第43話「決戦」
ドラゴンに比べれば人間二人はとても小さい。
だから私達はドラゴンが後ろを向いたところでこっそり飛び辺り、そのまま高度を上げた。 運の良いことにドラゴンはこちらに気づかなかった。
今、私達の眼下に赤い鱗のドラゴンが悠々と飛んでいるのが見える。
「やっぱり、ドラゴンって大きいんだね」
「うん。あたしも最初に見た時、びっくりしたな。でも、あれくらいなら」
そう言うと、トラヤの杖の先端と周囲に浮いている錬金晶が光を放ち始めた。ちょっと眩しいくらいだ。
「もう始めるの?」
「うん。だってもう、あいつ気づいたし」
「は?」
疑問を浮かべてすぐ、旋回してまっすぐこっちに来た。なんか凄い勢いだ。どんどん大きくなってくる。
「な、なんか怒ってない?」
「そりゃ、自分の縄張りに怪しい奴。しかも魔法使いっぽいのがいるんだもの。怒るよねー」
そういうもんか。あのドラゴン、魔法使いに連れてこられたのかな?
いやまあ、見つかってしまったなら仕方ない。
「……やって、トラヤ」
「イルマって結構思い切りいいよね。いくよ!」
杖が一気に空中を滑る。全身を包む浮遊感。私達はまっすぐにドラゴンに向かっていく。
「グオオォォオオ!」
こわっ。全身の肌が粟立った。
咆吼に恐怖した私とは対照的にトラヤは冷静だった。
杖を器用に操作してドラゴンの下面をすり抜け、一気に背後に回った。
「よし、いっけぇ!」
杖の先端と浮かんだ結晶が輝き、青白い光が連続で発射された。
光はドラゴンの翼に次々と突き刺さる。突き刺さった箇所にすぐさま氷の柱が生まれた。
「よし、水属性の攻撃なら効くと思った!」
「さすがトラヤ! って、あれ見て!」
氷の柱が砕かれる。翼は穴だらけだけど、ドラゴンは落ちない。
ドラゴンは翼の羽ばたきで飛んでいるわけじゃない。翼から出る魔法の力で飛んでいると聞いたことがある。
まだ、攻撃が不十分なんだ。
「む、もうちょっと押し込まないとだめか。どうにかもう一撃……っ」
「トラヤ、私は右から行くから。反対よろしく」
「あ、イルマ!」
返事を聞かずに飛び降りて、背中の飛翔の錬金具を起動。
背面で翼のように金属の板が展開し、風の魔力が発生して私の体が浮かぶ。何度か試したから姿勢は安定している。これで短時間だけどトラヤ並に空を飛ぶことができる。
私はそのまま真っ直ぐ、ドラゴンの右側の翼を目指す。一瞬後ろを見ると、トラヤは別方向から攻撃をしかけようと杖を輝かせていた。
私とトラヤは正面からドラゴンに接近。
それを見たドラゴンは口を大きく開けて、咆吼した。
「オオオオォォォオ!」
そのまま私達を噛みつぶすつもりだろう。穴だらけの翼をはためかせ、一気に加速してきた。
「うるさいなぁっ!」
悪いけど、体の小さいこちらの方が小回りが効く。
私達は素速く位置を変えて、口を
魔法使いを警戒してるんだろう、ドラゴンはトラヤを追うべく体をひねった。
「おおりゃああ!」
その瞬間、私はドラゴンの左側の翼の上に到着。
上着から取り出した光の剣を最大出力で起動。
「いけぇぇ!」
刃を限界まで伸ばし、下に向けてそのまま翼の上を飛翔。並の刃じゃ通らないドラゴンの翼を光の剣はあっさりと切り裂いていく。
「どうだっ。トラヤは!」
見れば、下から無数の光が打ち出され、もう一方の翼が落とされた。
空を飛ぶ手段を失ったドラゴンはそのまま落下していく。
よし、いい感じ。セラさん達がいる近くだ。
「イルマ、乗って!」
「うん。助かる」
すぐさま杖に乗り、飛翔の錬金具を停止した。危ない、もう少しで稼働時間が限界だった。
「イルマ、追加の錬金晶ちょうだい!。地属性!」
「わかった!」
私は鞄から地属性の錬金晶を取り出し、周囲にばらまいた。
「ありがとっ!」
杖の廻りに浮かんで光り輝く錬金晶。これで今度はドラゴンを足止めだ。
地上を見れば落下したドラゴンがこちらを見ている。表情筋とかあんまり無さそうなのに怒ってるのがわかるのが不思議だ。
「ようやく得意属性。もうそこから動かさない!」
叫ぶと同時、宝玉と錬金晶からドラゴンの足下に光が殺到した。
そして、地面が隆起して足をがっちりと固定。
「ゴォォオオオオオ!」
いきなりの魔法に驚いたのか、ドラゴンは身をよじるけど動けない。
「騒いでも簡単には動けないよ! 全力でやったからね!」
魔法によって固められた地面はただの土じゃない。錬金晶の補助付きのトラヤの全力はドラゴンをしっかりと固定していた。
私達はドラゴンから少し離れた位置にゆっくりと降下した。たいそうお怒りのドラゴンがこちらを睨んでいる。恐い。
でもいいぞ、廻りがまったく見えてない。
「そろそろね」
