第2話 ENDmarker.

 シャワーを浴びた。

 いつも彼女と一緒にお風呂に入るので、いつもの感覚が分からなくなる。最初に頭洗ってたっけ。それとも身体だっけ。

 いつもは。最初に彼女を洗って。その後に自分だった。もう、意味のない過去。

 浴槽には入らなかった。彼女がいないバスタブは、寂しい感じがするから。

 シャワーでもういちど意味なく身体を流して。浴室を出た。意味のないシャワー。まるで自分の存在みたい。

 部屋に。

 物音。

 誰か来た。

 彼女であってほしいという思いと、彼女でなければいいのにという思いが。交錯する。これが彼女なら。本当に最後になる。

 行かないわけには。いかない。

 部屋には。

 彼女がいた。

 最後か。そう思った。思っただけで。口には出さない。煙草擬きを探して。ひとつくわえる。

 彼女。

 こちらには目もくれず、部屋の片隅にある彼女のものをかき集めている。

 きっと。

 それを持って出ていくんだろう。

 そして。

 もう二度と戻ってこない。

 声をかけられなかった。彼女。がんばって、中くらいのリュックサックにおもちゃを詰め込んでいる。あのおもちゃほどの価値もない自分。どうしようもなかった。彼女にとって、自分はその程度だった。

 彼女に、自分は何をしてあげられただろうか。何も、していない。仕事の合間に、彼女にご飯をつくって。一緒にお風呂に入って。一緒にくっついて寝る。それだけ。他には何もない。

 彼女のことを、知ろうとしなかった。彼女がいま必死に詰め込んでいるおもちゃの名前すら、知らない。彼女も、自分のことを訊いてこなかった。それが、心地よかったのだと、今は思う。詮索されない。過去が存在しない。いま、現在だけが。

 いや。おかしいな。あのリュックサックがいっぱいになったら、もう彼女は、ここを出ていく。彼女にとってここは、過去で。残される自分は、価値のない、おもちゃ以下の何か。

 ばからしい。おもちゃと自分を比べて、自分のほうが下だなんて思ってる。

 彼女の背中。止まった。

 どうやら、リュックサックにおもちゃの充填が完了したらしい。

 立ち上がって。

 こちらをちらっと見て。


「じゃあね」


 それだけ言って。

 出ていった。

 部屋の片隅。

 彼女のものは、もう存在しない。


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