第23話「私のポーション」

 私がトラヤとの紅鉱石採取に乗り気だったのにはちゃんと理由がある。

 先日ハンナ先生から届けられたレシピ本の中に気になる記述があったのだ。

 これがあれば、前から考えていたものが実現できるかもというもので、見た瞬間から試したくて仕方が無かった。

 

 そんなわけで依頼分の紅鉱石を冒険者組合に納品した私達はすぐさま工房に帰ってきた。

 仕事部屋の机に向かって、私は一心不乱にレシピを書く。


「イルマ、帰って来てから殆ど休んでないでしょ。少しは休憩しないと駄目だよ」


「うん。これ書いたら休む」


 心配げに私の顔を覗き込んだトラヤは隣に用意された机の上にミルクティーとお菓子を満載させている。

 なんだかんだで錬金術をやる時はトラヤがいることが多いので、彼女の席を用意したのだ。魔法使いの発言というの参考になることもあってかなり助かる。

 一番助かっているのは生活方面のことをやってくれることな気もするけれど。


「はい、甘いミルクティー。イルマはのめり込むと色々おろそかになるから気を付けないと」

 

「うん。ありがと」


 机の上に置かれたカップを手に取り、一口飲む。濃厚な甘みが口の中に広がり、体が少し温まる。今日は朝から魔境で鉱石採取という肉体労働をしているんだから、トラヤのように休むのが普通だ。


「それで、なにを作るの? 紅鉱石を使うんでしょ?」


 興味津々な様子でレシピを覗き込んで来るトラヤ。


「ええ、紅鉱石から錬金鉄を作って、それから別のものをつくる」


「どんなのどんなの? 面白いもの?」


 今日採ってきたものを使うと聞いて好奇心全開になったトラヤには申し訳ないけれど、今から作るのはそんなに難しいものじゃない。


「癒やしのポーションよ」


「…………」


 あからさまにがっかりした顔をされた。


「期待に沿えなくて申し訳ないけれど、私的には大分楽しみなのよ。容器を金属にしたポーション」


「金属? ポーションの入れ物を?」


「そうよ。普通はガラスを使ってるじゃない。工夫して丈夫にしてるけど、たまに割れるのが気に入らなかったのよね」


「ふんふん。じゃあ、イルマは錬金鉄で容れ物を作るんだね」


「そう。蓋の部分で良いアイデアがなかったんだけれど、この前のレシピ本に良さそうなのがあったから試しにやってみることにしたの」


「へぇ、どんなふうになるの?」


「それは見てのお楽しみ」


 そう言うと、私はレシピに最後の文字を書き足して、完成させた。


 トラヤと共にレシピと素材を持って錬金室に入る。

 まずは錬金鉄だ。紅鉱石とインゴット状の鉄を置いて、中央にレシピを設置。

 残った素材とレシピはトラヤがいつも見学している待機所の置いておく。


「錬金開始……」


 錬金杖を輝かせ、ゆっくりと振る。いつも通り、焦らず、慎重に。

 錬金鉄は何度か作ったことがある、錬金水と組み合わせて属性をのせたりしなきゃ、それほど難しいものじゃない。


「よし……と」


 思った以上にあっさりと錬金鉄は完成した。もう少し手こずるかと思っていたんだけれど、この街に来て属性錬金を繰り返すうちに思ったより腕が上がったのかも知れない。


「へぇー、これが錬金鉄なんだ。ちょっと紅いけど平気なの?」


 出来上がった紅色をした棒状の金属を見てトラヤが聞いてきた。


「それは紅鉱石の名残だよ。属性水と混ぜると色が変わるんだ」


「面白いね。使い道も多そう。これで何か作ってもらおっかな」


「作れそうなものならね」


 属性付きの錬金鉄で魔法使い用の道具を作ったらどうなるか、ちょっと興味がある。そのうちやってみよう。

 でも、それよりも今は次のレシピが優先だ。


「じゃあ、ポーションの素材にこの錬金鉄を加えまして」


「はいはいー。手伝うよー」


 回復用のポーション作りはトラヤも見慣れたもので、素材の配置なんかは手伝ってくれる。今回は錬金鉄が加わっただけの簡単なもの。


「じゃ、作るからちょっと待っててね」


「うん。楽しみー」


 トラヤが待機所に入ったのを確認してから、私は輝く錬金杖を振る。

 杖の動きに合わせ、レシピ通りに錬金術が行使されていく。いつもはガラス片を使って瓶に閉じ込めるポーションだけど、今回は錬金鉄。

 何度か杖を振るうちに手の平サイズの丸い缶が錬金室の中央に五つほど完成した。


「なるほど。こうなるんだ」


「名付けて缶ポーション。思ったより上手くできたわ」


 完成した新作を手にとってじっくりと眺める。隙間無く、中身は漏れない。完全に密封されている。惚れ惚れする出来だ。


「あ、上のところにちっちゃい輪っかがついてる」


「それを引っ張ると蓋にある溝にそって取れて、中身を使えるようになるのよ」


 その仕組みに今回のレシピ本で得た知識が役立った。前から金属製の容器に入ったポーションの構想はあったんだけれど、蓋の作りについてずっと悩んでいたのである。


「これなら使えそう。なんか瓶より見た目が無骨だけど」


「デザイン面より実用性よ。これならちょっと強くぶつけたくらいなら歪むだけだし。割れる心配はあんまりしないですむわ」


 瓶入りのポーションはデザインも凝ったものが多い。特に効果が高いものほど容器にもお金をかける傾向がある。商売上の事情もあるんだろう。

 とりあえず、自分用に試験的に作った缶ポーションならデザインは関係の無い話だ。


「たしかに瓶より扱いやすそう。フェニアさんのところに持っていってみる?」


「そうね。商売人の評価も聞いてみたいかな」


 別に一儲けしたいわけじゃないけれど、今後の改良点がわかるかもしれない。後で見て貰おう。

 それとは別に錬金術を行使している最中に私は更なるアイデアが閃いていた。


「思ったんだけどね。水属性とかで浄化を重ねれば、調理済みの食材も缶に詰めれると思うのよ。瓶詰めみたいに食べ物の長期保存ができるかも」


 そういうとトラヤが目を輝かせて私の方を見た。


「それ凄いよ! 探索中の食事が激変するやつじゃん! そっか、瓶詰めよりも割れにくいし……。これ、流行るんじゃ……」


 身近な話題に置き換えたことでトラヤの中で一気に缶ポーションの評価が上がった。

 反応が大げさすぎる気がするけれど、このレシピについてはハンナ先生に提出しておこうかな。お金になりそうだし。


 そんなことを考えつつ、興奮気味のトラヤと共に私は錬金室を出ていくのだった。

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