第24話「多忙の予感」

 缶ポーションを作った翌日、納品がてらフェニアさんの店で意見を聞くことにした。

 素材の在庫があったので普通の回復ポーションなんかも多めに作り、トラヤと荷物を持っていつも通り店に入る。


「こんにちはー。納品に来ました-」


「こんにちは。うわっ。棚のもの殆どなくなってる」


 挨拶する私の横で棚を見たトラヤが驚いていた。たしかに、納品の記録を見てもここ最近は商品の売り上げが増えているのは確かだ。


「あら、二人ともいらっしゃい。いつもありがとうね」


「おば様、店に出て大丈夫なんですか?」


「平気よ。今日は調子が良い日なの」


 そう言いながらカウンターの向こうにいたのはフェニアさんのお母さんだった。

 見た目はフェニアさんによく似ている。そのまま歳をとったらこうなるだろうという感じだ。ただ、全体的に線が細く、儚い印象がある。袖から見える手首なんて折れそうなほど細い。私とトラヤはおば様と呼ぶことにしている。


「納品物を確認したら、私達で商品を並べますよ。あんまり動くと良くないです」


「うんうん。わたし達でそのくらいやるよー」


 私とトラヤが言うと「気を使わせて悪いわね」とおば様は困ったように笑った。

 こう見えて若い頃は冒険者としてかなり暴れていたらしいが、とても信じられない。なんでも魔境でなにかあって体を悪くしたらしいけれど。


「イルマちゃん達が来てくれてからフェニアも元気になって嬉しいわ。つられて私まで元気になっちゃう」


 私が置いた納品物をチェックしながらおば様が言う。多分本当だ。普段は休みながら家事をしていて、ちょっと疲れた風に見えるんだけれど、今日はそんなそぶりはない。


「わたしはおば様の料理おいしいから好きだよー」


 私もトラヤもたまにフェニアさんの家でおば様の手料理を頂くことがある。下手なお店よりも美味しいくらいだ。なんでも結婚してからかなり練習したらしい。


「そういえば、フェニアさんはどうしたんですか?」


「冒険者組合に呼ばれて行ったみたいよ。魔獣が増えてる件で色々あるみたい。無理矢理店番させてもらっちゃった」


 なるほど。多分、大急ぎで帰ってくるだろうな。フェニアさん、おば様の体調、いつも気にしてるし。


「商品の確認も終わったわ。ほんと、良い物作るわね、イルマちゃん」


「ありがとうございます。まだまだですけどね」


「謙遜することはないわ。品質にばらつきのない丁寧な仕事よ。きっと師匠がいいのね」


「塔時代も今もそこは厳しい人に教わっていますから」


 棚に並べるべく、納品したポーションを取り出しながら答える。ハンナ先生もリベッタさんも丁寧かつ慎重な仕事を要求する。元々、飛躍的な発想や工夫の苦手な私にとって地道にやっていくという方針は相性が良い。


「じゃあ、あたしはポーション類を並べるね」


 トラヤが素速く手伝いを初めてくれる。何度も来る内に棚の配置を覚えたらしく、私よりも動きが早い。


「おば様は座って休んでいてください。体調を崩すとフェニアさんに怒られますよ」


「ごめんなさいね。……昔はいくらでも動けたんだけれど」


 疲れた笑みと共におば様はカウンターの向こうにある椅子に腰掛けた。ここで頑張ると言わないくらいには自分の体が弱いことを把握しているようだ。


 商品を並べ終えた後、おば様の体調が心配だったので店内にいることしばらく、フェニアさんが帰ってきた。


「ただいま。お母さん大丈夫……って、イルマとトラヤ。もしかして手伝ってくれたの?」


 店内の商品に補充が行き届いていることに気づいたのだろう、帰って来ての第一声はそれだった。


「おかえりなさい。娘のお友達のおかげで助かっちゃった」


「ありがとう、二人とも。急に呼び出されたんで一度店を閉めてから行こうと思ったんだけれど、お母さんに止められてね」


「心配しすぎよ。店番くらいできるわ」


「体調のいい時はでしょ。ちょっと顔色悪いわよ。奥で休んだ方がいい」


 言われておば様の顔を見る私とトラヤ。正直、今日会った時から変化はないように見える。 しかし、実の娘の目は確かだったようだ。おば様は困ったように笑うとエプロンを外し始めた。


