第40話「師匠」

 組合を説得の材料集めとして私は最も手っ取り早い手段を選んだ。

 とりあえず師匠を頼るのである。


「こんにちは。リベッタさん」


「こんにちはー。あ、凄い片付いてる」


「こんにちは。二人とも」

 

 暖かな日差しの差し込む午後。工房を訪れると、お茶を飲んでるリベッタさんが迎えてくれた。

 

「なにかあったみたいね。二人とも、いつもと顔つきが違うわ」


 私達の分のお茶を用意してくれたリベッタさんは、そう言って静かに言葉を待ってくれた。 お茶を軽く飲んだ後、私は老齢の錬金術師には刺激的かも知れないことを迷わず口にする。

「リベッタさん。ドラゴンを倒せる錬金具のレシピを教えてください」


「準備してあるわよ。はい」


 そう言われて机の上に置かれるレシピの束。

 なんだかあっさりと目的のものが出てきた。


「ええー! ど、どういうこと!?」


「…………」


 わかりやすく驚くトラヤを見て、リベッタさんはにっこり笑った。私は言葉もでない。


「ドラゴンが確認された時から、なんとなくね。昔使った錬金具の出番があると思ったのよ」


 涼しい顔して、とんでもない言葉が出て来た。


「リベッタさん、ドラゴンを退治したことがあるんですか?」


「もちろん。私が若い頃のルトゥールは魔境が活性化している全盛期。とても賑やかだったのよ」


 多分、その賑やかというのはとんでもない状況だったのではないだろうか。


「イルマ、このレシピ、どうなの?」


「ちょっと待って……」


 私は慌ててレシピの束をチェックする。

 種別ごとに整理されていて、わかりやすい。


「これとこれ、欲しかったやつだ」


 私は攻撃用の『氷雪の槍』と防御用の『金剛壁』という錬金具のレシピを取り出した。

 『氷雪の槍』は突き刺した内部から凍り付かせるというもので火属性のドラゴン相手なら抜群の効果がある。『金剛壁』は強力な魔力の障壁を一定時間生み出してくれる錬金具だ。


「素材、ちょっと足りないかな」


 どちらも強力な錬金具で、そういったものを製造していない私の工房では素材の貯蔵がないものが多かった。


「ごめんなさいね。さすがに素材までは保管してないの。物凄く入手が難しいわけではないけれど……」


「最悪、ハンナ先生に頼ります」


 珍しい素材がいくつか必要だけど、あるところにはあるやつだ。例えば、『錬金術の塔』とか。もしかしたらルトゥール内の錬金具の店にもあるかもしれない。


「早めにね。ハンナも忙しいから。それとこれ」


 そう言って立ち上がったリベッタさんは、近くの棚から金属製の細長い物体を持って来た。

 どうやら錬金具らしいけど、知らないものだ。胸当てのようなものの後ろに二本の薄い板が飛び出すような形状をしている。


「なにこれ?」


「わからない。知らない錬金具ね」


「私が若い頃作った飛翔の錬金具よ。風の属性を利用しているわ。ローブに取り付ければ、短い時間だけれど空を飛べるのよ」


「凄いじゃないですか」


 空を飛ぶ錬金具はいくつかあるけど、実用段階にあるのは数少ない。そしてこれは多分、リベッタさんのオリジナルだ。


「昔、私にも魔法使いの友達がいたのよ。その子と一緒に魔境で冒険するために作ったの。手入れもしたから、ちゃんと動くわよ」


「いいんですか? そんな大切なもの」

 

 問いかけに対して、リベッタさんは錬金具を軽く私の方に押し出して答えた。


「私にはもう使えないもの。イルマさんが誰かを助けるために使ってくれるなら、それが一番だわ」


 穏やかで優しく、しかしはっきりと、私のこの町の師匠はそう言ってくれた。

 詳しい事情も聞かずに協力してくれるこの人に、私は深く頭を下げた。 


「ありがとうございます」


「あ、ありがとうございます!」


 なぜかトラヤもつられて頭を下げてくれた。


「あの、それと『ドラゴンの魂』のレシピも欲しいんですけれど」


「もちろん。見つけてあるわよ」


 これは無理かなと思っていたのだけれど、あっさり答えが返ってきた。

 どうやら、私の師匠は結構とんでもない人だったようだ。

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