第30話「準備」
「ねぇトラヤ。どうしてすぐに救出に行こうと思ったの?」
工房の仕事部屋に戻ってすぐに私はそう聞いた。
「魔法使いの仕事だから。魔境は魔法使いがこの世界で好き勝手した名残。良いものもあるけど、悪いものもある。そして、悪いものをみつけたら、対処するように学ぶの」
なるほど。トラヤの行動は魔法使いとしての義務感からもあったからか。そうでなくても、性格的にすぐ助けに行こうとしたと思うけれど。
「イルマこそ良かったの? 危険かもだよ?」
「平気よ。合成魔獣なら塔時代に相手したことあるし。なにその顔は」
「イルマってさ、意外と武闘派だよね。魔獣相手に戦い慣れてるっていうか」
「錬金術師は魔境に素材採取に行くもの。戦いの心得はあって損するものじゃない。それに、塔時代の師匠に気に入られてて、よく魔境に出入りしてたの」
「そっかー。毎日体を鍛えてるのはその名残?」
「いや、それは我が家の伝統」
私の趣味の一つに筋トレがあり。この町に来てからも毎日それを欠かしたことはない。それとたまに母が教えてくれた調合の薬草を飲んでいる。おかげで体は引き締まり、健康そのものだ。色々教えてくれたお父さん、ありがとう。
「なんか、イルマの御両親って面白いね」
「面白いわよ。そのうち会わせてあげたいくらい」
「ぜひ会いたいな! 挨拶しないと」
トラヤは凄く嬉しそうだ。
それとは別に私は棚から取り出したある錬金具を机の上に置く。
「なにそれ? 予備の錬金杖?」
「これはハンナ先生の弟子にだけ持たされる武器。その名も『ハンナ式光の剣』よ」
「……柄しかないみたいだけど?」
じっと見たトラヤの感想ももっともだ。
持ち出した錬金具は剣の柄部分。意匠もそれほど凝らされていない。
私は棒状の物体としか言えないものを手に持って説明を始める。
「これはね、柄尻のところに魔力をできるだけ圧縮した結晶をつけて起動するの」
柄尻に金属の筒を接続する。中には青白く輝く結晶体が封じられていて、これ一つで洗濯の錬金具なら一年は動く。
「起動するとどうなるの?」
「こうなる」
私が柄にある機構を手順通り動かすと、柄から光り輝く刃が生まれた。
白と赤の中間くらいで輝く細く長い刃は絶え間なく輝き、低い音を発している。
「なにこれなにこれ! え、これで斬れるの? どういう理屈?」
「ハンナ先生が伝説なんかで謳われる光の剣を再現しようとして作ったものよ。光の部分に触れると鋼鉄だろうがドラゴンの鱗だろうが問答無用で切り裂く。斬れる理屈はよくわからないけど、熱っぽいけどそうじゃないのよね」
「たしかに……複雑な属性が絡み合ってできてるよ、この刃」
魔法使いの目から見てもこの光の剣は特殊なものらしい。ハンナ先生の生徒で採取を行うものは希望すれば与えられる品で、点検整備が大変だけど頼りになる逸品だ。
「弱点は手入れが大変なこと。それと、刃が五分しかもたないこと。私の切り札よ」
光の刃を閉まって再び机の上に置く。動いて良かった。これから再整備をして、燃料を錬金術で作らないと。
「こんなかっこいいの持ってたなんてずるいな。わたしもこういうの欲しい」
なんだかトラヤが子供じみたことを言い始めた。
「トラヤは魔法が使えるんだからいいじゃない。凄い大魔法とかあるんでしょ?」
魔法使いが登場する物語などでは、格好良く呪文を詠唱する大魔法で盛り上がるのが定番だ。トラヤもきっとそういうのがあるだろう。
「呪文を沢山唱える魔法って、準備が大変だから使い所がないんだよねぇ」
諦めたようにぼやくトラヤ。魔法使いにも事情があるらしい。
「まぁ、これは本当に危ない時に使うものだからね。明日使うものはこれから作るよ。回復と、防御用の結界を張るやつとか」
「そんなのも作れるんだ? 素材はあるの?」
「塔時代から持ち込んだものでいくつか作れる。あとは爆発系のやつをどれくらい用意するかね……」
「やっぱり爆弾作るんだ……」
扱い慣れた錬金具を使って何が悪いというのか。
「トラヤも何か欲しいものない? 魔法の触媒に使えそうなものがあるってたまに言ってるよね」
「あ、じゃあ、火とか水の錬金晶がいくつか欲しいかな。魔法を強くできるから」
「わかった。じゃあ、作業に入る。集中するからあんまり出てこないかも」
「それじゃあわたしはご飯とか作って待ってるね。洗濯もしとくー」
なんだか家事をやってもらうのは申し訳ない。最近は頼りきりだ。
でも、錬金術師の戦いは事前にどれだけの準備ができるかにかかっている。今回は時間もない、私は仕事に全力で取り組もう。
「なにかあったら声をかけてね。たまに錬金室から出てくるから」
「了解。わたしは買いだし行ってくるねー」
さっそく屋外に駆け出すトラヤを見送り、私は錬金室に向かう。
明日になって疲れて体調を崩しても困るので、疲労回復のポーションも作っておこう。
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