どうだ。これで良い感じだと思うんだが」


「ちょっと右に傾いてるかも、そう、そんな感じ、そう」


「ふむ。なかなか難しいな……」


 目の前で作業をするセラさんとフェニアさん。仲良くやっているのは良いけれど、どうにも進みが悪いようだった。


「あの、専門の人にやって貰った方が良かったんじゃないですか?」


 思わずそう言うと二人は完璧に同じタイミングで振り返ってこちらを見てきた。


「そうだけど、せっかくだから自分達の手で取り付けたいのよ!」


「一応、私は冒険者の雑用でこういう作業の経験がある。……大分前だが」


 なるほど。自分で発注したい作業だから自分で完遂したいということか。理解はした。

 ここは私の工房前。もっと言うと玄関のすぐ横。

 二人がなにをしているのかというと看板の取り付けである。


 おば様が回復した後、お礼を拒み続けた私にフェニアさんがせめてと提案してきたのがこれだった。

 

 工房の看板がないのは問題だと思っていたし、これでフェニアさんの気が済むならいいかなと思い、了承したという流れである。

 まさか取り付けまでするとは思わなかったけれど。


「よし、これでどうだ!」


「いい! ばっちりよセラさん!」


 どうやら上手くいったらしい。近寄って、二人の間から工房の主として出来上がりを確認する。

 扉の横についた金属製の看板には大きな釜と杖が意匠されていた。


「あ、凄くいいかも」


 まさに私の工房だ。この看板がある限り、ここの工房はそういう場所として扱われるだろう。


「そうでしょそうでしょ。特注した甲斐があったわー!」


「実にこの工房らしいと思う。きっとこれから忙しくなるな」


 二人とも満足気に頷いている。当初は前衛的なものを作らないか心配したけど、これは頼んで良かったかも。


 私も一緒になって満足していると、ドアが開いてトラヤが出てきた。


「みんなー、ご飯できたよー。あ、看板ついたんだね! 綺麗!」


 看板を見てはしゃぎ出すトラヤ。年相応というか、相変わらずの素直さだ。


「この看板、釜は錬金術師の私で、杖は魔法使いのトラヤなんだけど。いいの?」


「? 当たり前じゃん。あたしがイルマと一緒に仕事してるってわかりやすいくていいと思うよ」


 怪訝な顔で、当然のように返された。

 トラヤは別に工房にいつもいるわけじゃないから、難色を示すかと思ったんだけど。まあ、今更か。

 そんなことを考えていたら、なんかにやにや見てるフェニアさん達が目に入った。なんなんだ。


「看板がないのは問題かなって思ってたから助かります」


「うん。これからもどんどん頼ってね。私頑張っちゃう」


「ああ、ルトゥールはしばらく賑やかになるから忙しいだろうしな。私も微力ながら力を貸そう」


 二人の言うとおり、これからしばらくルトゥールが忙しくなりそうだ。

 『ドラゴンのいる魔境』から『ドラゴンのいた魔境』へと変わったあの場所は、広くて豊かだ。今や周辺から冒険者達が集まってきて、町中が活気づいている。


「トラヤはいいの? 下宿先の手伝いあるんでしょ?」


「それなんだけどさ。最近お客さんが増えて、あたしが格安で部屋を使ってるのが悪い気がするんだよね。仕事も冒険者中心になってるし、物も増えてるから、どこか部屋を探そうかと思ってるんだ」


 そういえば、トラヤの下宿はそんなに広くない。当初は下宿の手伝いをよくしていたけれど、最近の彼女は冒険者が主な仕事だ。ついでに殆どうちの工房にいる。


「良いところがなかったら、うちに来なよ。部屋余ってるし」


「いいの! むしろ是非お願いしたいんだけど! ちゃんと家賃も払うし、家事もするよ!」


 思った以上に食いついてきた。もしかして、ちょっと期待されてた?


