第31話「切り札」

 翌日早朝、荷物を持って冒険者組合に向かうと救出部隊はすでに集まっていた。

 人数は私達を含めて八名。全員がベテランの冒険者で、うち二名は急いで治療を終えた調査隊のメンバーだった。


「錬金術師のイルマです。よろしくお願いします」


「魔法使いのトラヤだよっ」


 挨拶すると、リーダーである穏やかな風貌の男性冒険者が迎えてくれた。


「二人とも噂は聞いてるよ。正直、魔法使いは魔境に強いって聞いてるから期待してる」


「行ったことのない魔境はなんともいえないけど、頑張りますっ」


 トラヤが元気よく返事をすると周りの面々がちょっとだけ不安そうな顔をした。魔法使いといっても子供にしかみえないもんね。酷い言い方だけど、頼りになりそうには見えない。


「こう見えてトラヤは魔境に慣れてますから。結構頼りになりますよ」


 私がそう言うとリーダーは笑みを浮かべて答えた。


「そうか。『爆破の女帝』がそう言うなら信じよう」


 なんだか凄い呼び名だけど私のことだろう。聞き覚えがある。


「あの、その呼び名、どこで?」


「噂で聞いたんだ。修業時代、爆破しまくってそう呼ばれた錬金術師がルトゥールに来た子だって」


 なんてことだ。過去からは逃れられないというのか。というか誰だ、私の過去を調べたのは。


「ねぇ、イルマ、どんな学生時代を過ごしてたの?」


「戦闘に関して期待してるよ。でも爆破に巻き込まないようにね」


 心配げに聞いてくるトラヤと頼もしそうにこちらを見てくるリーダー。なんて状況だ。


「準備できたら出発しましょう! その話は終わりで!」


 とんでもない所で昔のことを掘り返されてしまった。モチベーションに関わるので、強引に話題を流して、出発して貰った。


○○○


 目的地は『四節の森』から割とすぐのところにあった。

 半日もあるくと森の中だけど雰囲気が変わった。木々が黒っぽく、暗い。


 試しに魔境計を見ると針の動きがおかしかった。

 普通に動いたかと思うと、突然逆転したり、属性を示す四カ所が滅茶苦茶に回り出すことがある。


「凄い不安定な魔境ね。大丈夫かな」


「多分、平気だよ。出てきたばかりだから不安定に見えるだけ。ドラゴンの居る魔境にくっついて作られた研究用の小さなところだと思うよ」


 トラヤがそう言うと周りの面々が驚いた目で見た。


「そんなことがわかるのか?」


 代表するように一人が問いかけると、トラヤが当然のことを口にするように答える。


「聞いたことがあるんだ。ドラゴンを置けるくらいの魔境っていうのは強くて安定してるから、周りに研究用の魔境を作るのに向いてるって。多分、これもそういうのじゃないかな」


「さすがは魔法使いだな。俺達の知らない知識がポンポン出てくる」


 リーダーが感心したように言う。だけど、トラヤの凄いのは知識だけじゃない。


「トラヤ、先になにかいるかわかる?」


「んー、ちょっと待ってね」


 トラヤが立ち止まり杖を掲げると、自然と全員も足を止めた。

 明滅する杖の宝玉に手を置きながら魔法使いは森の中にある細い道の先を見据える。


「魔境の中心っぽい反応が少し先に。その周辺に魔獣っぽいのが三つかな? まだ周りが安定してないからはっきりわからない」


 魔法使いは大がかりな錬金具が必要な魔力探知をあっさりやってのける。トラヤにとっては当たり前のようだけど、これは凄いことだ。


「敵の位置までわかるのはありがたいな。相手は合成魔獣だ、気を引き締めて進もう」


 リーダーが剣を手にそう言った。周りもそれに続いて武器を準備する。


「あたしの魔力探知は完璧じゃないから他にもいるかも。気を付けよう」


「うん。トラヤも何か気づいたら言ってね」


 鞄の中から小さめの爆裂球を取りだして言うとトラヤも頷いた。

 それから全員で周囲を警戒しながら十分ほど進んだ時、合成魔獣が現れた。


 森の終わり。平原の向こうに石造りの建物が見えたと思った瞬間だった。

 人間くらい軽く覆ってしまえそうな大型の魔獣が襲いかかってきた。


「合成魔獣だ! 迎撃!」


 合成魔獣は頭がライオン、体が山羊、尻尾が蛇というスタンダードなもの。伝承なんかを参考によく作られたというやつだ。思った以上に体格が良く、勢いよくこちらに突っ込んでくる。


「トラヤ、周りは?」


「大丈夫。あれ一匹だけだよ」


「わかった。じゃあ、お願い」


「任されたっ! ほいっ」


 トラヤが杖をふると、飛びかかろうとした合成魔獣の前に土壁が生まれた。

 土壁は合成魔獣の四方を囲む。


「グオオオオォ!」 


 なんだか騒いでいるけど合成魔獣は脱出できない。ただの土壁で無く、魔力が込められた障壁だからだ。


「今だよ、イルマッ!」


「わかった!」


 私は素速く爆裂球を二つ起動すると、さっと内壁の向こうに放り込んだ。。

 そして聞こえるくぐもった爆音。

 同時に土壁の空いた上部分から火柱がたった。


「よしっ」


「やったね!」


 合成魔獣は消し炭だ。

 

 これこそ普段の採取で私とトラヤが生み出した連携技だ。一匹だけなら無駄なく消し飛ばせる。採取ができなくなる以外の欠点はない。


「…………」


 冒険者の皆さんがこちらを見て呆然としていた。


「あの、なにか?」


「……強いんだな」


「そんなことないですよ?」


 冒険者の一人に言われたけれど、戦法以外は変わったことはしていない。爆裂球は慣れた人間が作ればこのくらいの威力があるものだし。


「随分慣れた戦い方みたいだね。驚いた」


「採取の時はこうして邪魔な魔獣を倒してるんですよ」


「たまにまとめてバァーッてやっちゃうよね」


 トラヤが続けて言うと冒険者達が小声で話し始めた。なんだか「たまに聞こえる爆発音はこれか」とか聞こえる。もしかして、ちょっと有名でしたか?


「とにかく、これで一匹だ。目標はあの建物。あそこに救助対象がいるはずだ」


 リーダーの言葉に全員頷くと再び前進が始まった。


 建物までは平原で、見晴らしが良い。

 当たり前のように、森から出て来た私達は奇襲された。


 首が二つある狼の魔獣が二匹。勢いよくこちらに向かってくる。


「くっ、ちょっと早いねっ」


「任せろ!」


 前に出た冒険者達が攻撃を開始した。弓矢を持った人達いよって動きを止めにかかる。

 攻撃は上手くいって、一匹は遠くで止まった。


「トラヤ! あっち!」


「ほいさっ! 炎よっ!」


 止まった合成魔獣に炎の矢が直撃して燃え上がる。一撃で足りなかったのかトラヤは更に二本の炎の矢を打ち出して追撃をかける。


「よし、あと一匹……」


 もう一匹は目の前まで来た。盾を持った冒険者が押しとどめ、槍や斧を持った冒険者が攻撃をしかける。毛皮が厚いのか血が出ているけど倒れない。


 私は体の周りに防御の結界を張る錬金具を盾を構えた二人に投げる。


「ありがたい!」


「この距離だと爆破できません。お願いします!」


「まかされた!」


 声と共にリーダーが飛び出した。輝く剣が頭の一つに突き刺さり、そこから電撃が走って狼の体が跳ねた。

 あれも錬金具か。錬金具の武器は高級なんだけど、さすがは救助隊に選ばれる冒険者というわけだ。


「よし、このままトドメだ!」


 冒険者が殺到し、次々と武器が繰り出される。

 最終的に斧を振り下ろした一撃で狼の動きが止まった。


「これで三匹。終わりのはずだが……」


 誰かがそう言った瞬間、トラヤの鋭い声が飛んだ。


「イルマ! 後ろ!」


「……っ!?」


 言われて振り向く。視線の先にあるのは私達が出てきた暗い森だ。

 そこから黒い狼の魔獣が一匹、飛び出してきた。

 

 後方を警戒していたけれど、守りは薄い。

 黒い狼は私目掛けて真っ直ぐ突っ込んで来る。

 あっという間に、頭くらいなら軽くかみ砕けそうな大口を空けて、私の目の前にやって来た。


「下がれ!」


 リーダーの声が聞こえた。さすがだ、奇襲をされて、よく指示を出せたと思う。


「なんのっ!」


 だけど私は下がらない。上着の中に入っていた切り札「ハンナ式光の剣」を起動。

 

 上着から取り出してすぐに光り輝く刃が生まれた。出力は最大。私の身長よりも長い刃が柄から伸びる。


「でぇいっ!」 


 重さの無い光の刃を、そのまま横一閃に振り抜く。

 

 斬れないものはないと言われる斬撃は、私をかみ砕こうとしていた黒い魔獣の頭を、容赦なく二つに寸断した。


「うわっと」


 切り裂かれた魔獣が勢いそのまま来たのを慌てて避ける。

 断末魔の悲鳴すらあげずに、魔獣はそのまま地面に倒れ伏した。見れば、頭どころか胴体の一部まで斬れていた。並の武器じゃ通りそうにない毛皮だろうがおかまいなしだ。

 やっぱり持って来て良かったわ、これ。


「ふぅ……。トラヤ、後は大丈夫?」


「う、うん。周りに魔獣っぽい反応はないよ」


 トラヤが教えてくれたので、私は光の刃を納めた。長時間使えないから大事にしないとね。


「魔法使いと組む錬金術師というのは、やはりただ者じゃないんだな」


 私の方を見ながら、リーダーがぽつりとそんなことを言っているのが聞こえてきた。


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