第42話「魔境」
『ドラゴンのいる魔境』は話に聞いた通り広い場所だった。
森の向こうに広がっているのは草原。さらに向こうに見える岩山。言われなければ魔境だなんてわからないような場所だ。
魔境計の針も安定している。ドラゴンさえいなければ、有力な採取地となりそうだ。
「ドラゴンの巣穴は岩山にあるはずなんだが、いつも飛んでいて近寄れないんだ」
今回もご一緒することになった調査隊のリーダーが景色にみとれていると教えてくれた。
「森の向こうは草原ですもんね」
これでは隠れられる場所がない。ドラゴンの襲撃を避けながら岩山に辿り着いて、巣穴を見つけるのは難しそうだ。
「ドラゴンはどこ?」
トラヤがキョロキョロと周囲を見回して言った。空を飛んでいることが多いそうだけれど、見える範囲にはいない。
「今は近くにいないみたいだね。だいたい、草原を狩り場に一日中飛んでいるみたいだよ」
見れば、セラさんを初めとした面々は装備を手に周囲を警戒していた。さすが、手慣れている。
「日中は森の中に隠れて観察。夜になったら拠点に戻る。ドラゴンを確認次第、戦闘準備。それでいいかい?」
魔法使いの工房跡は結局シンプルに『拠点』と呼ばれるようになった。色々と持ち込んで居住性が上がっていて快適だ。
「ええ、大丈夫です」
「いつもいけるよ!」
そういいつつ、鞄の中を確認。そこには『無の爆裂球』が五つある。
これは切り札だけど、いつでも使えるようにしておきたい。とりあえず、そっと上着の中にあるポケットに入れておく。
トラヤを見れば、錬金晶をいくつか鞄から取り出して確認していた。工房にある素材で、できるだけ強力なものを作ったので、役立つはずだ。
「魔境の中で安全を確保しつつ待機だな」
そんな宣言と共に、ドラゴン退治のための魔境探索が始まった。
作業としては単純だ。森の中でいつでも戦えるように準備して、待つ。
完全に待ちの姿勢だ。
一日目、ドラゴンと遭遇できなかった。
二日目も遭遇できなかった。そのかわり、勝手に入ってきた冒険者と遭遇したので注意した上で追い払った。
三日目、ドラゴンを確認。割と近くの空を飛んでいた。ただ、現れたのが夜近くだったので攻撃は取りやめになった。
そして四日目の昼前。すぐそばの空へドラゴンが飛来した。
「よし、行くぞ。二人とも頼む」
その場の全員が、それぞれの武器や盾を手に取った。セラさんを含めた四名は『氷雪の槍』を握りしめる。背丈より高く、細長い槍だ。錬金具として起動すれば、氷の魔力を纏い、ドラゴンの鱗を凍てつかせそのまま貫き、内部から氷らせる。
「ほいっと」
トラヤが錬金晶をいくつか投げると、杖の廻りにふわふわと浮かんだ。そのまま杖も横に浮かばせると、その上に座る。
「イルマ、後ろ乗って」
「わかった」
言われるまま後ろに乗って、トラヤに掴まる。おしりが痛い。こんな細いのによく長時間乗っていられるな。
一応、リベッタさんから貰った飛翔の錬金具をつけているけど短時間の飛翔しかできない。ドラゴン相手にするなら、トラヤに同乗する方が確実だ。
このまま上空から魔法でドラゴンを叩き落とし、もし足りないものがあれば私も手伝う。そういう手はずだ。
「二人とも気を付けるんだ。危なくなったらすぐ逃げるように。無事に帰ったら可愛い服を贈ろう」
セラさんが興奮気味に言ってきた。ちょっと恐い。何を贈られるんだろうか……。
「あ、それはちょっと……」
「ええー。いいじゃん、可愛い服。あたしは着たいよ」
この魔法使い、状況がわかってない。上手くいったらフェニアさんも一緒に記録用の錬金具とか持ってくるぞ。間違いない。
「わかった。全部上手くいったらね。……お願い」
とりあえず、今はそんな話をしている時間はない。ドラゴン退治しないと。こんなチャンス、もうきっとこない。
「やったね。じゃ、いくよー!」
明るい声と共に、私を乗せたトラヤの杖は飛翔した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます