第29話「事情」
魔境調査隊が遭難したという話を聞いたのは偶然だった。
仕事が増えて毎日冒険者組合に顔を出すようになり、すっかり顔見知りになった受付のお姉さんとも雑談するくらいの間柄になり、組合の空気にもすっかり慣れてきたなと思ってきた頃だ。
いつものように朝早くにイルマと共に組合に行くと、空気が違った。張り詰めた緊張感というか、そんなものが全体的に漂っている。普段は朝から賑やかに飲み食いしている冒険者達も気持ち静かだった。
「なんかあったみたいだね、イルマ」
「ええ、聞いてみましょう」
さっそく受付に行くと、いつものお姉さんがいたので問いかける。
「おはようございます。依頼を確認に来たんですけど、何かあったんですか?」
「あ、おはよう。えっと、そうね、二人はセラさんとも知り合いよね……」
「セラさんになにかあったんですかっ」
横からトラヤが身を乗り出して聞く。お姉さんが視線を後方、上司のいる方に向ける。眼鏡をかけた男性が静かに頷くのが見えた。
「……セラさんを含めた魔境調査隊が三名、帰ってこないの。調査中に発生した魔境に取り残されて」
「大変じゃないですか! 大丈夫なんですか!?」
「わからない。でも、怪我をした人達を逃がすために囮になったらしいの。詳しくはわからないけど……」
「助けにいかなきゃ。イルマ、行こうよ!」
服の袖を引っ張って、トラヤが声をあげた。その目は本気だ。気がはやっているのだろう、杖の宝玉に小さな光が灯っている。
「落ち着いてトラヤ。場所がわからないし。詳細がわからないと危険よ。それに、冒険者組合だって救助隊を出すはず」
セラさんは精鋭の調査隊の所属だ。その人達が怪我をして遭難ということは、かなりの危険が予想される。闇雲に探すよりも、組合の救助隊に加わる方が安全面でも確実だ。
「救助隊は出すんですか? もしそうなら私達も加えてください。私は結構戦闘慣れしてますし、魔法使いのトラヤは魔境で頼りになります」
「ちょっと聞いてくるわっ」
お姉さんは立ち上がって慌てて奥の方に走っていった。多分、現在進行形で話が進んでいるんだろう。
「イルマ……。反対しないの?」
少し落ち着いたのかトラヤが遠慮がちにそんなことを言ってきた。
「私が反対してもトラヤは一人で行っちゃうでしょ」
そもそも最初から私と一緒に行こうと思ってた癖に何を言ってるんだか。
「多分、これから詳しい話を聞けるから、判断はそれからね。あまりにも危険だったら反対する」
「わかった。あたしもそれから考えるよ」
話しているうちに受付のお姉さんが戻ってきた。
「確認しました。魔法使いと錬金術師の協力は有り難いそうです。組合長が直接お話しますのでこちらへ」
良かった。やっぱりトラヤの存在は大きい。
「わかりました。行こう、トラヤ」
「うん。後は話を聞いてからだね」
返事を返すと、私達はお姉さんに組合の奥へと案内された。
○○○
組合の奥の方に行くと緊急事態だからか慌ただしく動いている職員さん達がところどころで目に入った。全体的にのんびりした雰囲気だった少し前との差が凄い。
私達が案内されたのは空いている会議室の一室。お姉さんが退室すると、すぐに一人の女性が入ってきた。
短い黒髪にきつい目つき、それに長身のいかにも厳しくて仕事のできる雰囲気の女性だ。服装もかっちり決まっている。
女性は私達の前に来て軽く一瞥すると見た目通りのはっきりした口調で話し始めた。
「組合長のカリンだ。現状を一番把握しているのが私なので直接説明に来た。時間もないので手短にいくぞ」
まさかこんなことで組合長さんと会うことになるとは思わなかった。私とトラヤは背筋を伸ばして話に備える。
「事態が起きたのは昨日の調査中だ。調査隊が進み出た新たな魔境で、ドラゴンに遭遇した」
「ドラゴン!?」
「そう。ドラゴンだ。幸い、今回の救助にそれは関係ない。調査隊は熟練だ、ドラゴンの姿を確認して、気づかれる前に撤退した。そして、撤退中、突如発生した新たな魔境に捕らわれたとのことだ」
「新たな魔境? それってどんな?」
トラヤの問いに、カリンさんはよどみなく答える。
「規模が小さく、工房のような建物が一軒ある魔境だ。問題は合成魔獣(キメラ)が複数いたことでな。奇襲を受けて数名が負傷。君達も知るセラと二名が時間を稼いでいる間に、負傷者を連れて脱出と報告に成功したという流れだ」
「合成魔獣ですか。数はどれくらいですか?」
「わからない。詳しく調査する前に撤退したからな」
私の問いに答えた後、カリンさんはトラヤに目を向けた。
「魔法使いである君なら、なにかしらの見当がつくんじゃないかと思うのだが、どうだ?」
なるほど。組合長さんという偉い人が来たのは、トラヤからの情報が欲しかったのもあるのか。救助に向かうにしても手がかりは多いほど良い。
トラヤは少し考えてから、彼女らしくない、ゆっくりとした口調で考えを述べ始めた。
「合成魔獣がいて、小さな魔境なら、五匹もいないと思う。魔獣を作るのは手間も世話も大変だから。それに、合成魔獣の研究が流行ってたのはかなり昔だから、魔境自体が放棄されて弱ってると思う」
「それは、魔獣達も弱っているということかな?」
「多分。主人の魔法使いが出てこなかったみたいだし、それなら合成魔獣はゆっくり衰弱する。最終的に魔境ごと消滅するはずだけど」
「消滅までの時間はどのくらいかわかるか?」
「何十年単位だと聞いてるよ。今日明日じゃない」
そこまで聞くと、カリンさんは軽く息を吐いた。
「つまり、悠長に待っている時間はないということか。ありがとう。非常に貴重な情報だ。念のため聞くが、ドラゴンがやって来る可能性は?」
「それはないよ。ドラゴンは自分の魔境が縄張りだから、そこから出ることはない」
トラヤの断定的な口調にカリンさんが安心したように頷いた。
「イルマ氏、トラヤ氏とコンビとして冒険者をやっているそうだが、救助隊への参加は大丈夫なのか?」
突如、心配するような口調で私に話の矛先が向いた。カリンさんは相変わらず強い視線でこちらを見てくるが、その中に私を心配する感情が見え隠れしているように見えた。
「大丈夫です。私もトラヤも魔境に出ていますし。なによりトラヤの勘は魔境で頼りになります」
「イルマの錬金具も凄いよ。多分、キメラくらいなら簡単に黒焦げにしちゃうんじゃないかなぁ?」
フォローのつもりか、イルマがそんなことを付け加えた。なんだか私が物騒な人みたいじゃないか。できるけど。
「わかった。二人の同行を認めよう。出発時刻は明日の早朝。こちらは救助隊の規模は六名。急ぎだが、準備を整えてくれ。経費は後で組合に請求しても構わない。……常識的な範囲でだぞ」
経費のところで私の顔がにやけたのを見逃さなかったらしく、カリンさんがしっかり釘を刺してきた。どさくさに紛れて色々素材を買い込むのを警戒したんだろう。錬金術師あるあるだ。
「わかりました。すぐに準備を始めます」
「トラヤ氏もできればイルマ氏の工房に居てくれ。こちらから用件ができたら使いを寄越す」
「わかった。イルマ、急いで準備しよう! 爆弾とか作るんでしょ?」
トラヤにひどく物騒なことを問いかけられたが、その通りなので私は特に反応しなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます