第38話「治療の結果は」

 工房の設備でポーションがしっかりできていることを確認すると、私はすぐに量産にかかった。

 魔境から持ち帰った生命の林檎の量なら三本は作れる。それだけあれば、フェニアさんのお母さんの助けになるはず。


 運が良いのか、それともなにかコツを掴んだのか、私は失敗しなかった。

 すっかり日が暮れた頃、三本の生命のポーションが完成していた。

 

 トラヤがお風呂とご飯を用意してくれていたけど、なにより先にフェニアさんに届けたい。その旨を説明するとトラヤも了承してくれ、私達は真っ直ぐフェニアさんの店に向けて飛び出した。


「あれ、明かりついてる。普段ならもう閉店してるよね」


 フェニアさんの店を見てトラヤが言う。

 おかしい。急いで店内に入る。


 店内にお客様はなし。

 そして、カウンターにフェニアさんはいなかった。


「いない……」


「イルマ、家の中にお邪魔しよう!」


 店を空けた状態でフェニアさんが店内にいないのはありえない。

 頷いてから、できるだけ大きな声で叫ぶ。


「フェニアさん! お邪魔します!」


 返事を待たず、私達は上がり込んだ。

 フェニアさんが居たのはおば様の部屋だった。

 私達が入ってきたのも構わず、フェニアさんは眠る母親の隣で突っ伏していた。


「フェニアさん……」


「……お母さんが……」


 声をかけて、顔を上げたフェニアさんの目が赤い。言葉よりも先に感情が動いたのか、涙がうっすら溢れ始めている。


「……悪くなったんだね」


 トラヤの言葉にフェニアさんが頷く。その肩は少し震えている。

 おば様の方は意識はないようだけど、まだ呼吸をしていた。

 良かった。最悪の事態は避けられたみたいだ。


「急に悪くなって、ベッドから起き上がれなくなって」


「フェニアさん。これ、使ってください」

 

 言いながら、鞄から生命のポーションを三つ取り出した。


「これ、なに? こんなポーション見たことない」


「生命の林檎って知ってます?」


「……!! じゃあこれ、『生命のポーション』?」


「わたしとイルマで生命の林檎をとって来て、作ったんだよ-」


「おば様に使ってください。少しは効果があるはずです」


 そう言ったがフェニアさんはすぐに動いてくれなかった。


「でも、こんな貴重なもの……。貰うわけには」


 たしかに『生命のポーション』は非常に高価だ。家一軒とまではいかないけど、普通の人の一年分の収入では買えないくらいの価値がある。


「いいんです。使ってください。そのために作ってきたんですから」


「…………」


 私がそう言ってもフェニアさんはまだ迷いがあるようだった。素直に受け取っていいか悩んでいるらしい。


「じゃあ、私が使いますね。おば様のために勝手に作って来たんですから」


「あっ。って、トラヤまでっ」


 私を止めに入ったフェニアさんだけど、トラヤに取り押さえられていた。疲れているのか、動きがにぶく、小柄なトラヤでも十分押しとどめてられるようだ。


「いいじゃない。友達の助けになりたいんだよー」

 

 トラヤがフェニアさんを抑えてくれた隙に、私はおば様の前に立つ。

 ポーションの蓋をあけ、そっと口元に寄せる。


 おば様は静かに眠っているわけではなく、薄く意識があるようだった。近くで騒いだからか、うっすらを目を開けてこちらを見ている。


「おば様、私の作ったポーションです。ちゃんとしたものだから、飲んでくださいね」


 そういって、少しずつおば様の口に『生命のポーション』を流し込む。

 こくり、と小さく咽が鳴る音。

 それが何度が続くと、瓶の中身は空になった。


「……イルマさん、トラヤさん、ご免なさいね。無茶をさせて」


 しばらく待って最初におば様の口から出てのは謝罪の言葉だった。

 顔色が良くなっている。普段、家の中で会うときと同じくらいだ。

 どうやら、効果はあったみたいだ。


「気分はどうですか? 効果があったように見えますが」


「凄いポーションね。これなら、起きて動けそうなくらいよ」


 そう言って起き上がろうとしたのを横から出て来たフェニアさんが慌てて止めた。


「お母さん、寝てなきゃ駄目よっ」


 娘の剣幕に大人しくおば様は横になった。その顔は微笑んでいる。

 

「効いたみたいで良かったです。これ、あと二本あるんで調子が悪くなったら使ってください」


 そう言って近くにあった机の上に『生命のポーション』を置いておく。


「イルマ、それは……」


「いいの。これはそのためのものだから。なんなら、また素材をとれば同じものを作れるんだから気にしないで」


「生命の林檎、まだ採れそうだったよねー」

 

 トラヤが笑顔で横からそう言ってくれた。


「代金を払うって言うのも無しですよ。これは私からの……えーと、その……なんだろ?」


 なんだろう。どういう感情から行動したと言うべきか。適切な言葉が出てこない。


「イルマはおば様に生きて欲しいし、フェニアさんの悲しい顔を見たくなかったんだよ」


「そう、それ。そういうことにしといてください」


 私だって誰彼構わず助けるわけじゃない。二人に悲しい結末が訪れるのが本意じゃない。だから行動した。それだけだ。


「とりあえず、今日の所はこれで帰ります。明日また様子を見に来ますんで」


 言いながら立ち上がる。長居は無用だ。勢いで行動しすぎてこの後どうすればいいか、ちょっとわからないし。

 トラヤも異議はないようで、一緒に立ち上がった。


「あ、イルマ……」


 私を呼び止めたフェニアさんが、何か言おうとして少し考え込んだ。

 それから、目に涙を浮かべて、ゆっくりと口を動かした。


「ありがとう。感謝してる」


 その言葉を聞いて、正直ほっとした。余計なことを、とか言われるかと思っていたので。


「うん。でも、明日からはまたいつも通りでお願いしますね」


「それじゃ、おやすみなさいー」


 こうして、私達はフェニアさんのお店を後にした。

 



 お店の外に出て、トラヤが私に聞いてきた。


「ねぇ、おば様。あれで治ったの?」


 しばらく考えてから、私は結論を口にする。


「治ってない。あれじゃ、一時しのぎにしかならなかった」

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