第41話「準備が大切」

 リベッタさんから貰ったレシピを精査した翌日、私達の姿は冒険者組合の会議室にいた。

 トラヤが組合長さんに話を通してくれたおかげで、すんなり状況が整った。

 今、私とトラヤの前には、机を挟んでセラさんと組合長さんがいる。


「話は聞いている。ドラゴンを倒す方法を持って来たそうだな」


「はい。私の錬金具とトラヤの魔法でドラゴンを地面に落とした後、冒険者の皆さんに用意した錬金具を使って貰います。『氷雪の槍』って聞いたことありますか?」


 錬金具の名前にセラさんが反応した。


「火属性の魔獣に特化した錬金具と聞いたことがあるね。なかなか作るのが難しいと聞いたことがあるな」


「作るのは難しくありません。素材がちょっと珍しいだけです。……それを先生に手伝ってもらって作成できます」


 私はまだ特級錬金術師じゃないので、一応誤魔化しをいれておく。

 それと『無の爆裂球』のことは秘密だ。あれは不確定要素が多いし、説明しにくい。

 まずは普通に倒せそうな作戦を提案して、話を通すのが今回の目標である。


「地面に落ちたドラゴンを、トラヤが魔法で足を固定します。そこで槍で攻撃。私も防御用の錬金具で援護します。防御用の錬金具も皆さんに配布します」


 『金剛壁』は魔力の障壁を周囲に張る強力な錬金具。ドラゴンの攻撃だっていくらか耐えてくれるはずだ。


「合成魔獣の魔境に行ったときの話は聞いている。……セラはどう思う?」


 どうやら、組合長さんは現場の人間に意見を求める方針のようだった。

 セラさんはしばし瞑目した後、ゆっくりとした口調でトラヤを見た。


「トラヤ嬢、飛んでいるドラゴンを落とすというが、自信はあるのか?」


「もちろん! イルマの錬金具で魔法を強くするし、お師匠様と似たようなこと、やったことあるよ!」


 自信満々で答えるトラヤを見て、セラさんは頷いた。


「この二人の実力は信頼できます。話の通りの錬金具が用意できるならば、いけるかもしれません」


「素材はちょっと難しいのもあるんですけど……」


 ちょっと遠慮がちに言うと、今度は組合長さんが頷いた。


「素材に関してはこちらも協力する。条件としてはそうだな、少しでも失敗しそうと感じたら即撤退すること。装備は必要以上に調えるように」


 どうやら、私の提案は通ったらしい。ほっと胸をなでおろす。


「良かった。駄目だって言われるかと……」


「実は、『ドラゴンのいる魔境』への行き方が思った以上に広まっているんだ。私達としてもこういう提案は非常にありがたい」


 私の本音に、組合長さんは苦笑気味にそう教えてくれた。

 なるほどね。ドラゴン相手に本気で戦う方法を考える錬金術師なんて、多分この町に私だけだ。きっと、最初の提案だったに違いない。


「そういうことで。宜しく頼む」


「はい。よろしくお願いします」


 組合長さんが右手を差し出してきたので、私もそれに答えて握手をした。


○○○


 細かな打ち合わせをしたら、組合から出るのは午後になってしまった。

 結局、今回のドラゴン討伐に参加するのは魔境調査隊の面々と私達と言うことになった。

 多少なりとも顔見知りなのと、ルトゥールで最も練度が高い冒険者がセラさん達だったからだ。


 組合の食堂で昼食をすませた私とトラヤは工房に帰ると、店舗部分でこれから作る錬金具の相談をすることにした。 

 今回の作戦の要はトラヤだ。彼女の魔法を強化する錬金具をできるだけ作らなければ。


「えっと、あたしが欲しいのはね。錬金晶の凄いやつ。あれを魔法を使うときの触媒にするの」


 なんともアバウトな指摘に眉を潜める。きっと、本当は魔石といいたいのだろう。魔力を固めた魔石は魔法使いにしか作れない。そして、トラヤにはまだそれができないのだ。

 そこで近い能力を持つ錬金晶をということだろう。


「わかった。できるだけいいのを沢山作ってみる。それより問題は水系の素材ね。ルトゥールの周辺は水系の素材が採れるところがないから……」


 ドラゴン退治用の錬金具の中でも厄介なのは『氷雪の槍』の素材だった。組合である程度確保してもらえそうだったけれど、いくつか氷の多い魔境でなきゃ採れない珍しいものがある。


