第28話「魔境調査隊」

 個人依頼という珍しい出来事が起きてから五日後、私とトラヤは冒険者組合の中にいた。

 セラさんと会ったのがきっかけというわけではないけれど、組合からの依頼にも魔境調査隊がやって来た影響が出始めたらしく、なにやら忙しくなって来たためだ。


「二人とも連日ありがとうね。いつも以上に依頼が増えてて大変なのよー」


「いえ、簡単な採取依頼しか受けれなくて申し訳ないです」


「普段の仕事に修行もあるからねー」


 そんな会話をしながら受付のお姉さんから依頼のリストを渡して貰う。私達は明らかに増えた薬草なんかの簡単な素材採取依頼を連日請け負っていた。これなら依頼を受けてすぐ『四節の森』に入って、即日完了することができる。


「それが大助かりなのよ-。調査隊に乗っかるみたいに魔境の奥に行く冒険者も増えてるから、採取の人手が足りなくて」


「外から来た冒険者も増えてるみたいですけど、駄目ですか」


「そういう人達は魔境の奥目当てなのよ。もっと人が入ってくれば話も変わるんだろうけど」


「賑やかにはなってるけど、色々あるんだねぇ」


 言いながら私達は受付から見える食堂になっている場所を見渡す。

 そこでは十名ほどの冒険者達が依頼を吟味したり、お酒を飲んだりと騒がしくしている。見かけない顔も多い。たしかに私がこの町に来た時より冒険者は増えている。


「調査隊の進捗はどうなんですか? セラさんって人がうちの工房に注文してくれるんですけど、具体的な話は聞けなくて」


「それはまだ話せないわね。もう少し調査が進んだら、組合で地図を発行するからすぐ教えるわ」


 どうやら、地図ができる程度には調査は進んでるみたいだ。


「地図! 見てみたいね、イルマ!」


 トラヤの瞳が好奇心で一杯になった。きっと一緒に出かけることになるだろう。


「とりあえず、ポーション用の採取依頼を受けておきますね。トラヤ、ご飯食べてから出かけましょ」


 自分で使える分も確保しやすいポーション用素材採取をいくつか受注する。

 時刻はまだ朝、そして私達は何も食べていない。連日の依頼報酬のおかげで懐に余裕もあるのでここで朝食をとってから採取に行くのが最近の流れになっている。


「うん。ここの食堂、美味しいから好きだよ!」


 いつも通り明るいトラヤを伴って私達は食堂スペースへと向かった。


○○○


「あら二人とも。朝から優雅ね」


 トーストに目玉焼きにサラダにホットミルクという朝食セットを食べていたら、フェニアさんがやってきた。


「おはよう。フェニアさんは朝から出張?」


 先に食事を平らげたトラヤが言うとフェニアさんは頷きながら私達と同じテーブルについた。すぐに紅茶を一杯注文する。少し話をしていくつもりみたいだ。


「そうよ。調査隊が来てから色々忙しくて。二人もでしょう? 無理してない?」


「平気ですよ。できる範囲で受けてますから」


「基本、『四節の森』の採取にとどめてるよ。ちょっと魔獣が増えてるけどね」


「噂で聞いてるわ。二人とも、怪我には気を付けてね」


 真剣な口調でそう言われた。私もトラヤも魔獣相手に簡単に遅れはとらないと知っているけど、それでも気になるのだろう。


「油断しないように気を付けます。そうだ、セラさんの件、ありがとうござます」


 毎日フェニアさんの所への納品で会っているんだけれど、忙しくてそのことをちゃんと話すのを忘れていた。


「いいのよ。調査隊の人だって言ってたから、イルマが直接やり取りしたほうが色々良いと思っただけ」


「んん? どういうこと?」


「フェニアさんが私に良い顧客を紹介してくれたってこと」


 調査隊のセラさんは缶ポーションを求めて私の工房にやって来た。これは普通にフェニアさんの店に納品している商品なので、わざわざ私のところまで来る必要がない話でもある。

 これは魔境調査隊に所属するセラさんなら私の良い顧客になるとフェニアさんが気を回してくれたというわけだ。


「調査隊の人なら難しい錬金具を色々と頼むだろうし、腕の良い錬金術師はお勧めしないとね。取引してる私の店の評判にもなるし」


「そうやって商売を広げるんだね。凄いなぁ」


 事情を理解したトラヤは感心している。相変わらず素直だ。


「セラさんとは上手くやってるみたいね。うちの店に来て色々と話してくれてるわ」


「ええ、昨日も缶ポーションを依頼しに来てくれました」


 セラさんはあれから一度、工房を訪れて缶ポーションを依頼してきた。しっかり使っているらしく、受注量が増えている。


「ねぇ、フェニアさん。セラさん、魔境について何か言ってた?」


「うーん。特には。イルマとトラヤに会えて良かったって話はするけど、お仕事のことは詳しく教えてくれないのよねぇ」


 私もそれとなく聞いたけれど調査の詳細は聞けていない。仕事に関してはしっかりしている人というわけだ。


「この分だと定期的に店に来るだろうから、話してくれるのを待つしかないわね」


「そうですね。ところでセラさんって、なんでフェニアさんの店の常連だったんですか? 私達の地区までわざわざ来たのちょっと不思議だなって……」


 言ってはなんだが、フェニアさんの店も私の工房の町外れにある。調査隊の人ならもっと賑やかで大きい店に行くのが普通だ。


「そ、そりゃあ、私のお店は女性冒険者に人気だもの。その噂を聞いてやってきたのよ」


「初めて会った時、一瞬だけフェニアさんと同じ目で私達を見たんですけど」


「……まあ、気の合う人ってことよ」


 やはりか。たまにフェニアさんの店で女性冒険者が集まって何やらやっているのを目にする。主に色んな服に着替えたり、何らかの情報交換をしているみたいだけれど。

 学生時代の勘が告げている、『関わってはいけない』と。トラヤがいつの間にか巻き込まれていないか心配だから、そのうちちゃんと調査しよう。


「ところでトラヤちゃん。今度綺麗な服が入るんだけど着てみない? 自分の姿を保存する錬金具があってね……」


「あ、見てみたい!」


 目の前でその何かが始まろうとしていた。


「フェニアさん。トラヤは忙しいからそれは今度で。……その時は私も行きます」


「う……了解。と、つい話し込んじゃったわ。店に戻るから、二人ともまたね!」


 私を恐れてというわけではなく、普通に慌てた様子でフェニアさんは組合を小走りに出ていった。


「綺麗な服、楽しみだね」


「そうね。どんな服かが問題ね」


「?」


 変に露出度が高い服とかだったら着せないように気を付けよう。記録されるみたいだし。


「さ、私達も行きましょうか」


「うん。依頼依頼ー」


 図らずも色々と話が聞けた有意義な朝食になったけど、まずは仕事だ。

 短い期間で一緒の行動にすっかり慣れた私達は手早く準備を済ませて魔境へと向かった。



 その翌日、いつも通り過ごす中、セラさんがやって来て缶ポーションの依頼をしてくれた。


 それから三日後、またセラさんがやって来て缶ポーションの依頼をしてくれた。少し疲れた様子だったので、体力回復の効果のポーションをおまけにつけた。


 更にそれから二日後、冒険者組合を訪れると中の空気がいつもと違った。


 魔境調査隊が遭難したという情報が入ったのである。

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