第32話「魔法使いの工房で」

 セラさん達が避難した建物はトラヤが言うには魔境の中心にあたるそうだった。つるっとした不思議な素材で作られており、頑丈そうだ。見た感じ、二階建てくらいの高さがある。


「普通に入って平気なものなのか?」


「大丈夫。よくある魔法使いの工房だよ。中に人がいるね。数は三人」


 警戒気味のリーダーにトラヤが答えた。セラさんも含めた事前情報通りの数だ。

 救助隊全員に目配せすると、リーダーが意を決してドアに向かって叫ぶ。


「ルトゥールから来た救助隊だ! もう大丈夫だぞ!」


 声に答えるように向こうから大きな音がした。


「少し待ってくれ!」


 中からくぐもった声が聞こえた。女性の、聞き覚えのあるものだ。

 何かをしているガタゴトという音がしばらく続き、扉が開く。

 現れたのは知った顔だ。


「セラさん!」


「イルマにトラヤ? 助かったよ。怪我人がいて思うように動けなかったんだ。……救助、感謝します。全員無事です」


 私達に気づいた後すぐに向き直ってリーダーにそう言うと、セラさんは中に入っていった。

 扉の付近には戸棚とか椅子が色々置かれている。多分、入り口にバリケードを作っていたんだろう。


 魔法使いの工房の作りは、錬金術師のそれとちょっと似ていた。入ってすぐが大きめの部屋だ。人を迎えるためのものに見えた。


「この二人です」


 奥の方で床に毛布が敷かれ怪我人が二人横になっていた。傷が深いようで巻かれた布から血が滲み、息は浅い。

 あの合成魔獣に奇襲されたなら、生きているだけでも運が良いとみるべきかもしれない。救助隊がすぐに編成されて良かったと思う。


「彼らは最初に魔獣に襲われたとき、仲間を庇ったんだ。帰り道だったから手持ちのポーションも少なくて、これ以上は……」


「すぐ治療しますね」


「頼む。料金は後で請求してくれ」


 リーダーから許可をもらって、治療を始める。錬金術師としてはこちらの役割を期待されて同行していることだし、頑張ろう。

 私は二人に、いつもより強力な治癒ポーションを飲ませ。青く輝く水晶のような錬金具を取り出す。


「それは?」


「回復の水晶っていう、魔法使いの回復魔法を参考に作っている錬金具」


 横で見ているトラヤに答えつつ、水晶に錬金杖をぶつけて起動。

 怪我人二人の頭の上で力を込めて砕くと、淡く輝く光が降り注ぎ、傷を癒していく。


「これで傷と体力は大体良くなったはずですけど」


 包帯とか布とかで傷が隠されているから具体的にはわからない、けど二人の顔色とか呼吸は抜群に良くなった。


「ありがとう。もう動けそうだ。凄いな」


「ポーション以外の回復の錬金具なんて初めて使って貰ったよ」


 元気になった二人は早速周りから水と食糧なんかをもらっている。少し休めば歩けるだろう。


「これで一安心だね」


「うん。後は帰るだけだね」


「その分だと外の魔獣も片づけてくれたみたいだな」


「ああ、二人は頼りになったよ。少し休憩してから帰ろう。そうだ、魔法使い……トラヤさんにここがどんな場所か調べて貰いたいんだが」


 何となくだけど、リーダーから出発時に無かった敬意というか、そんなものを感じた。もしかして、一暴れした影響だろうか。


「放棄されて大分経つ施設みたいだし、変わったものは無いかもだけど?」


「俺達からすれば魔法使いの工房そのものが変わったものだよ」


「そっか。イルマ、ちょっと手伝って」


 短い問答で納得したトラヤが私に声をかけてきた。勿論、魔法使いの工房には興味があるので断る理由はない。


「わかった。トラヤの指示に従うから色々教えてね」


 それから一時間ほど工房の中を調べたけれど、残念ながら変わったものは見つからなかった。


 もっと調べたかったけれど、今回は帰還を最優先と言うことで、すっかり元気になったセラさん達を加えて、私達は速やかにルトゥールに帰ることになった。

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