「え、ほんとにいいの? 私と一緒だよ?」


「いいに決まってるじゃん! 一番一緒に仕事する人なんだから!」


 そうだったのか。いや、その通りか。たしかに一緒に暮らす方が色々と捗りそうだな。家事してくれるし。いや、ちゃんと分担しないと駄目だそこは。


「じゃあ、後で色々相談しよう」


「うん。よろしくね!」


 輝くような笑顔を見て、あまり頼りになりすぎないように気を付けようと思った。

 

「トラヤさん、ご近所に来てくれて嬉しいわ。今度可愛い服とか仕入れるから是非来てね」


「素晴らしい。私も呼んでくれ。実は記録を残す錬金具の新型がそろそろ届くんだ」


 横で死ぬほど楽しそうに話を聞いていたフェニアさんとセラさんがそんなことを言ってきた。


「なにそれ面白そう!」


「二人とも、程ほどにしてくださいね」


 念のため、自分もついていこう。変な服とか着せられないか心配だ。

 その場で軽く話していたら、工房に向かって歩いてくる人影が見えた。

 

「リベッタさん。わざわざありがとうございます」


「いいのよ。呼んでくれて嬉しいわ」


「ドラゴンを倒せたのは殆どリベッタさんのおかげですもん」


 今日はおば様の快気祝いと私の工房の看板設置の記念、ついでに私とトラヤがドラゴンスレイヤーに認定されてしまったことをまとめて祝う日なのだ。


 当然、師匠であるリベッタさんも呼んだ。迎えに行こうと言ったのだけれど、散歩がてら歩いてくると言われてこうなったのである。


 そろそろ室内に入ってもらおうかなと思ったら、工房の扉が開いた。


「トラヤさん。皆を呼びに行ったと思ったら話してたのね。ずるいわ、おばさんだってお話したいのに」


 困ったように言うのは、すっかり顔色の良くなったおば様だ。『ドラゴンの魂』を飲んで以来、これまでの姿が嘘のように元気に働いている。それでフェニアさんが困るほどだ。


「話なんて、これからいくらでもできるじゃない」


「そうね。……リベッタさん、色々とありがとうございます」


「気にしないで。元気になって良かったわ」


 おば様とリベッタさんが和やかに挨拶を交わした。商売で顔見知りであるリベッタさんもおば様の体調のことは気になっていたらしい。ただ、素材は高価だし、自分は高齢だしで手出しできなかったそうだ。


「みんな、料理の準備できてるわよ。久しぶりに全力で腕を振るったから食べていってね」


 今日はおば様の得意料理の数々が披露される日でもある。大量の食材を運び込んで、トラヤと一緒に台所で忙しそうに動いていた。私は戦力外なので外の作業を眺めていたんだけどね。


「じゃあ、みんな、中に入ってください。ようこそ、私とトラヤの工房へ」


 声をかけると、リベッタさんを先頭に、みんなが工房に入っていく。

 最後にトラヤが中に入ったのを見届けてから、私も扉の向こうへ足を向ける。

 

 室内にはこの日のために持ち込んだ長机の上に大量の料理が並び、皆が席に着いていた。

 私は、一瞬だけ外に出て看板を見た。

 新品で綺麗なそれは古い工房に不思議と似合っている。


 私が失意と共にここに来た日、とても寂しい場所に見えたな。


 思い通りにならない自分、知り合いのいない土地、先行きのわからない未来。


 でも、今はこの町が、私の居場所だ。


 私は扉を閉めて、みんなが待つ室内に入って言う。


「さあ、はじめましょう!」


○○○



 今回紹介するのは古い錬金都市ルトゥールの、ある錬金術工房。

 最近、数十年ぶりに魔境が活性化して、にわかに話題になった町ですね。

 

 この町には変わった看板がかけられた錬金術工房があります。

 看板に描かれているのは釜と杖。

 そう、ここは錬金術師と魔法使いの運営する工房なのです。

 

 一人は特級錬金術師、もう一人の腕の良い魔法使い。

 町にやってきて短い期間で大きく活躍した有名人です。

 

 なんと二人は冒険者としての活動もしており、ドラゴン討伐に大きな功績のあったドラゴンスレイヤーなのです。

 

 魔境を探索するなら頼りになりそうですが、錬金術師の方は武闘派扱いすると怒るとか。

 

 残念なことに二人は忙しく、なかなか依頼を受けてくれません。


 ですが、どうしても困ったことがあれば、冒険者組合を通して依頼すれば、きっと力になってくれるでしょう。


~世界の錬金術工房 第1267号より抜粋~



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