第13話「四節の森」

 フェニアさんの店で用件を済ませ、色々と準備を済ませた翌日の早朝。

 私はルトゥールの町の西門を出て歩いていた。

 この町に来て初めての採取、行き先は最も近く、最も安全で、最も安定している『四節の森』と言う場所だ。


 『四節の森』は魔法使い達が実験用の植物を採取するために作ったとされる魔境で、世界各地に同名の場所が多数存在する。中はあらゆる気候、季節の植物が植生しているというおかしな空間が成立している不思議なところである。

 作った魔法使いの性格によるが、だいたいは区画ごとに季節の植生が別れていて、採取をしやすくなっている。


 このルトゥールの町の『四節の森』は結構範囲が広く、本気で採取をするとなると数日かかりそうな規模がある。多分、奥にいくと希少な物が見つかると思うんだけれど、初日からそんな大物狙いはしない。


 魔境は魔力が豊富なこともあり、特殊な薬草が沢山ある。今回はその中でも簡単に見つかるものを採取し、いつもより上等なポーションを作るのが最終目的だ。


「……おぉ。さすがに年季が入っているだけあって、綺麗にしてるわね」


 冒険者の登録証を見せて、西門を出て歩くこと十分。装飾付きの看板の向こうに広がる光景に私は思わず呟いた。

 ルトゥールの『四節の森』は入り口から人間の手がかなり入っていて、石畳の歩道まで作られている。まるで公園のような様相だった。


 聞いたところ、魔獣も殆ど出ないしここ十年は別の魔境が突然現れたりもしていないという。そうなれば豊かな実りをもたらす森と変わらない。

 町の方もお金を投入して、結構大切にしているようだ。


「……よいしょっと」


 声に出して気合いを入れつつ、リュックを背負い直す。

 今日の私の装備は採取用。いつもの錬金服の上に白と水色を基調としたローブを身につけている。これも内部に錬金具が仕込まれていて、魔獣に襲われても大丈夫だと思える程度に私の体を強化したりするなど各種機能がある優れものだ。

 内側にはポケットが沢山あり、そこにポーション類を初めとした錬金具が入っている。

 腰には錬金杖と小さめの鞄。背中には頑丈なリュック。

 採取をする時の基本装備だ。昨夜のうちに動作確認も済んでいて問題なし。


 私は冒険者組合で取り出した地図を取り出して、行き先を確認。『四節の森』の内部が急変していなければ、一時間も歩けば薬草の群生地が見つかるはずだ。


「じゃ、いきますかっ」


 念のため、錬金杖に手を触れつつ、私はゆっくりと歩き出した。


○○○


 『四節の森』に入って三時間後、私は順調に採取をしていた。

 ルトゥールの行政や冒険者組合の活動のおかげだろう、森の中は綺麗な道があって、目的地の近くまで簡単に辿り着けた。

 なんというか、こうなると散歩気分だ。

 周囲を彩る四季折々の花々にみとれながら歩くと、採取地があることを示す看板があったので森に入った。

 サービスが良すぎて一瞬不安になったがそれも杞憂。森の中をしばらく歩くと、草が生い茂るちょっとした草原が現れた。

 ありがたいことに、私以外の客はいないようだった。早朝に出たとはいえ、競争相手がいないのまでは想定していなかった。

 他の冒険者の方々はもっと奥地に行っているのかもしれない。薬草取りはそのままポーションにできる錬金術師でなければ、実入りが少ないと聞くし。


 そんなわけで私は二時間ほど、ほぼ貸し切りの採取地で思う存分薬草を採取した。

 虹色の花弁が開く花に、真っ黒な蕾、それと細長いただの草にしか見えない物、そんな薬草の数々を袋ごとに分けてリュックに入れる。


「ふぅ……。こんなもんでいいかな」


 リュックの蓋を閉じると、錬金杖の先端で蓋についていた宝玉に触れる。

 これで中に仕込まれた保存の錬金具が稼働して、新鮮な状態で持ち帰れるという寸法だ。


「さて、と」


 そう言って、ローブの中から錬金具を一つ取り出す。

 私の手の平になんとか収まる程度の円形のそれは、懐中時計に似ている。

 しかし、これが時計ではないのは一目でわかる。

 中央に大きく一個の丸い円が描かれ、その上を回る一本の針。その上下左右の斜めの位置に、小さな円が描かれ、小さな針がゆっくり回っている。


 これは魔境計という、魔境の魔力の状態を表すものだ。

 中央が魔境全体の魔力を計測し、小さな四カ所のものは地水火風の属性を計っている。

 

 異常がなければどの針もゆっくりと回転して、実際今はそんな感じだ。場所の関係か、地属性の針がちょっと早い。


 もし、魔境になんらかの異常が起きた場合はこの針が滅茶苦茶な動きをする。

 針の動きは大きな魔力の変動に反応するようになっていて、人間や小さな魔獣程度には反応しない。

 魔境全域が変容するとき、ドラゴンのような巨大かつ危険な魔獣が現れたとき。

 魔境計が反応するのはそういった異常事態のみだ。


 危険の前兆を感知するための必需品だけれど、異常を感知した段階でもう手遅れなんて言われたりもする。

 幸い、私はそういうのに遭遇したことはないけれど。


 ここは安全そうだし、休憩してから帰ろうかな。


 そう思った時だった。


 私が採取をしている草原から見える森の向こうから、鳴き声が聞こえた。

 人間のものではない。動物の鳴き声。更に言うと、もっと物騒な響きを伴う、咆吼だ。


「…………魔獣っ?」


 慌てて地図を出す。咆吼の聞こえた方も小さな森に囲まれた薬草の採取地になっている

 魔獣が吠えたということは、そこに誰かいるはず。

 魔境には冒険者以外いないはずだけど、念のため。

 そう考えた私は、リュックを背負って素速く魔獣のいる方へと向かった。

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