私の言葉が聞こえたみたいなタイミングで、森の中から冒険者達が現れた。
先頭はセラさん。氷雪の槍を手に、ドラゴンの腹目掛けてまっすぐに突撃していく。
「うおおおお!」
雄叫びと共に突き出された錬金具は見事にドラゴンの腹に刺さった。
冒険者達の攻撃はそれで終わらない。氷雪の槍は合計四本ドラゴンに突き刺さり、体内から凍結させるべく、その機能を全開させた。
「グアアアアア!」
怒りと痛みの咆吼が辺りに響いた。震える空気にちょっとたじろぐけれど、目の前に立っているセラさん達はその比じゃないだろう。
「よし、効いてる」
「うん。あとちょっとだね」
そう感想をもらしたところで、ようやく私達は着地した。
冒険者達が金色に輝く障壁を展開した。私が用意した『金剛壁』の錬金具だ。ドラゴンが思ったよりも長く生きているので念のため展開したんだろう。
「ふぅ……。イルマ、ポーションちょうだい。魔力使い過ぎちゃった」
ドラゴンの注意は目の前の冒険者達に向いている。今のうちに回復だ。
鞄の中から何種類かのポーションを取り出してトラヤに渡す。
「このまま一気に終わらせられそうだね」
「うん。私達も攻撃に……」
そういった時、冒険者達のどよめきが聞こえた。
ドラゴンが顔を上に向け、大きく息を吸っていた。
金色の輝く腹と胸が膨れあがり、輝いている。
ブレスの準備だ。至近距離で受けたら、いくら金剛壁の錬金具でも防ぎきれない。
体の半分くらいが凍り付いてるように見えるのに、なんて生命力だ。
「やらせない……」
ブレスを受けるセラさん達のことを考えたら体が自然と動いた。
あんまり使わない方がいいとか、そんなのどうでもよくなった。上着の中の『無の爆裂球』を確認する。
自分にできるだけのことをやるべきだ。そう思ってしまった。
私の目の前で、犠牲者なんて許さない。
私はその場で再び、飛翔の錬金具を起動した。
「トラヤ、後で拾って」
「ちょ、イルマ!」
驚く相棒を置いて、私は一気に飛び出した。
真っ直ぐ、高速で、ドラゴンの顔目掛けて突進する。
距離は一瞬で縮まる。ドラゴンはすぐに気づいた。
目の前に来た私の方を向いて、大口を開く。一瞬、喉の奥に真っ赤な炎が見えた。
だけど、それ以上はさせない。その炎は外に出させない。
飛び出した瞬間に無の爆裂球と杖を接触させ起動。手持ちの五つ全部を、そのまま口の中に放り込む。
「消し飛べ!」
錬金杖を掲げて叫んだ瞬間、無の爆裂球は起爆。
目の前にあった身長ほどのドラゴンの頭が、跡形もなく消し飛んだ。
体内に蓄えた炎が首からちらちらと漏れる。どうやら、ブレスの大半も消したらしい。
こうなると思ってたけど、いざ目にすると恐いわね……。
飛翔の錬金具で空中に静止したまま、あんまりな結果を眺めているうちに、ドラゴンの巨体が地面に倒れ込んでいった。
私が消し飛ばしたのは頭だけ、目的の心臓は無事だ。
「ふぅ……。ハンナ先生の名前を借りよう」
こういう時、『無の爆裂球』は先生の試作品ということで誤魔化す方針になっている。使ってしまったものはしょうがない、師匠を頼るとしよう。
「イルマ-!」
声のした方を見るとトラヤが飛んで来ていた。
私は手を振って大声で返す。
「ごめん! ブレスの動作に入ったから慌てて出ちゃった。でも上手くやったから-!」
「そうじゃなくて! 背中の錬金具、煙でてるよ!」
「え?」
疑問符と共に後ろを振り向いた瞬間、左側の錬金具が停止した。
錬金具が止まれば、当然のように私は落下する。
「うわっ」
まずい、と思ったところで目の前にトラヤの手が見えた。
私はそれを迷わず掴む。杖の周囲に空を飛ぶ魔法が影響を与えているのか、思ったよりあっさり空中に留まることができる。
「まったく……。危ないことして、あとでお説教だよ」
「ごめん。ありがとう」
説教はあえて受けよう。心配させてしまった。
しょんぼりしているうちに、トラヤが地面に降ろしてくれた。
「ほら、落ち込んでないでみんなの所に行こう。ドラゴン、解体しないとでしょ?」
トラヤが首が無くなったドラゴンの体を冒険者達が見上げているのを指さした。
その通り。むしろ、本番はこれからだ。解体して心臓から『ドラゴンの魂』を取り出さなきゃ。
仕留めた獲物に向かって歩き出すと、トラヤが嬉しそうな顔をしてこちらを見た。
「やったねっ。これでドラゴンスレイヤーだよ、イルマ!」
「…………そうだね」
なんだか、今まで以上に武闘派錬金術師として広まってしまう予感がする。
ドラゴンスレイヤーだと、もう言い逃れはできないかな。
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