「肝心の錬金具が用意できないんじゃ駄目ね。リベッタさん経由でハンナ先生にお願いして、別の場所から運んで来てもらおう」


「ちょっと時間かかりそうだね……」


 残念そうなトラヤに私は同意しつつ言う。


「数も用意しなきゃだからね」


 ドラゴン討伐の前に錬金具の練習もすることが条件になっている。だから、素材もそれなりの数が必要なのだ。


「ねぇ、トラヤ。おば様、どれくらい保つかわかる?」


「……ごめん。わからない。イルマのポーションでどれくらい良くなってるんだろうね」


 どうやら、魔法使いの目でも、生命のポーションの効果までははっきりわからないらしい。

「作っておいてなんだけれど、どのくらい効いたのか見当もつかないのよね」


 二人して肩を落として息を吐く。今から氷のある魔境を探して旅立つわけには行かない。

 後はハンナ先生を頼りつつ、町の中にある錬金具の店を地道にあたるしかないか。

 そう思ったとき、工房の扉が勢いよく開いた。


「なにごと! って……」


「フェニアさん!」


 室内に乱入してきたのはフェニアさんだった。


「はぁっ、はぁっ……。イルマ……組合で……はぁっ……聞いた……うっ」


 息が荒れた様子でどうにか口を開いたけれど、フェニアさんはその場に崩れ落ちた。

 慌ててトラヤが近寄る。


「イルマ! 水持って来てあげて!」


「わ、わかった!」


 隣の部屋に行って、コップに錬金具で水を入れてから手渡すと、フェニアさんはぐびぐび飲み始めた。


「ぷはっ……ありがと……。本気で走ったの久しぶりすぎだわ」


 そう言ってコップを私に返すと、フェニアさんが睨み付けてきた。

 その圧力は凄まじく、思わず私とトラヤは後ずさる。


「冒険者組合で話を聞いたわ。ドラゴン退治をするんですってね」


 なるほど。知ってしまいましたか。


「まあ、そんな感じです」


「け、結構安全に退治できるはずだよ?」


 これは怒られるな、と私は覚悟を決めた。トラヤも同じだ、そういう目をしている。

 しかし、フェニアさんは怒鳴らず怒らず、保っていた鞄から紙の束を取り出した。


「これ、うちの倉庫にある素材のリスト。お父さんの趣味で希少な素材が死蔵されてるから、役立つと思う」


 そう言って手渡された紙の束に軽く目を通すと欲しかった素材がいくつか並んでいた。 

 いや、いくつかどころじゃないぞこれ。フェニアさんのお父さん、相当な物好きだ。


「凄い……これなら……」


「これ、魔法使いから見ても珍しい素材もあるよ」


 私達が揃ってフェニアさんの方を見ると、彼女は真っ直ぐにこちらを見ていた。


「多分だけど、私のお母さんを助けるためなんだよね。ここまでするとは思わなかったわ」


 私とトラヤはそれに答えない。言うまでもないことだ。


「絶対にちゃんと帰ってきてね。それで、お母さんを助けて」


 二人で軽く視線を交わした後、私達は笑みを浮かべて言う。


「平気。あたしがイルマを守るもん」


「全力を尽くします。もちろん、命は大事にしますよ」


 それから四日後、全ての準備を整えた私達は『ドラゴンのいる魔境』へと旅立った。

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