「やっぱりバレちゃったわね。ちょっと休ませてもらうわ。夕飯は作れるから」


「無理しないでいいよ」


 気遣う娘と私達に笑みを見せつつ、おば様は店の奥へと消えていった。


「大丈夫なの?」


「今日は調子が良さそうだったから大丈夫。二人とも、ありがとうね」


「いいのよ。自分の商品並べただけだから」


「楽しかったよー。ねぇ、イルマ。おばさん、凄いポーションとかで治せないの?」


 トラヤの疑問に私は腕を組んで考える。

 おば様の治療について考えたことがないと言えば嘘になる。だが、思い当たる治療法に問題があった。


「治せるかも知れない方法がね。ちょっとこう、素材が入手できそうにないやつなの。高くて希少で」


「魔境にとりにいけないの? 手伝うよ?」


「相手がね……。ドラゴンとかになるのよ」


 おば様の体調不良の原因は不明。昔の冒険が関係しているらしいということしかわからない。となると、万能薬みたいなものに頼るしかなくなる。


 そして、錬金術において確かな効能の万能薬で強力なやつとなるとドラゴンのような強大かつ希少な存在からの素材を必要とする。あるいは遙か遠くの採取地に赴かなければいけない。


「ドラゴンかぁ……。見つけるのも倒すのも無理そうだねぇ」


「素材を調達にするにしても高すぎて手が出ないのよね」


 ドラゴンは魔獣の王とも呼ばれる存在だ。物凄く強いし、簡単には見つからない。『錬金術の塔』なら素材を調達できるだろうけど高すぎる。家一軒ではすまない。


「二人ともありがとう。でも、いいのよ。うちの問題だから。そんな凄いもので治療されてもお金払えないしね」


 目の前で母親の治療の相談をされていたフェニアさんはちょっと困り顔だった。

 今すぐどうこうできない話はやめよう。


「フェニアさん、冒険者組合でどんな話をしてきたんです?」


 話題変更の意図を素速く読み取ってくれたフェニアさんは朗らかな笑顔で答えてくれた。


「魔境調査隊の関係でポーション類の需要が増えるかもしれないっていう告知だったわ。今後色々あるかもね。それと、錬金術師宛てに組合から依頼が出てるわよ、はい」


「はい?」


 フェニアさんが鞄から出した書類を言われるまま受け取った。

 そこには冒険者組合からの錬金術師向けの依頼の一覧があった。


「なになに、どんな依頼? 錬金術師向けなんでしょ?」


「都市機能の維持をするためのものね。行政と組合が共同で依頼を出してるやつだわ」

 

 ルトゥールは都市の各所に大なり小なりの錬金具が稼働している。依頼は錬金具の点検と調整が中心で、街灯用のものから上下水道まで様々。報酬も悪くない。


「魔境調査隊に合わせて冒険者が増えるかもってことでその依頼も多いみたいよ」


「なるほど。人口が増えた場合の備えってことね」


 魔境が活性化して冒険者が大量流入した備えという意味もあるのだろう。良い判断だ。仮に目論見通りいかなくても、ルトゥールは古い街だからたまに大がかりな点検をした方が良い。


「なんだか忙しくなりそうだね、イルマ」


 横から依頼の内容を見ながら、トラヤがとても楽しそうに言ってきた。施設の点検など地道で退屈そうなのも多いのだけれど、彼女と一緒なら楽しめるかも知れない。


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