第12話「採取の準備」
冒険者組合で無事に登録と情報収集をすませた私は、すぐに工房に戻った。採取に向かうにしても前準備が必要だ、それにフェニアさんの店に早めに納品を済ませておきたい。
幸い複雑な錬金術を行う必要はなかったので、夜になる前には準備を終えた。
そして、空が暗くなって明かりの錬金具が僅かに照らす道を歩き、私はフェニアさんの店に行った。
「予定を早めて納品なんて。そんな気を使わなくても何とかなるのに」
「採取に出たら二日か三日は来れなくなりますから。そうするとリベッタさんにも迷惑がかかりますしね」
夕方の忙しい時間帯を過ぎていたのもあり、フェニアさんは快く私を迎えてくれた。
持ち込んだ回復ポーションや属性球を見て、驚きつつもお茶を淹れてくれる。
「あんまり頑張りすぎて倒れたりしないでね。ちょっと心配よ」
「大丈夫です。無理はしていませんから」
私の顔をじっと見ながら言うフェニアさんに、軽く答える。言葉に嘘はない。実際、属性錬金術の練習で遅くまで起きていることはあるけど、徹夜はしていない。
それに、フェニアさんの店は今のところ私の生活を支える生命線である。付き合いやすいのも含めてできるだけの対応をしたい。
「フェニアさんこそ無理しないでくださいね。殆ど一人でお店やってるじゃないですか」
「大丈夫よ。ちゃんと休んでるから」
私と同じような解答を笑みを浮かべつつ返すフェニアさんだった。
このお店はお母さんと二人で経営しているのだが、本来の店主は病気がちで殆ど店に出てこれないのである。
少なくとも、出会ってから私はフェニアさん以外が対応しているのを一度しか見たことがない。
「冒険者組合で聞きました。ルトゥールはこれからが魔境が活性化するシーズンだったんですね」
店の経営についてフェニアさんはあまり深く話したがらないので私は話題を変えた。
「ええ、春から秋にかけてが活発ね。とはいえ、ここ何十年かは変わった物もでてこないから、町自体に活気がないのだけれど」
「抱えている魔境の規模的に、もっと大きな事件が起きてもいい気がしますけれど。でも、安定しているのは良いことです」
錬金都市は必ず周囲に魔境と呼ばれる特殊な地域を持っている。
かつて世界に沢山存在した魔法使い達は、魔法と呼ばれる力を使って、好き勝手にしていた。
魔境はその産物だ。魔法使いが作り上げた巨大な実験場。広大な土地を通常ではありえない姿に魔法で変えた名残である。
一口に魔境といっても特殊な薬草を育てるための農場のような場所もあれば、危険な魔獣が徘徊する場所もある。
「ちなみにどこに採取に向かうか聞いてもいいかしら?」
「『四節の森』です。どこの魔境でも一番安定していますし、組合で詳しい地図まで配っていましたから」
「それがいいわね。でも、突然別の魔境が現れることもあるから、慎重にね」
「もちろん、気を付けます」
魔境の厄介な点というのは不安定なことだ。
森の中を歩いていたと思えば、次の瞬間突然砂漠に切り替わった。そんな話は数限りない。
これは魔法使い達が森や荒れ地といった実験場をそれぞれ魔法で一つの空間として扱っていたことが原因だとされる。
なんというか、魔境という空間は魔法使いの研究室が浮かんでは消えてくる、とても不確かな場所なのだ。
しかも、世界各地の魔境はどこか深いところで繋がっているらしく、波がある。
冒険者組合で聞いたところ、ルトゥールの町も、昔は希少な素材が手に入る魔境が顕れていたそうだが、いつのまにか消えてしまったそうだ。
気まぐれな魔境の顕現に会わせて活況が変わる、それもまた錬金都市の定めだ。
ちなみに私が向かう『四節の森』という場所は、魔法使い達が採取のために作った土地で、大体どこにでもある。基本的に安全で危険はない。
さて、そろそろ帰ろうかと思ったけど、聞きたいことがあったのを思い出した。
「そういえばフェニアさん。冒険者組合で私をどんな風に話したんですか?」
「うっ……。ふ、普通よ。ほら、イルマちゃん可愛いから。荒っぽい冒険者の連中が変なことしないように、ね?」
「それと、この店の立ち位置がちょっと気になったんですが。なんか特別っぽい言い方でしたよ」
「へ、変なことはしてないのよ? ただほら、女性の冒険者と仲良くなることが多くてね。仕事じゃ可愛い服とかなかなか着れないって話だから、私がここで仕入れて皆で着たりして色々と楽しむ催しなんかを……ね?」
わかるでしょ、みたいな風に首を傾げながら言われた。
「詳しくはわかりませんが。女性冒険者に大切にされている店だと理解しました」
深く考えたり聞いたりすると引きずり込まれそうな予感がしたので、私はそう答えた。 店主が女性で付き合いやすいので、女性冒険者が集まりやすい傾向があるのだろう。そういうことにしておこう。
「ところでイルマちゃん。そのうち集まりに来てみない? 可愛い服とかいっぱいあるのよ?」
「いえ、遠慮しておきます」
女子学院時代の経験から、そういう集まりに参加するのを遠慮している私は、即答で拒否しておいた。
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