第26話「とりあえず相談」

 なんだかとんでもないものを作ってしまったので、翌日早くに私はリベッタさんの工房を訪れていた。

 運が良かったのか、ハンナ先生も時間があったらしく錬金具の鏡で相談に参加することになった。トラヤが一緒じゃないのが残念だ。

 いつものようにリベッタさんがお茶を用意してくれてから話が始まった。


「というわけで、以上二つの新しいレシピから錬金具ができたんです」


「さすがはイルマさんね。素晴らしいわ。発想がよいわね」


 私が持って来たレシピを見ながらリベッタさんが褒めてくれた。嬉しいけれど、『無の爆裂球』に関しては複雑な気持ちだ。あれは上手くいって良かったのだろうか。


「ハンナ先生、どう思いますか?」


 問いかけると、鏡の前に置かれたレシピをじっと見て考え込んでいたハンナ先生が軽く頷いてから口を開く。


『缶にしたポーションですが、既に塔の中でも似たようなものを作っている人がいますね。先日出たレシピ本の影響でしょう。食材の長期保存がテーマにしているところが多く、ポーションは珍しいですけれど』


「そうですか。まあ、あのレシピ本を見れば誰でも思いつきますよね」


 言葉通り、それほど落胆はしない。似たようなことを考える人は多いだろう。


『ですけど。このレシピはシンプルで綺麗ですから塔の方にも提出しておきますね。もしかしたら、缶ポーションの発案者として登録できるかも』


「あ、いいんですか? お願いします」


 塔の方に提出ということは錬金術協会でレシピ発案者として登録される可能性を示唆されている。上手く事が運んで販売されて人気レシピになれば莫大な利益が入ってくるかもしれない。まあ、同ネタ多数なので望み薄だけれど。


「って、缶ポーションはともかく、問題はこっちの『無の爆裂球』ですよ! ……どうすればいいんでしょう?」


「あらまぁ。これは困ったわねぇ」


『そうですねぇ』


 師匠二人が揃って困っていた。やはりとんでもないものを生み出してしまったか。

 戦慄する私にハンナ先生から告げられたのは驚くべき事実だった。


『このレシピなのですが……。成立していません』


「はい?」


 成立しない。つまり、失敗するのが決まっているレシピということだ。

 そんな馬鹿な。事実、『無の爆裂球』は完成して発動した。


「でも、現実にちゃんと動いたんですよ? しかもこんなに沢山作れたし!」


 私はテーブル上に小さな球。試しに作った『無の爆裂球』を五つ並べた。


「あらほんと。凄いわ」


『結果を見た上で量産するとは。さすがの度胸ですね……』


 微妙に呆れつつもハンナ先生は困り顔で私に向かって言う。


『属性を補うために複数の特級錬金術師を用意して、私がこのレシピ通りに錬金術を行使したとしても、何も起きないでしょうね』


「そうね。属性を減らそうとするところで術が止まると思うわ」


 あら? なにやら話がおかしなことになってきたぞ。

 ハンナ先生もリベッタさんも腕の良い特級錬金術師だ。私が思いつきで作った簡単なレシピを実行できないなんてあり得ない。


「えっと、近くに魔法使い。トラヤがいたんですけれど、なにかしてたとか?」


『そういう様子はありましたか?』


 ない。トラヤはいつも錬金室に居るときは大人しく座っている。


「多分だけれど、これがイルマさんの属性の力なんでしょうね。全属性を足すだけでなく、減らして無にできる属性」


『無属性とでも言いましょうか。過去に例がないか調べてみますね』


 なにやら二人が納得して話を進めていた。当の本人が置いてきぼりなんですけど。


「あの、つまりこのレシピは私にしか出来ないもの?」


 理解したところだけ問いかけたら、二人揃って頷いた。


『そうなります。威力が強すぎて危険なので当面はその錬金具は極力使わないように。また、属性を無にする錬金術の研究もしばらく控えるようにしてくださいね』


「この件は秘密ね。なんだかワクワクしちゃう」


「まさか、そんな代物だとは……」


 この二人ならさっと解答を示して、何かしらの次なるレシピに進めるかと思ったんだけれど。世の中上手くいかないもんだ。


『気を落とすことはありません。通常の属性付与の修行を続けましょう。そちらはレシピも沢山ありますから』


「まだ属性を扱い始めて間もないんだから、焦っちゃ駄目よ」


「そうですね。地道にいきます」


 自分の能力にちょっと戸惑ったけれど、ここはできる範囲から進めていこう。属性錬金術の腕を磨く。しばらくはそれを続けていこう。


『それはそれとしてイルマさん。ルトゥールに向かった魔境調査隊がそろそろ活動を始めている頃です。話に聞くと結構な精鋭が派遣されているようなので、機会があれば見学すると良いですよ』


「精鋭って。もしかして、結構おおごとだと思われてるんですか?」


『詳細はわかりません。しかし、元々ルトゥールの魔境は規模が大きいですから。活性化した時に備えてかもしれませんね』


「昔は賑やかだったものね」


 そうか。リベッタさんはルトゥールの魔境が活発だった時代に生きてたんだ。きっと、錬金術師として華々しく活躍していたんだろう。


「調査隊のことはトラヤにも伝えておきますね。外の世界のことを知りたがってるから喜ぶかも」


『そう。そのトラヤさんです。なんで今日も連れてきてくれていないんですか? 魔法使いと話せると思い、いつも楽しみにしているのに』


 ハンナ先生が拗ねたような口調で言ってきた。まるで子供だ。


「タイミングが悪いんですよ。普段トラヤも来るときは塔の仕事で錬金具が繋がらないし。今日はトラヤは下宿先の宿の手伝いをしています」


「ハンナは魔法使いと会いたがる割に縁がないのよねぇ」


『リベッタ先輩やイルマさんのように、魔法使いと会える方が珍しいんですよっ。イルマさん、今度お願いしますよ。今度』


 魔法使いが大好きな師匠を満足させるために、時間を決めてトラヤも連れてくることになったのだった。

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