第39話「ドラゴンの魂」

 一晩たって翌日の午前、フェニアさんの店に行った。

 おば様の体調は回復したらしく、すぐにどうこうなりそうな雰囲気では無かった。

 なにかあったらすぐに『生命のポーション』を使うように伝えて、私は工房に戻った。


 家に帰り、錬金バーを水で流し込む。

 トラヤは朝から冒険者組合で話し合いだ。

 おかげで、ゆっくり考えることができる。


 おば様は治ったわけじゃない。

 多分、数日か、数週間か、数ヶ月か、数年か、どのくらいかわからないけれど、また体調を崩すだろう。『生命のポーション』なんて凄そうな名前だけど、人を蘇らせるような効果は無い。


 思いつく手段はある。多分、『ドラゴンの魂』と呼ばれるポーションを作れば助けられる。

 おば様を助けるには、万能薬に分類される強力なポーションを作成するしかない。

 伝説に謳われるエリキシルみたいなのは無理だけど、現実的に瀕死の人を回復させる万能薬のレシピは存在する。


 一年の半分が夜の地でのみ採れる、星の光を集めた結晶から作られる『星の息吹』、深い山々の地下深くでのみ発見されるという素材を使った『大地の精髄』。

 それらと並ぶ万能薬とされるのが『ドラゴンの魂』だ。


 どれも普通なら入手不可能だけれど、『ドラゴンの魂』ならすぐそばに素材の入手源がある。


 でも、果たしてそれをやっていいものだろうか。一人じゃ無理だし、人を巻き込む。できる確信もない。


 じっと考えていると工房の扉が開いた。


「ただいまー。って、やっぱりその棒でご飯済ませてる。ちゃんと食べなきゃ駄目だよ-」


 トラヤが口を尖らせながら、手に持っていた袋の中から大量のパンを取り出して、机の上に並べた。


「はい。イルマの分も買ってきてあるよ」


「もしかして、こうなってるの読まれてた?」


「まあね。イルマって考え事があるとき、まず食事から雑になるよね」


「錬金バーは雑な食事じゃないよ。とても効率的な……」


「それでさ。おば様を助ける方法、あるんでしょう?」


 私の反論は真面目な顔をしたイルマにあっさり遮られた。


「…………あるんだけど。ちょっとね」


 黙った私を見て、トラヤは真っ直ぐな瞳でこちらを見て言ってきた。


「ドラゴン、倒さなきゃいけないんだよね。前にイルマがドラゴンを素材に使ったポーションがあるって言ってたの、覚えてるよ」


 覚えてたんだ。


「うん。ドラゴンの心臓の中にできる結晶『ドラゴンの魂』っていう素材があってね。それをポーション状に加工したのが『ドラゴンの魂』、素材と完成品が同じ名前の珍しい錬金具なの。効果は万能薬。ドラゴンの生命力が宿り、死者でなければ概ね回復する」


 万能薬の中では比較的作りやすい部類のポーションだ。それでも十分希少で、家どころかお城が買えるくらいの金額はする。


「凄いじゃん! それがあればおば様を治せるね!」


「うん、治せるけど。ドラゴンを倒すのはさすがに……」


 合成魔獣のいない安全な魔境で、生命の林檎を収穫してくるのとはわけが違う。

 ドラゴンは魔獣の王だ。ルトゥールに現れた『ドラゴンのいる魔境』にいるのは中型で知性がない、比較的討伐しやすい相手とはいえ、気軽に挑める相手じゃない。


「ねぇ、イルマ。色々な条件とか前提は無視してさ。どうすればドラゴンを倒せるかな?」


「えっと……」


「考えたんでしょ?」


 考えた。そりゃもう考えた。隙あらば、私はその方法を考えているといってもいい。


「わたしが思うに。あの『無の爆裂球』でいけると思うんだけどなー」


 トラヤの言うとおり。私にしか作れないらしい『無の爆裂球』ならドラゴンの鱗の頑丈さも無視して消し飛ばせるだろう。


「駄目よ。相手が大きすぎて、当てられる気がしない」


 爆裂球は手で投げなきゃいけない。ドラゴンは危なすぎて近寄れない。巣穴が見つかっていれば、飛ばれにくい場所で使える可能性が出てくるけど、今はその情報がない。


「じゃあさ、あたしが魔法でドラゴンを地面に叩き落とせれば、何とかなる?」


 トラヤがとんでもないことを言い出した。基本的に、飛んでいるドラゴンを叩き落とす手段なんて無いに等しい。


 とんでもなく巨大で強力な錬金具なら可能だそうだけど、そんなのとても持ち込めない。

 私の驚きをよそに、トラヤは杖の宝玉に触れながら説明を始める。


「イルマにいくつか錬金具を作って貰ってさ。魔法を強化して放てばできなくないと思うよ。叩き落とした後、地の魔法で足下を固定だってできるはず」


「そんな凄い魔法使えたの?」


「こう見えて、お師匠様に修行の許可が出るくらいには強いよ。魔境の外の世界に出る魔法使いは、みんなそれなりの使い手なのだ」


 胸を張ってにっこり笑うトラヤ。他の魔法使いに知り合いがいないから比較できないけど、彼女が嘘をつくことはまずないのを私は考えている。


「いや、それでも無理だよ。勝手に魔境に入ってドラゴン討伐なんて。組合に何言われるかわからないし。それに、何があるかわからないし。なにより、これは私の我が儘だし」


 トラヤに自信があるにしても危険すぎる。私個人の独善に命をかけさせるわけにはいかない。それに、戦闘方針だってもっと堅実なものの方がいい。行き当たりばったりは危険だ。


「大義名分が必要だっていうなら、ちょうどあるんだよね。これが」


「はい?」


 色々考えてる私の脳内を吹き飛ばすかのように、トラヤはいつもの笑顔でそう言い放った


「さっきまで組合で話してたんだけどね、『ドラゴンのいる魔境』に冒険者が勝手に進入しちゃってるらしいの。あそこ、未探索だから宝の山みたいなものでしょ? 広い魔境だし、冒険者を制御しきるのは不可能だから、早めにドラゴンを退治したいみたい」


「ほんと!?」


 朗報だ。思わず身を乗り出す。

 それを見てトラヤは笑みを深くした。多分、乗ってきたなと思われただろう。


「もちろん。現在、討伐方法を絶賛募集中」


 なら組合を説得する材料だけあればいい。上手くすれば冒険者達の手を借りられる。それなら、何とかなるかも。

 考え始めた私を見てトラヤは嬉しそうにしていた。


「もしかして、最初からこうなるって思ってた?」


「うん。そして、あたしはイルマの我が儘に全力で乗るよっ!」


 屈託の無い笑顔で釣られて、自分も笑みを浮かべた居るのがわかった。

 この町で会った魔法使いは、私にとって頼もしい相棒になってくれた。

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