第20話「危険じゃないよ」

 昼食を食べ終わった後、前日のうちに作り置きした各種ポーションを鞄に納め、トラヤと共にフェニアさんの店へ向かった。

 石畳の上を歩きながら、上機嫌な様子で歩いているトラヤに私は言う。


「あのね、トラヤ。今から行く店はちょっと刺激的なことがあるかもしれないけれど、基本的には無害だから安心してね?」


「なにそれ。錬金具の店ってそんな危険なの?」


「いや、危険じゃないというか、ちょっと店員さんが変わっているというか……」


「変わってるって……。イルマ、そんなところに出入りしてて平気なの?」


 普通に心配されてしまった。

 しまった、イルマを見た時のフェニアさんの反応が心配で、予防線を張ったのがあだになったか。フォローしないと。


「もちろん平気よ。店としては凄く良くしてくれるもの。仕事も回してくれるし、色々助かってる。良いお店よ」


「でも刺激的なことがあるの? どんな店?」


「ふ、普通の錬金具の店よ」


 上手く取り繕うのは不可能だ。そう判断した私は流れに身を任せることにした。フェニアさんは基本良い人だし、大丈夫だろう。多分。


「ほら。ここだよ。私が出入りしてるお店。フェニアさんって人が経営してる」


 店の前に到着したので軽く説明する。相変わらず店舗は小綺麗にまとまっており、ガラス越しに見える店内はよく整理されていた。


「なんか凄く曰くありげな店でも紹介されるかと思ったんだけど、綺麗で可愛いね。外からでも色々置いてあるのが見える。早く中を見たいな」


「今の時間ならお客さんも少ないはずだから、ゆっくりできるはずよ」


 好奇心を全開にして店に向かおうとするトラヤを抑えつつ、私は店のドアを開けた。


「こんにちはー」


 いつも通り、明るく清潔でよく整理された棚が目に入る。幸い、お客さんはいないようだった。


「はい。いらっしゃいませー。あら、イルマ。納品ね。いつもありが……と……」


 私がやってきたことに気づいたフェニアさんが、挨拶しつつこちらに来て、固まった。

 彼女の視線の先にはトラヤがいる。


「……お、おうふ。これは……奇跡か……」


 なんかよくわからないことを言い出した。


「え、あの、どうかした? あたし、なにかした?」


「気にしないで。ちょっとびっくりしてるだけだから。フェニアさん、こちらはトラヤ。最近、私と組んで冒険者をやってる子です」


「え、そ、そうなの。ごめんなさい。将来性抜群の可愛い子を見てちょっとびっくりしちゃったの。私はフェニア、よろしくね」


 落ち着きを取り戻したフェニアさんは、軽く髪を整え、穏やかな笑みと共にトラヤへ右手を差し出した。

 取り繕ったつもりだろうけど、最初の挙動不審で十分すぎる印象を与えてしまった。

 トラヤはちょっと訝しげな態度をとりつつも、とりあえず握手はした。


「トラヤです。魔法使いで冒険者。イルマの相棒やってます」


「魔法使い? あれ、最近組合に来たって噂の?」


 さすが冒険者がよく利用するお店の主人。情報に聡い。


「そう、それよ。たまたま知り合って、私と一緒に冒険者をやることになったの」


「そんなことになってたなんて……。一言も言わず毎日普通に納品に来てたわよね、イルマ」


「あはは。……フェニアさんの反応が予想できなくて」


「そっか……そうよね」


 私の言葉に納得するフェニアさん。自覚はあるらしい。


「……将来性は抜群な上に魔法使いという激レア。大切に見守らないと」


 そんな小声が聞こえた。どうやら変なことはされそうにない、一安心だ。


「ねぇ、イルマ。これって錬金具のお店なら普通の反応なの?」


 普通ではない。ないけれど、フェニアさんは可愛い女の子が好きで、なんだかんだで丁寧に接してくれる。そのおかげか女性冒険者にこの店は人気があったりもする。

 正直、慣れると居心地がいいのは事実だ。


「悪いお店ではないのよ?」


「今、わたしの質問をごまかしたよね」


 く、なかなか鋭い。


「変な店ではないから安心してね。イルマにはお世話になってるし、有用な情報とかも渡してるのよ。冒険者の皆さんから聞いた話とかね」


「情報?」


 疑問の表情になったトラヤを見て、フェニアさんはにこやかに言う。


「お茶を淹れましょう。イルマからの納品物の鑑定もしたいし。来たら話そうと思っていたの」


 それからすぐに、フェニアさんの手によってお茶が準備された。

 カウンター横にある打ち合わせ用の席に私達が座る。


「フェニアさんって、鑑定に手慣れているね」


 この短時間でトラヤの警戒心は薄まっていた。

 お茶を淹れる前にフェニアさんによって納品物の鑑定が行われ、その手際を見てとても感心していたのが理由だろう。


「子供の頃からやっているもの。それなりにね」


 自分の分のカップに口をつけながら、フェニアさんが微笑む。


「お客さん達の情報で気になることがあってね。ルトゥール周辺の魔境で、魔獣の目撃頻度が増えてるの」


「それ、組合でも聞いたね」


 トラヤの返事に、私も頷く。今年は魔獣の目撃情報が多い、それは冒険者組合に出入りしていれば嫌でも耳に入ることだ。

 フェニアさんが言いたかったのはこれではなかったらしい、落胆した様子も無く、話を続ける。


「それでね、近いうちに魔境の調査隊が編成されて、ルトゥールの魔境に入るらしいの」


「調査隊を編成? どのくらいの規模なの?」


 魔境に何らかの異常が発生した際、冒険者組合が行政と組んで、魔境の調査を目的とした部隊を編成することがある。これは結構大きな出来事で、場合によっては町の情勢が大きく変化する。


「元々ルトゥールは長いこと魔境が安定していて冒険者が少なくなってたの。それで慌てて編成するものだから、規模は小さいみたい。もし、魔境の活性化が確認されたりしたら、忙しくなるわね」


「そうなの?」


「魔境が活性化しているとしたら、周辺の冒険者がこの町に集まってきて、魔境の探索で一気に賑やかになるわ。場合によっては国と組合が組んで大規模な討伐隊が編成されるかも知れない」


 トラヤの疑問に私は答える。


「フェニアさんはどう見てる?」


「少なくとも、いつもより冒険者向けの錬金具の売り上げが多いわね。少し増産をお願いするかも」


「じゃあ、素材を多めに確保して、良い目のポーションを作れるようにしておくわ」


「やった。じゃあ、わたしと採取だね」


 朗らかな笑みを浮かべて言ったトラヤを見て、フェニアさんが口だけの動きで「天使だわ……」と言った。わかってしまった自分が憎い。


「二人とも冒険者なんだから依頼が来るかも知れないわ。だから、そちらへの備えも忘れずにね」


 今後の納品物について話そうかと思ったら、フェニアさんは真剣な表情でそう言って来た。 そこでようやく私は気づく。ルトゥールには腕利きの冒険者はそれほど多くない。


 もし、危険な魔境が確認されて、討伐隊が編成される場合、私達に声をかけられる可能性はそれなりにあるのだ。

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