第46話「噂の大商会」
ルトゥールの町の片隅に、フェニアさんの錬金具の店はある。
一見、お菓子屋さんに見間違えそうな可愛らしい佇まいのその建物は、中に入ればしっかりと錬金具の専門店をしている。
フェニアさんは私がルトゥールに来てから最初の取引先であり、友達だ。
色々あって病気がちだったお母さんも元気になり、今は二人で店を切り盛りしている。
「こんにちはー。納品に来ました-」
挨拶と共に店内に入ると、今日は比較的空いていた。女性冒険者が数名、商品を選んでいる。
「いらっしゃい、二人とも。暑い中お疲れ様」
「いい運動になりましたよ。ちょっとお邪魔しますね。お客さんが少ない時間帯で良かったです」
「すぐに増えるわよ。イルマの引く荷車が目撃されたはずだから。最近はそれを商品補充の合図にして、冒険者が買い物にくるの」
「……私、どんな存在になってるんですか」
いつの間にか近所や冒険者達からよくわからない存在として扱われていた。いや、たしかに荷車を運ぶ錬金術師は目立つだろうけれど。
「強盗されないか心配した方がいいかな……」
「二人に手出しする人なんかこの町にいないわよ。はい、私も手伝うから早く片づけちゃいましょ」
呆れながらいいつつも、フェニアさんは私と一緒の外で荷車と共に待っているトラヤのところに行ってくれた。店内の冒険者は知り合いなのだろう、何かされる心配があれば、こういう選択はしない人だ。
「おば様はどうしたんですか?」
「仕入れにいってるわ。さすがにイルマとリベッタさんが働き過ぎでまずいってね」
どうやら、こちらでも心配をかけていたようだ。
フェニアさんを加えた三人で納品物を運び込むと、作業は案外すぐに終わった。そのまま、私が作った錬金具を並べると、ちょうど良い感じに棚が埋まる。
一仕事終えて、店内にいた冒険者達が去ると、フェニアさんはお茶を淹れてくれた。
「お疲れ様。いつもありがとうね。最近は暑いのに、荷運びまでさせちゃって」
「いえ、これも大事な仕事ですから」
「イルマは体を鍛えるの好きだからねー」
錬金具で作った氷が浮いた、冷たいハーブティーを飲みながら雑談が始まる。
ルトゥールの季節は初夏。気温の上昇が例年より激しいともっぱらの噂だ。活性化した魔境の影響かもと言われている。
「体力と筋肉があれば、錬金術も採取も安定するの。だから、鍛えるのは大事なのよ」
後味爽やかなハーブティーを一口飲んで、私は言う。
「さすが、ルトゥール最強の錬金術師は自分に対しても真面目ね。頼もしいわ」
「やめてください。最強というのは、正直あんまり嬉しくないんですけど……」
「ルトゥール最高の方はなかなか難しいみたいだからねぇ」
色々あって特級錬金術師になることはできたが、道は長い。錬金術師としての腕前そのものはまだまだで、この町の師匠であるリベッタさんには知識も経験も遠く及ばない。
勉強をすればするほど、道を果てしなく感じる毎日である。
「最近はポーション作りが忙しくて、他の錬金をあんまりしてないなぁ」
「う……。ごめんね。缶ポーション、評判が良くて売れるから」
「あれはイルマのレシピだもんね」
ガラス瓶と違って扱いやすい缶ポーションは結構な人気商品になりつつある。ここ五日、私が錬金室で作るものの殆どがこれだったほどだ。
このままでは、缶ポーション専門の錬金術師になってしまう。
修行がおろそかになるのは、あまり望ましくない。
そんな私の悩みを察したのか、フェニアさんが申し訳なさそうな顔をしていた。
「どうにかして缶ポーションの量産を他に依頼するとか、なにか方法を考えるべきね。イルマを工房に釘付けにするのは、この町にとっての損失だから」
「そんな方法あるの?」
トラヤの素朴な問いかけに、フェニアさんが答える。
「あるわよ。錬金術師を沢山抱えた大手の商会に製造依頼するの。権利だけ貸し出してね」
「へぇ、そんなことできるんだ。そういえば、今度この町に大きな錬金具の店の支店が来るって冒険者組合で聞いたけど」
「フロート商会ね。まさしくその通り、錬金具の大量生産が得意な大商会よ。とはいえ、なかなか話をできる相手じゃないんだけれど……」
「できますよ」
悩ましげな表情を浮かべるフェニアさんとトラヤに、私は一言、答えを返した。
どういうこと、とばかりに二人が私の方を見る。
「今度この町にできるフロート商会の支店、その支店長が、錬金術学院時代の同級生なんです」
私の言葉に、二人は視線だけで、もっと説明してくれと伝えてきた。
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