第25話「たいへんなものができた」
洗濯のための錬金具という物がある。
大抵は大きな壺のような見た目をしていて、中に洗濯ものや石けんを入れて起動すると、内部で洗濯物が回転するなどして綺麗にしてくれるというものだ。
高級なものになると水属性を利用した浄化機能が付与されていたりもする。たまに浄化しすぎて布地を真っ白にしちゃうこともあるらしいけれど。
私の工房にも洗濯用の錬金具が備え付けられていた。前の持ち主が手を加えたものらしく、水では無くお湯が出てくるものだ。これが一つあるだけでかなり時間の節約ができるのでとても助かる。
今、私達はその錬金具に先ほどまで着ていた服を片っ端から突っ込んでいた。
「これで良し。あとは前もって作って置いた強力な石けんを使えば多分大丈夫」
「ねぇ、水属性の浄化能力を使うやつってないの?」
「加減を間違えると色が無くなるのよ。魔法でそういうのないの?」
「あるけど、色が抜けるよ」
どうやら、この点に置いては錬金術も魔法も似たような欠点を持つらしい。どこかの錬金術師が更なる技術開発をしてくれることを願おう。
「これで匂い、とれるかな?」
「わからない。だから高い服はやめなって言ったでしょ」
「うん。油断してた」
今、洗濯をしているのは今回の依頼に合わせて買った中古の服である。私は地味な色合いの作業着を、トラヤは動きやすそうだけどデザインがちょっと良い高めのものを選んだ。
「こうなるからついて来なくてもいいっていったんだけどね」
「だって、イルマが『私達の生活を支えてるものだから、この仕事は大切だ』っていうから、見てみたくて」
動き出した洗濯の錬金具を見ながらトラヤがぼやいた。
今日、私達は朝からルトゥールの町の地下を流れる下水道を歩いてきた。
目的は地下に設置された浄化の錬金具の点検だ。浄化の錬金具は複数あって、中でも大型のものの点検は二級錬金術師以上の資格が必要。
錬金具によって浄化されているとはいえ、下水道はそれなりに匂いも汚れもある。
資格の壁とそちらの壁があって敬遠されているその依頼を私は率先して受けることにした。 報酬も良かったし。組合の人達にも感謝されたので良い判断だったと思う。
朝から夕方まで下水道内を歩き、外に出てお風呂に入り、洗濯をして、現在というわけだ。
「それで、私達の生活を支える錬金具を見た感想は?」
「すごかった! あんな大きいのが町の地下で動いてるなんて思わなかったよ!」
感動を伝えるためか、目を輝かせながらトラヤが大声で言った。場所はともかく、彼女の好奇心は十分に満たされたみたいだ。
浄化用の錬金具は人間二人分くらいの高さがある巨大な杖のような形状をしていて、下水道の各所に設置されている。特に汚れが酷いところは複数置かれていて、なかなか見応えがあった。
「このタイミングで点検して良かったわよね。まさかあんな不具合でてるなんて思わなかった」
「うんうん。属性が逆転するなんてあるんだね」
下水道の中心付近、浄化の錬金具が水門のように連なる部分に不具合があった。一つの錬金具がおかしくなっていて、隣り合った部分の水属性を打ち消していた。
トラヤによると水属性の魔力がおかしな風に働いていたらしい。魔法使いがいなければその場で原因まで把握できなかった。
「組合の人と役人さんに感謝されたし、毎年点検の依頼があるかも。その時はよろしくね」
「うっ。……そうだね。ちゃんとやるよ」
ちょっと逡巡してから、トラヤが頷いた。大切な仕事であることは承知しているらしい。
二級以上の錬金術師はこの町に少ないし、今回役立ったので、今後町からの依頼が舞い込むのはほぼ確実。無理のないようにこなしていきたい。
「そういえば、ああいう属性を消すやつって狙ってできるのかな?」
地下で見た装置の異常を思い出す。あれは珍しい現象だった。
「できるんじゃない? お師匠様が似たようなのやってるの見たことあるよ。わたしの火の魔法をふわって消しちゃうの」
「なるほど……。試してみようか」
私はトラヤを伴って、仕事部屋に向かった。
○○○
今回の経験で私が思いついたのは『属性を減らして作った爆裂球』だ。
通常、爆裂球の威力を上げる場合、火や風の属性を強めにしたレシピを書く。他にも水とか土とかの属性にして凍らせたり、即席の壁を作れるものにすることもできる。
これらはレシピ上の各属性の値を増やすように調整することで実現可能だ。特級錬金術師しか許可されてないけど。
では逆に、属性の値を減らすようにしたら? それも全属性を限界まで。
これは好奇心から出た発想だ。何も起きないかも知れない。むしろ起動しない可能性が高い。
「というわけで、レシピを書いてみたんだけれど」
属性については錬金術師以上に詳しいトラヤにその辺を説明しつつレシピを見せてみた。
内容は簡単で、いつもは増やす数値をマイナス方向にしてみただけ。あとは錬金室での私の腕次第になる。
「うーん。レシピの意味はあんまわかんないけど、威力を小さくしといた方がいい気がする」
「わかった。何が起きるかわかんないもんね」
トラヤの指摘通り、レシピ全体の分量を大きく減らしていく。魔法使いの勘というのは馬鹿にできない。
「じゃ、ちょっと作ってみるわ」
「わたしも見学する-」
属性水をはじめとした材料を手にした私は、トラヤと共に錬金室に入った。
それから十分後、レシピ通りに『マイナス属性の爆裂球』は完成した。
私達は錬金具を試すために工房の裏手にある広場に行き、的(まと)になる木の棒を設置。
「じゃ、行くよー」
「うん。なにかあったら結界張るから」
錬金杖を持つ私のとなりで、トラヤも杖を構えた。なにか起きたら私を守ってくれるらしい。
私は親指の先程度の小さな球を錬金杖の宝玉に接触させる。いつもの爆裂球と同じように、球の内部に光が灯った。
「ほいっ」
軽く投げて、木の棒の付近に近づいたところで杖を掲げて起動。
「よしいけっ」
私の声に合わせて、木の棒の上半分が消滅した。
「は……?」
想定外の光景にさすがに固まる。横のトラヤに目をやると、彼女はゆっくり木の棒に近づき、そっと円形に抉れた部分を観察する。
「なんか、あの球の爆発の範囲に合わせて全部消滅してる……」
なにそれこわい。
「消滅って……。こんな断面見たことないんだけど」
球形に切り取られた木の棒の上半分はつるりとした綺麗な断面を見せていた。通常の爆発ではこうはいかない。
「多分だけど、全部の属性をマイナスに設定したからこうなったのかも。なにもない、『無』になったというか……」
なるほど。さしずめ『無の爆裂球』とでもいおうか。
「……なんか、大変なものができちゃったかも」
推測だけれど、これはあらゆる物質を消滅させる力を持つ。そんな気がする。これまで聞いたことのない効果だ。あるいは、錬金術協会で禁じられてたりするかも知れない。
「あとで師匠達に相談するよ。それとこのことは秘密で」
「恐くて喋れないよ!」
とりあえず、そういうことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます